キウイも絆で結ばれてWinkingHappyLaugh


昨年を表す代表的な漢字は「絆」。なるほど、の一年だった。語源の由来によると諸説ある絆は上記の通り。犬や馬をつなぎ止めておく「綱」から始まったようで、使用例の存在は平安中期から。

犬馬の労を厭わずの「馬」。エサと安全?は守られているが、繋がれて労働させられて。どちらかというと無理矢理な感は拭えない。そうした語源は、いつしか人と人との結びつきに移行し、愛ある関係、心から信頼できる関係のイメージに。

しかし、この語源はとても当を得たものかもしれない。人と人との結びつきは必ずしも愛ある関係や信頼関係からスタートしているとは言えない。会社と主従関係を結ぶサラリーマンは繋がれた馬の如し。上司や同僚とも何らかの綱で結びついている。取引先の人たちとも同様だ。そこで探り合いという人間模様が繰り広げられる。フリーランス仕事であっても、専業主婦・夫であっても、何らかの形で人とかかわっている限り、「綱」の構図は同じ。そしてその中から愛ある関係や信頼関係を見いだしていく。語源通り。赤い糸で結ばれて、と言うが、絆も糸偏。綱も糸偏。結びつくものには何かの「糸」が必要なようだ。

70億人もの人々が世の中にはいるが、全員に会う事は一生かけても不可能。人は皆、「糸」にたぐり寄せられ、70億の中からわずかな数を人選し、「綱」の引き合いをしながら愛や信頼を獲得する。最大、最良の愛は、時に家族となる。何十年にもわたる友情関係、そんな愛や信頼もある。

そんな「糸」も擦り切れ寸前ということもある。あるいは切れてしまった場合もある。ここで無理矢理タイトルのキウイに話を持って行く(笑)のだが、これも「糸」のなせるワザ。

いすみ市に引っ越してもう18年が過ぎようとしている。このキウイは元大家であるクラーク氏が育てたもの。11月の終わり頃に招集がかかり、スーパーの買い物袋をいくつも持参して収穫に奔走。私は毎回欠かさず参加。皆勤の私から見ると、年々参加者が減っている。一番賑わっていたのは最初の数年。夫と私のように、クラーク氏の家を借りる賃貸人たちが大勢参加していた。だがこの数年はその頃の影は無し。せっかく育てたキウイも食べる人がいなければ腐っていくだけ。どうもそれがイヤで、知人に声をかけて誘っている。

少々卑しい話かもしれないが、毎年いただいているキウイをお金に換算してみた。スーパーで見かけるキウイは大きいもので一個100円。クラーク氏のキウイは小ぶりのものも多く、我が家ではだいたい5〜6個を朝食でいただく(きゃっ、贅沢)。この5〜6個をスーパーもの2個とすると一日200円。11月の終わりに収穫したキウイはまだ固く、実際に食べられるようになるのは12月の初め。いつもだいたい3月初旬まではキウイを食べている。3ヶ月丸々プラス少々といったところ。約100日分として2万円!


テレビのある娯楽室でニュースを見ながらという朝食が我が家流。時には自家製のカッテージチーズをたっぷりのせて。市販のキウイは甘みが強いが、クラーク氏のキウイは中心にきちんと酸味があってとても美味しい。冬のビタミンCにもなる。残りの量もかなり減ってきているが間違いなく完食予定!


大家と店子という間柄だった頃から考えると、キウイ収穫のようなイベントでしか会う事がなくなったクラーク氏。でも、東京からいすみ市に引っ越すことになったのも同氏の賃貸物件があったから。良き田舎生活のきっかけを作ってくれた彼には感謝である。

18年前から考えると、「糸」もかなり細く弱々しい状態かもしれず、キウイという「糸」(フルーツだけど)でかろうじて繋がっている関係だが、せめてこの糸は大切に育てていきたいと思う。