一年遅れのベスト・ドッグ賞HappyHappyLaugh

昨年に引き続き、今年出会った犬たちの中から「犬大賞」を選ぼうと考えた。


だが、今年は異例ながらもベスト・ドッグ賞は会った事の無い犬に決定。名前はダディ。National Geographic Channel 、通称「ナショジオ」の衛星放送をご覧の方はご存じかもしれないが、『ザ・カリスマ ドッグトレーナー 〜犬の気持ちわかります〜』という番組で、そのカリスマドッグトレーナーことシーザー・ミランの”右腕”として、問題犬のリハビリを助けてきた素晴らしい犬である。間違いなく世界一有名なピットブル犬だろう。

今年になってようやくこの番組を知り、ずっと見続けている。つい先日、100エピソード記念番組が放送され、もう老犬の域に入ってきた14歳のダディが引退するという報告がシーザーからなされた。番組はアメリカでは2008年の放送。そこで近況を調べ、ダディが2010年2月に他界したことを知った。本当に残念。すごく悲しかった。でも、誰よりも悲しんでいるのは16年生活をともにしてきたシーザーだろう。私も彼の大ファン。この番組の存在を数年前から知っていれば、生前のダディに「犬大賞」を贈る事ができたのに、と。

威厳と寛容の両方を備え持ち、バランスがとれた犬、それがダディ。視聴者からの応募でシーザーが向かう問題犬のオーナー宅。落ち着きの無い犬、攻撃的な犬、支配的な犬、神経質な犬など、どんな問題犬の前でも動じることはなかった。エミー賞にノミネートされたこの番組。功績はシーザーだけではなく、ダディも同等の賞賛に値する。

私からの「犬大賞」なんて嬉しくないかもしれないけど、kisses & hugs とともに天国に送り届けま〜〜す!


そして、犬がいる家庭の皆さんには是非この番組を見ていただきたいと思う。衛星放送契約をしていないなら、DVD購入という手もある。目から鱗と言えるシーザーの犬の躾方法は必見である。英語のタイトルは『Dog whisperer with Cesar Millan』。馬の飼育者や馬術家の練習やトレーニングを称してHorse-Whisperer。ロバート・レッドフォード主演の映画でも同タイトルが登場した。馬と対話しているかのようなレッドフォード。推測するに、シーザーはたぶん馬を犬に変えたタイトルにしたのだろう。

だが、日本語のタイトルに”カリスマ”を入れたのは個人的には致命的な誤りだと思う。「あの人はカリスマ性がある」といったふうに、カリスマは優れた人に対して”他人”から発せられるなら自然だが、「自分はカリスマだ」というと単に横柄でタカピーなだけ。感じ悪い人の代表になってしまう(笑)。しかしタイトルが災いし、字幕で「ぼくはカリスマだから」というシーザーの発言が登場したことがある。ダメ飼い主がシーザーを賞賛した後に出てくる言葉だったが、もちろん彼の発言はそうではなく、dog whispererだから、と言っている。「ぼくは犬の心の声を聞いているんだよ」という意訳ぐらいにはしてほしい。


メキシコ産まれのシーザーは、祖父が経営する牧場で犬や家畜を見て育った。彼の天性もあり、幼い頃から自然界(mother nature)における動物としての犬を熟知していて、周囲からも「犬少年」と呼ばれていた。将来は犬のトレーナーになると宣言し、英語も話せず、誰一人知り合いもいないのに、21歳でアメリカに渡り(違法入国だとか)、犬の美容室、リムジンの運転手など、ドッグトレーナー以外の仕事も数多くこなしながら努力を重ね、今日の地位を固めるにいたった。女優のジェイダ・スミス(ウイル・スミスの妻)は彼の比較的初期の頃のクライアントであり、その後も友人関係が続いている。

*シーザーに教わったことをいくつか挙げたい。アドバイス全ての背景にあるのがMother Nature。つまり、自然の創造物としての犬と向き合えるかどうかがカギなのだ。

