ウメに感謝WinkingLaughHappy


ここ数年、暮れが押し迫った頃に取り上げていた「犬」たち。その年に出会った他所の犬を取り上げてきた。でも、今年は、いや、今年こそ我が家の犬、ウメに「ドッグ賞」を授けたい。今年の7月にポチ(母親犬)が他界し、我が家の犬はとうとうウメ(娘犬)だけになった。



御年16歳2ヶ月。高齢化とともにウメは目が見えなくなり、耳も聞こえなくなった。衰えはあるが嗅覚はどうにか残っていて、その他のセンスも頼りにしつつ、ドッグドアをあけて家から中庭へ、中庭から家へと出歩いている。もう通常コースの散歩はできない。が、「群れ」として生きる犬の習性を尊重したいと思い、ほぼ毎日、すぐそばの堰まで”散歩”に出る。歩みはゆっくりだが、群れでの行動に喜びを感じている様子がある。肉体的限界による散歩の距離を稼げないからなのかどうか、その分何故か頻繁に中庭に出る。目も耳も、そしてこの年齢なのであり、今はもう彼女の好きなようにさせてあげている。若い頃は立ち入り禁止だった台所も今はオーケーと。残されたセンスでゆっくりと探検をするウメ。全てを許容したい。

思い起こせば、迷い犬ポチを我が家に迎えたのが1996年8月。その時点で既に妊娠中だったポチ。そしてアオ(2008年他界)とウメが同年10月に産まれた。我が家にとっては記念すべき「犬生活」スタートの時。我が家の基本犬たちの最後がウメになった。一日一日、ウメのことがとても愛おしくなってくる。

ずっと複数の犬がいた我が家。ある意味それを方針としているぐらいなのだが、その意味でもウメ一匹というのは、らしからぬ状況とも。実際、アオが亡くなった後、しばらくしてから次の犬を考えたことがあったが、ちょうどその頃に迷い犬を迎えた。半年という短い命だったその迷い犬の後またしばらくして次の迷い犬といった具合。そうこうしているうちに我が家の「基本犬」たち自身が年をとり、この子たちの”犬生”を最後まで見届けることの方が他の犬を迎えることよりも優先される状況に。タイミングの悪い状況が重なること数度。そして1匹となったウメ。盲目で聾唖の老犬に新しい家族を迎え入れるのは避けたい。

さて、話題はがらっと変わるが、今年も終わろうとしている今、今後このブログをどうしようかと考えあぐねている。2009年8月にブログをスタートしてから3年と4ヶ月。頻繁に更新していた最初の頃から見ると、今や義務的に書いている感が無いとは言えない。もう止めようかなと考える私がいる一方、止めるのもどうかと躊躇する私もいる。

物事の大半がそうであるように、なんでも最初は勢いがあるもの。だが、少しずつ面倒くさくなり、アップの間隔が空いてくる。ずっと続けているのは、ビジネス上、ブログを必要とする人たちだけのような気もする。ネットで何かを調べていて、たまたま行き会った個人のブログを見る事があるが、3年から5年ぐらいでブログが終了していることが多い。宣言をして終了というケースもあるが、なんとなく間が空いたまま数年経過というケースも。

こうした中、友人たちからはブログよりもFacebookを、という声がたくさんかかる。でも、そちらもちょっと否定的な気持ちだ。ブログでこんな状態の私はたぶんFacebookをやっても同様の気がする。「別にいちいちレスの必要は無いし、ただ見ていたり、読むだけでもいいし、ポチっだけでも、ね」というのが友達たちの意見。でも、せっかくアップした写真やコメントに全く返事もないままにいるのも申し訳ない気持ちになる。また、いいね、のポチっによって自分のことがあちこちに広まるのも今のところは嬉しくない。やはり、広めたい、と思う人たちの遊び場なのではないかと感じる。なので、今のところはやめておこうと思う。

アメブロやエキサイトブログなど、無料で立ち上げられるブログを使えばもっと気軽にアップする気持ちになれるという意見もある。実はこのサイトやブログは「ラピッドウィーバー」というソフトウェアを使って作成している。確かにこのブログを更新するためにはラピッドを立ち上げ、ブログを書き、ソフトウェア内で更新業務を行い、その後サーバーを呼び出してアップさせ、という具合で、面倒くさいのである。とはいえ、無料ブログでまた何かを始めるといっても、すぐにネタ切れになることは間違いない。更新手続きに手間が無いからといって長続きするものでもない。さーて、2013年のこのブログはどうなっていくのか。しばらく考えてみることにする。

