上手に歳をとることWinkingHappySad

夫の夢の一つは早く「じっちゃん(爺ちゃん)」になること(笑)。思い切り頑固なじっちゃんが夢だとか。微笑ましい頑固さならともかく、人の迷惑となるような頑固は止めに願います、と先制する私(笑)。

というのも、時々困った系の”お年寄り”に出くわす事もしばしばだからだ。スーパーのレジに並び、自分の買い物カゴをカウンターに置こうとしたその瞬間、商品をいくつか手に抱えた70歳位の女性が私の前に入り込み、「これだけなんですみません」と、先に会計を済ませようとした。身体をねじるようにして入って行きたその女性は割り込み以外の何者でもない。目も合わせようとしなかった。一瞬ムッとしたが、事を荒立てるよりは「どうぞ」と譲った。ま、それしかない雰囲気でもあったし。なんとも感じの悪い、イヤな気分で店を後にした。夫にはそーんな図々しいタイプになって欲しくないし、もちろんのこと自分自身も決してなりたくない手合いだ。反面教師にせざるを得ない。

そして先日、旧友Qから愚痴を聞かされた。愚痴の対象はX氏。私もQの紹介で何度か会ったことがある。X氏は60代。定年引退後の今も、フリーランスで会社員時代と同じ仕事をしている。会社員時代からそうであったようにX氏は今も顔が広く、人をまとめるのが好きで、いつも複数の人たちを連れて夜の東京を楽しむ。時折Qもそのメンバーに招かれる。

だが最近QはX氏からの呼び出しに戦々恐々とし始めた。会社員時代はそんなことはなかったのに、フリーランスになってからのX氏は少々目を塞ぎたくなる行動が目立つようになったという。なんとX氏は東京の行きつけのレストランで勝手に勘定を決めてしまうというのだ。X氏常連レストランは、フレンチやイタリアン、中華、和食、鮨店など多岐にわたる。例えばフレンチのメニューで定額のコース料理があったとしても、カッコ付きのメニューがあり、その素材を選ぶとプラス500円とか800円増し、ということがある。増額素材を選んだらプラス分を払うのは常識。だが、X氏は会計の際に”定額”で押し切るのだ。時にはメニュー選びの段からメンバーに向かって、「ここではどれだけ食べても『シェフお任せ額』でいけるから」と豪語し、会計時にメンバーから「OO円ポッキリ」を集金する。本当にこれでいいのかな、と訝しく思いながらも、他のメンバーと同様に「OO円ポッキリ」の幸運をしっかりと享受していたことも認めるQ。

ある夜、招集をかけられたQ。勘定時になり、X氏からレジでの立て替えを頼まれる。二次会のときに皆からお金を集めるからと言われ、皆より一足先にレジへ。Qの元にレストランのマネージャーが近づいてきて、多くのお客をX氏から紹介されてきたことに感謝はしているが、自分で食べたもの、飲んだもの、に見合う勘定を払うのが常識ではないかと諭された。全くもってその通りと応えるしかなかったQ。Qが悪いわけではないのに感情的な言い方をしてしまったことを反省し、Qに謝るマネージャーだが、彼も誰かに愚痴を言わずにはいられなかったのだろう。その夜以来、Qはほぼ毎回、レジの立て替えを頼まれるようになった。Qの推測では、レストラン側の”感情”にX氏も気づいているため、X氏自らがレジに行くのではなく、代理のQを盾として利用しているのだろうと。イヤな任務に就かされたQには心から同情する。

X氏のような手合いは必ずいる。多少の差はあるが私の知人の中にもいる。自分と一緒にいれば誰もが得をする、自分はこんなにも顔が利くのだ、自分はパワーがあるのだ、というようなことをX氏は周囲に知らしめたいのだ。定年後もフリーランスで同じ仕事ができる人なのであり、仕事面での力量は確かなものがあるのだろう。だが、徐々にビジネス面でも翳りが見え始めたのかもしれない。

そうした、「過去の栄光」を断ち切れない人ほど大見栄を張り、うわべばかりを気にして飾り立てようとする。上手に歳をとることができない人の一つの典型である。スーパーのレジでの出来事とQの経験。両者ともに上手く年を重ねているタイプとは言えない。こういう人たちは「常識の範囲」を知らないうちにどんどん広げていっているのだろう。これをやってもいいはず、これは自分なら当然許されるはず、などなどとやっているうちに、広がった常識の範囲が「非常識」の域に入っているのにも拘らず気がつかない、気づこうとしない、のだろう。

言うは易し行うは難し、であるが、肝に銘じよう。