運動・規律・愛情という順番:人はどうしても愛情からスタートさせたがるが、これはダメ。だが、人間はどうしても擬人化してしまい、愛は全ての解決策だと勘違いしてしまう。

特に小型犬の場合、体重も軽くまさに愛玩犬。悪さをしても厳しく叱る事ができないオーナーが多い。また、抱っこ状態のことも多いこうした犬種。抱き上げて「ダメでちゅよー」と赤ちゃん言葉で語りかける。オーナーはリーダーとしてかばっているつもりだろうが、リーダーの座はこの時点で完全に犬に奪われている。悪化してくると、一人の人間だけに懐き、他の家族や訪問者には威嚇的になる。犬としてはパックリーダーとしてその人物を守っている自然な行為なのだが、こんな小さな犬に守られているなどとは思いも寄らないオーナーはただおろおろするばかり。シーザーによると、攻撃性や支配意識が強い例は、大型犬よりも小型犬の方に多いという。

愛情と同様に同情が先に立つのも良くないらしい。「犬は過去を引きずらない」というセリフが時折登場する。犬は「今を生きている」とシーザーの弁。虐待を受けた経験のある犬は、更生トレーニング上、その過去ゆえに手こずることはあり、その意味で犬は過去を引きずる。だが、トレーニング上での人間側の心構えに、可哀想だからといって腫れ物に触るような接し方をすることは許されない。オーナーから虐待を受けた犬は、次のオーナーの様子を見てどう接するかを決めるだけだ。可哀想という柔らかなマインドは犬には「弱い」と映り、自らがパックリーダーになる選択をする。引き取った直後のおとなしい様子を覚えているオーナーは、犬が歯向かってくる理由がわからない。助けて上げたのに、という人間の情緒は通じない。これが今を生きている犬ということ。

動物・犬・犬種という順番:人は犬種で物事を判断しがちだがそれは誤りだということ。特に攻撃性という問題を抱えた犬のオーナーは、ドーベルマンだから、ブルドッグだから、マスチフだから、と言う。シーザーに言わせれば、攻撃的な小型犬チワワと攻撃的な大型犬ピットブルにおいての違いは、例えば噛まれたときのダメージの差だけ。犬は犬種の前にまず犬という共通種であり、またその前に動物という種であり、また人間とは違う種の創造物だという認識を持たねばならない。

犬は人間を映す鏡である:人間の心を読み取る能力が備わった犬。パニックになったり落ち込んだりという時、パックリーダーである人間の精神状態をすぐさま反映。「毅然」とした態度という言葉が数多く登場するが、シーザーは英語でcalm-assertiveと言っている。訳としては毅然、でしょう。だが、ブログをご覧の皆さんがもしも自身の犬と向き合う際に「毅然」を描くなら、冷静沈着でありながら力強い主張のある態度、だと思っていただければいい。calm-assertive leadership、毅然とした態度のリーダーシップでいることは、人間界で人と接する生活上でも大切なこと。犬と暮らすということは、良き人間になるという意味でもある。これもシーザーがどこかで語っていた。大賛成!!

犬のリハビリ、人間の躾:問題犬を抱えて番組に登場するオーナーたちだが、シーザーによると問題は人間側にあって、犬側にはないそうだ。自然の法則に従って今を生きる犬は、オーナーの態度に合わせて、その群れの一員として立ち位置を決めているだけ。つまり、人間の側の話を聞けば解決法はおのずと見えてくる。問題は接し方を知らない人間の側に例外無く存在する。BBCの番組出演時、見も知らない問題犬にどうやって対応できるのかと、不思議がる司会者の質問があった。シーザーの答えが面白い。「問題犬はただ唸っていたり、噛み付こうとしたりするだけで、原因があっての自然な結果を見せているだけ。次に人間の話を聞けば、その原因が人間にあり、問題は簡単に見えてくる」。

Rehabilitate dogs, train people。彼が番組中でもよく使う言葉。問題犬はリハビリが必要だが、トレーニングが必要なのは人間の方だということだ。私も今後は犬の躾と言わず、リハビリと言う事にしようかと思う。私が知る中でも、確かに常に問題は人間の側にある。

この番組は、イギリスやオーストラリアまで遠征したそうだ。そして2012年1月からはアメリカで次のシーズンがスタートするとのこと。今後も鷹援していきたい。頑張れ〜シーザー、We love you!