本年も「なんだかんだブログ」を購読いただきありがとうございました。皆さんにとって2013年が実りある良い年になりますよう願っています。

友達づくり、友達探しHappyWinkingLaugh

50代、60代になると、一般的にはそろそろ終の住処を探そうかな、となる様子。年代的には我々夫婦はそのど真ん中なのだが、既に終の住処にいる。30代、40代というまだ現役のうちに、一足早く、先を考えた終の住処作戦を実行に移したということになるだろうか。

我々夫婦と同年代の友人カップルも多くいる。会社勤務型もいるが、多くはフリーランス。少しずつ仕事を減らし、あちこちで高尚な趣味にお金を投じ、終の住処も少しずつ考え始めたカップル。既に巣立った子供達が住むいくつかの国、また友人たちが移住した国々を、夫婦揃って訪ね歩きながら終の住処を考え中のカップル。昨年の震災がきっかけとなり、何十年という東京住まいに別れを告げようと決め、今後5年計画で奥さんの故郷に移住しようと考えているカップル。

数年前、毎月遊びにきていた友人カップルがいた。大都会に住む彼ら。一方のこちらは大自然。360度完全に自然界パノラマという光景は東京人の彼らにとっては新鮮であり癒しであっただろう。また、終の住処としても一考の価値大いにありと見ていたことは間違いないと推測される。

しかし、彼らが足しげく通い続けてくれたのは、我々夫婦を慰める意味もあった様子だ。慰める?えっ?は?である。だが彼らとしてはこういうことのようだ。つまり、こんな片田舎でしかも隔絶された僻地に住む私たちは、さぞや寂しい思いをしているに違いない。遊びに来いと誘いをかけてくる理由も、このように刺激も何も無い自然の中にいるからであり、絶対に退屈しているに違いない、と。・・・(笑)(笑)(笑)。

終の住処候補としてこの地を提案をしたことは事実だし、泊まりがけ訪問に誘ったことも事実。だが、「遊びにいっていい?」と打診してきたのはどちらかというとほとんどがあちら側からであった。且つ、我々夫婦はちっとも「ロンリー」ではないし、「ボーリング」でもない(笑)。実際のところ、家にいる事に退屈し、スカイプや電話で話しかけてくるのは「東京人」であり、こちら側からかけたことは無かった。タイミングとしては、仕事が一段落した後、台風や大雨などの悪天候で家にいるしかない時が多い。しかも、「なんかつまんなくて」と開口一番(笑)。悪天候の際は読書をしたり衛星放送の映画でも見たりしているし、悪天候後は落ち葉や枝のレーキングに忙しい。仕事が一段落していたら、これまた庭回りの仕事をしようか、ということもある。時間が許すなら天候や仕事の有無に関係なく、自然に耳を傾けたり、美しい眺めに見入っていたりと、これらがこういうのどかな場所にいるということそのものの意義だと感じる。こうなるとスカイプをしている暇は案外無いのが実情だし、こちらからスカイプをしようかと思う事はない。ロンリーなのは都会人の方のようだ。事実関係が逆なのにそれに気づかないのも笑える話だが、その心理も面白い。一見、田舎の方が「空虚」を感じさせるのかもしれないが、私たち夫婦の友達たちに限っては逆の現象が起きている。遊ぶ場所には事欠かず超刺激的な都会が大好きと思っている人たちは、案外自分の「ロンリー」感に気づかずにいるのかもしれない。

ただ、終の住処を探し始めた比較的仲の良い友達カップルたちがこの地を選んでくれたらいいのになぁと思うことはある。選ばれなければ多少のロンリー感を抱くことは間違いない。友人カップルたちの終の住処探しは、夫と私の会話の中によく出てくるようになった。

会社勤務であろうとフリーランスであろうと、年齢とともに仕事の量は減り、老年期と向き合うことになる。老年期とは、夫婦が向き合う長い期間と同義語だろう。子どもがいるカップルも例外ではない。子はいずれ巣立つ。それはまた夫婦2人での暮らしを意味する。子どもがおらず元々夫婦2人だけの生活を長く続けているカップルの方が老年期の向き合いにはスムーズに入れる気がする。却って子どもがいるカップルの方が、急に2人だけになったような新局面に戸惑うのではないだろうか。