今年は、、WinkingHappyLaugh

2011年も終わりに向けてカウントダウン。振り返ってみると、これは誰もが真っ先に挙げることだろうが、「3.11」と「Fukushima」がある。大震災後の度重なる余震に恐怖を感じ、恐怖の津波の映像に震えおののき、余儀ない節電、見えない放射線の恐怖、経済低迷。不穏な空気が日本中を覆った。

個人的なことで振り返るなら、私にとって2011年は「パン作り」のスタート年であった。もともとパンは長年作ってきてはいるが、”全て”ではなかった。バゲットやカンパーニュといったハード系が目標だったが、それが高じ、今では菓子パンなどの部類も含め基本的に”全て”を作るようになった。


そしてお目見えしたのは、ペットハウス?いよいよキッチンカウンター上で犬を飼うことにしたの?という質問が押し寄せるか(笑)。


これは実は発酵器として。中に湯たんぽ、お湯を張ったバット。その上にカゴを置き、布をかぶせて発酵させる生地を入れる。ペットハウス、100円ショップで購入したカゴ他、締めて2280円也。きちんとした発酵器は4〜5万円もするため、ううっ(汗)。ならば節約でゴー!。それに聞いた話では、ハード系は特に発酵器を必要としないらしい。確かにずっと無いままで春から今までずっとやってきている。あった方が便利と言われるのがヴィエノワズリー系。つまり菓子パン系。そして食パン類。当分はペットハウス方式で。捏ね器として使用しているホームベーカリーの存在もありがたい。パンの種類によっては一次発酵までそのまま置きっぱ。楽ちん。


ずっと作り続けているとそれなりに上達するものだなぁと感じる。上達は仕上がりの良さだけでなく、作る工程においての合理性も。冷蔵庫を利用して発酵を少し遅らせることで大量のベーグルを焼くことも覚えた。オーブンを点火して光熱費を使うのだから、たった一種のパンだけではもったいない、あれとこれを合わせて焼いてしまおうとか、この温度でやるならついでにクッキーやケーキも後から焼いてしまおう、などなど。少しずつ知恵がついてきたか(^^).。


パヌトン型(発酵カゴ)で二次発酵をさせるカンパーニュもなかなか板に付いてきた。エッジもばっちり!。”敵”?を知る意味で、つい先日、約10ヶ月ぶりにパン屋のカンパーニュを購入し味比べをしたみたが、私のカンパーニュはなんら遜色無し、どころか、正直な話、自分で焼いたパンの方が美味しかった!!夫も強く同感!!


バゲットのクープもぱっくりと。エッジもびしっと立っている。美味しいかどうかは手前味噌もあるが、大切な要素は「粉」。小麦粉の種類で味がかなり異なる。自分好みの小麦粉が見つかったら、それを使い続けるのが一番。当然、どの名店よりも美味しくなるはず。

パン食が多い家庭なら、ホームベーカリーはお勧めである。フランスパンもカンパーニュも、菓子パン類も全てあの四角いカタチで出てきてしまうことにはなるが(笑)、それでも焼きたては美味しいはず。捏ね器としてしか使っていない私が言うといまいち説得力はないかもしれないが、一度だけ焼いてみた四角いフランスパンはそんなに悪くなかった。難度の高いフランスパンで及第点が上げられるのなら、菓子パン類、食パンなどはたぶんもっともっと点数は高いと思われる。

市販のパン材料を見てみたら、なんだか訳の分からない添加物がたくさん入っていることを知った。小麦粉、イースト、塩、砂糖、バターなど、よく見知った材料だけでパンは成立するはずなのに。

やはり、やめておこうHappySadWinking

『ソーシャルネットワーク』という映画を見た。ご存じ、市場最大のSNSであるフェイスブック創業者マーク・ザッカーバーグが主人公。だが、今回は「映画」のカテゴリとしてではない。この映画を見て、フェイスブックに関して改めて考えさせられたからだ。だが、もちろん娯楽映画としても悪くない。映画化が困難な題材だと思うが、そこはさすがにデヴィッド・フィンチャー監督。ザッカーバーグが2組の学友から告訴されていた事実を捉え、主たる場面をその訴訟シーンに置き、そこにフェイスブックの”生い立ち”を取り込む手法をとっている。セリフ、映像、構成と編集、全てにおいてのスピード感溢れたキレのある展開で巧く料理されていた。一見普通の青年には見え、悪い人間ではないし、頭の回転も速いのだろうが、いまいち”人肌”の温かさを感じさせず、つかみ所の無い時代の寵児を、ジェシー・アイゼンバーグがなかなか巧く好演している。お勧めの映画。


万が一当人を知らない人のために説明を加えるならば、ハーバード大学の学生時代、恋人にフられた腹いせがきっかけで、その直後からほんの数時間でフェイスブックの元となるプログラムソフトを書き上げた”天才”、それがザッカーバーグ。史上最年少の億万長者(世界で10人に入る内)らしい。

さて、本題に入る。映画を見て、やはりフェイスブック登録には抵抗を感じた。やはり、とは、何年も前から友人知人らに勧められていたが、なんというのか動物的な直感が働き避けていた(笑)。そして数ヶ月前にも、最近ようやくフェイスブックを始めたというニューヨーク在住の友人が誘ってきた。「やっぱり、すごくいいわよ、やってよー」という友人の頼みではあったが、二つ返事が出来ずこれまた躊躇&ネガティブ、と。

何故抵抗を感じたのか。その答えはCBSニュースの
『60ミニッツ』にあった。一つは「好き」「嫌い」をクリックする感覚。また、プライバシーの侵害無しでフェイスブックは存在し得ないという問題。インタビュアーに答える”生”ザッカーバーグの発言を聞いていると、彼の印象は映画で描かれた人物同様で、生身の友達よりもフェイスブックやネットを通じて友達を作ることが一番と考えている風に見えた。聞いた話では、就活で履歴書が送られてきたら、企業の人事部が行うことはフェイスブックでの確認だそうだ。相互リンクの関係で、過去に購入したものも含めた個人情報がフェイスブック経由でわかるのだとか。自社に向いている人物かどうか、人事担当者はそこから調べ始める。拳銃、ポルノ、原理主義宗教、などなど、マイナス面の要素が見つかったら、まず面接は無理だろう。プライバシー問題に関してはどこかの団体から訴えられており、また連邦議会の調査も入っているとのこと。

2010年にはアクセス数もグーグルを抜いたフェイスブック。この数年で、グーグルスタッフが相次いでフェイスブックに引き抜かれているという。今後も躍進は続くのかもしれない。トップページを見ると、「情報の公開範囲は設定で管理できて安心」とある。だが、私はまだノー・サンキューのままでいようと思う。この動物的感覚による躊躇がある限り。

名優or怪優、百面相のメリルWinkingHappyLaugh

どの役を演じても「その人」以外になれない俳優は「大根役者」だとか。その逆で、どんな役をも完璧にこなす俳優もいる。これぞ名優。女優では、日本代表は岩下志麻でしょう。ハリウッド代表はなんといってもメリル・ストリープだと断言。アカデミー賞ノミネート最多という名誉もその証。個人的にも大好きな俳優である。

名作を数多く持つメリル・ストリープ作品の中、比較的近年のもので、両極端なキャラを2つずつ紹介。彼女の演技の幅、百面相といってもいい位のタレント性溢れた技を見せつけてくれること間違いなし。