バブル経済の頃、「成田離婚」という言葉が流行した。子供の結婚式後、ハネムーンに出る2人を成田空港まで見送った直後の両親の離婚。新婚カップルがハネムーンから戻った後で離婚を考えるというテレビドラマがあったため、成田離婚を混同することがあったが、元々は「両親の離婚」を意味したものである。両親といっても、離縁状を突きつけるのは妻側(母親側)からだ。会社人間だった夫(父親)の実質家庭不在。夫婦らしい会話もないままに何十年もカタチだけ連れ添った妻は、定年退職した夫と毎日顔を合わせて生活することに耐えられない。そして妻の決意は、子供が結婚するまでの我慢であり、成田でその憤懣を爆発させ、離婚届を手渡す。青天の霹靂の夫。退職金、或いは家、或いは両方を妻がもらうというのが成田離婚の定番。バブル期が過ぎ、不況が続く今の成田離婚はどうなのだろうか。離婚したくてもできない現実があるかもしれない。それはそれで悲劇。仕方なしに生活を共にする夫婦。考えただけでも辛そう。

フリーランスの夫と私。子供無し。これからもこれまでのように2人で向き合っていくことを考えるととても楽しくなる。我々夫婦はお互いをベストフレンドと思っている。それでも、好きな仲間たちがこのエリアに移住してくれたら、カップル同士の語らいが増え、また女同士、男同士など、色々な交流が楽しめるに違いない。幸い、私たち夫婦の友達カップルに不仲はいない気がする。子供がいるカップルでも成田離婚系はいないように思う。一刻も早く、彼らが納得できる終の住処を見つけられるように願っている。

便利なパングッズWinkingLaughHappy

便利な世の中になったもんだなぁと感じた時、ふと口を次いで出てくるのが「長生きしてみるものだねぇ」。夫も私もそんなに「トシ」ではないけど、これはもう口癖(笑)。


パン焼きの際にもついついこのセリフが。その一つがシリコンマット。マイナス40度から300度まで耐える優れもの。使い捨てタイプのオーブンシートとは違い、千の単位で使用するもの。薄手のものから厚手まで種類も色々ある。私が持っているのはフランスのマトファー社のもの。バゲットやカンパーニュはいつもこれで。メッシュタイプのこのマットを使うと、パンの裏側がとてもプロっぽく仕上がり、にっこり。価格は数千円で安いとは言えないが何年も使い続けることを考えるとかなり割安に。そして、使い捨てのオーブンシートは実は決して単価的に安いとはいえないので、ホームセンターなどで是非ご確認を。


そしてこちらもまたマトファー社製で「ペストリーロールアウト」。スケール付きなので、生地を伸ばしながらサイズをチェックできる。写真はクロワッサン生地。


たくさん作って冷凍に。


焼きたてのクロワッサンを朝食に。


サイズチェックだけでなく、このマットが優れている理由は、作業から焼成までの全てをこのマットの上で行えるということ。写真は見ての通り、餃子の皮。そして作るのは中近東チップス。半分にカットした皮を並べ、オリーブオイルを刷毛で塗る。


クミンシードを適当に乗せる。平なものでシードを押さえつける(焼くと皮が膨らみ、その勢いでシードが落ち易い。押さえつけても少しは落ちることを覚悟)。


最後に塩をパラパラ。ほどよい塩加減はソルトミルに限る気が。


170度から180度で10分位。ジャーン!これがかなり美味しい。ビールのおつまみに最高。


餃子の皮で中近東チップスなら、こちらは春巻きの皮でイタリアのグリッシーニもどき!こちらもレシピというほどではないけど。春巻きの皮(大でも小でも)を半分にカット。マットの上に皮を広げ、ピザ用チーズをパラパラっと置き、くるくるっと巻いて、端っこにオイルをつけて接着させる。こちらも170度から180度で10分位。多少崩れても気にしない。両脇からはみ出したチーズがまた香ばしくて美味しい。


”サイズ”ついでにこれを。いわゆる食パン型。一般的には1斤型、1.5斤型、2斤型というサイズ。でも写真の型はスリム食パン型。サイズは20cm×8cm×8cm。お店で見る食パンのサイズは私にはちょっと大きい。トーストだと結構薄切りになる。そんなに厚切りでもなく、でもあまり薄切りではないという厚みが私の好み。朝食でそういうトーストが食べたい時、このサイズはバッチリ。型を見ると小さく感じるのだが、焼いたパン・ド・ミを見るとなかなか大きく感じられる。パン・ド・ミはひらったく言うと山形食パン。でもバターなどの油脂類や牛乳を使っておらず、バゲットなみのシンプル材料なので、食パンと言ってしまうとちょっと違うかなと。


これを3センチ位の厚みでスライスしてトーストしバターをたっぷりと塗る、むふ。厚みのあるトーストが好きな人は是非。