良い人&楽しい人

その1:『ジュリー&ジュリア Julie & Julia』2009年
小難しいフランス料理を助手の手を借りずに一人で家庭料理に作り上げる。今から約50年前、それを実行に移したアメリカ人料理研究家ジュリア・チャイルド。アメリカにフランス料理の革命をもたらした実在の人物。そして50年後、現代のニューヨーク。チャイルドの524のレシピを一年365日で全部作ると宣言し、それをブログでお披露目したジュリー・パウエル。こちらもまた実在の人物。映画は、この二つの時代を交錯させながら、美味しそうなビジュアルとともに進められて行く。娯楽作品としてお勧めの映画。「ボナペティ!」が決まり文句の甲高い声、朗らかで負けず嫌いな性格のチャイルド。名優はチャイルドをしっかりと研究したとみえる。メリル・ストリープの表情や仕草は見ているだけでも楽しい。


その2:『恋するベーカリー It's complicated』2009年
メリル・ストリープが演じるのは有名なベーカリーの経営者。離婚してシングルの彼女だが、建築家(スティーヴ・マーティン)とのロマンスが芽生えつつある。だがある日、酔った勢いで何故か元夫(アレック・ボールドウィン)と不倫関係に。元夫は若い女性と再婚しているが、真剣に元サヤを狙う。映画はドタバタ中年版ロマコメ。戸惑いもありながら不倫を続ける中年女性の役柄をとてもチャーミングに可愛らしく演じているメリル。実年齢相応の役柄を本当に自然体で演じていて爽やかでさすらある。パリっとした張りのある肌、整った容姿、そうした若者のロマコメが主流の映画界。だが、世の中の実情を反映させるなら、メタボ体型、皺も増え肌のたるみに嘆く、そういう中年たちも恋をし、愛に戸惑っているのだ。描き方によってはそれらのネガティブ要素も毒々しくはない(笑)。メリル・ストリープやアレック・ボールドウィンは、それこそ少年少女に戻ったかのようにそわそわしていてなんだか可愛いぐらいだ。そういえば、ジャック・ニコルソンとダイアン・キートンの『恋愛適齢期』2003年も楽しめる中年ロマコメである。

怖い人&イヤな人

その1:『プラダを着た悪魔 The devil wears Prada』2006年
鬼編集長にいびられながらも真のジャーナリストを目指して奮闘する若い女性の物語。メリル・ストリープが演じるのはもちろん鬼編集長(笑)。若い女性の方はアン・ハサウェイ。鬼編集長とは、実在する「ヴォーグ」誌の現役カリスマ編集長、アナ・ウィンターをモデルにした話だと言われている。とにかくメリル・ストリープの鬼編集長ぶりはスゴい。彼女が現れただけで空気は深閑とする。無表情、一刀両断、恫喝さながらの指示。スタッフは身構え、震える(笑)。ファッション的にはかなりダサく地味なアン・ハサウェイが、ジミー・チューの靴を履いたその日からファッショナブルに洗練されていく。華やかなファッション界の裏側を見る楽しみもありかと。ちなみに、アナ・ウィンターを描いた
『ファッションが教えてくれること』というドキュメンタリー映画がある。この映画が先かドキュメンタリーが先か。是非どちらも見て欲しい。


その2:『ダウト〜あるカトリック学校で〜 Doubt』2008年
時は1960年代。カトリック学校の校長を演じるメリル・ストリープ。彼女は厳格なまでに古き伝統を重んじる。一方、旧態依然とした教会に現代的な新しい風を入れたいと考える神父にフィリップ・シーモア・ホフマン。「少年と性的な関係をもったのでは」という、僅かな疑惑から神父を執拗なまでに追求し、破滅に導こうとするメリルの静かな怖さは必見。若きシスター役のエイミー・アダムスの演技も素晴らしい。通常はおとなしく従順なのだが、その疑惑が元となり、校長や神父相手に凄んでみせる演技には脱帽だ。神父役のフィリップが素晴らしいのは言うまでもない。暴力やアクションが無い分、セリフまわしで魅了させるのは、さすがにメリルやフィリップならでは、という気がする。少々暗い映画だが、良質な映画だと思う。

真珠湾史実の語られ方HappyLaughWinking


1941年12月8日。真珠湾攻撃による日米開戦。先制攻撃した日本が「悪」として語られる時。だが、最近ではアメリカの某略説が巷を賑わせているそうだ。ネット社会のなせる技とのこと。敗戦側がしきりに言い訳をしたがる構図は、まあよくある話。

史実を語る時、こうした言い訳や逆上にも似た保身本能はやめにしなければならない。史料という言葉があるように、史実とはそれらを積み上げ、そこから「事実」を吸い取っていく作業だ。史料は多ければ多いほどよい。

だが、どれだけ多くの史料が存在していても、それを検証して一つの事実を紡ぎ出すのは「人間」。人間から主観を取り除くことはできない。従って、完全なる客観はあり得ない。完全はなくとも、多くの史料の確認作業により、「確実」と思える事、或いは誰もが「共通」な認識なり見解をもつ事は存在する。それがその時点での、その時代においての「歴史認識」「歴史的事実」と言える。

19世紀まで、歴史は「発見理論」が主流だった。レオポルト・フォン・ランケやジョン・アクトンなどが知られている。簡単に言えば、歴史家が何らかの史料を発見し、それを元に史実を書くというもの。私的感情が入り、公平無私、不偏不党、とは言えないものになる。そしてその後は「構成理論」が中心となった。発見理論よりも歴史を見る目が養われるが、それでも尚、主観は存在する。

優れた歴史家はかなり淡々とした論調で書いている。史料を読み込み、史実のパズルに向かう。決して感情論で語ることもなければ、大衆心理に迎合するような結論を導くことはない。

歴史学は物理学や化学ほどに「科学的」にはなれない学問だ。だが、歴史の教科書に出てくる史実を見ると、全てが「覇権争い」や「殺戮」のように血なまぐさい事柄ばかりだ。それもそのはず。そうでなければ、歴史の教科書には載らないのだから。このような視点で歴史の事柄を見つめてみると、特に戦争の場合、それを好んで行おうとするのは誰か。それは「国家」であり「国民」とはいえない。国家とは軍であり、一部のトップのために多くの国民が血を流す、これが戦争の構造である。

日本が悪い、いやアメリカがしかけたなど、稚拙な論を交わすより、戦争の根本に目を向けたいものだ。

神から人間へ移行する哲学WinkingLaughHappy

「普遍の哲学」を更新しました。お気づきになった方がいるかもしれませんが、ページ名も変更。3つあったカテゴリーを1つだけに絞り込み、普遍の哲学だけに。ブログで紹介できるような内容ばかりでしたので、残りの2つは全部削除!スッキリ!!終わり!!!(笑)

哲学が嫌いではなかった私。得意というよりは下手の横好き(汗)です。時々、かなり時々ですが、こうして哲学者を載せて行きたいと思っています。


今回はルネ・デカルト(1596-1650)。フランス人です。「心身二元論」、「われ思う、故にわれ在り」と聞けば、あー、あの人ね、というぐらい有名かもしれません。

生活の全て、哲学的関心が「神」に向けられていた中世ヨーロッパの人々。それが「人」に切り替わる時代です。気持ちを真っさらにしてみてください。あなたにとって心と身体は一つですか、それとも?

魚も家族にWinkingHappyLaugh

スライドショーを久々に更新しました。かなりのご無沙汰、です。ページ名も『暮らしの写真』にチェンジ!特に内容が変わったわけではありませんが(汗)。


コメットという種類の金魚を飼い始めて1年以上。ある日、金魚の健康面の相談に伺った鯉養殖の業者さん。そこから何故か鯉の稚魚をいただくことになってしまい、その後色々あって、最後に残ったこの6匹。稚魚時代の大きさは同じはずなのに、成長には個体差が。そして性格もそれぞれ。

名前も決まり、コメット種の3匹とともに我が家の家族に。でも、ずーっと水槽で飼うわけにはいきません。金魚と違い、鯉はかなり大きくなる魚ですからね。うーん、どーしましょう。しかし、みんなすごく可愛い。声と姿を覚えるらしく、水槽の横を通ると寄ってきます(^^).。


業者さんのところでも同様で、人がいる側に集まってきました。人間イコール、エサがもらえる、と。ライフスタイルはこのように簡潔なのが一番(笑)。