パーソンズ伊都江URL!LaughWinkingHappy

ステンドグラス作家として活躍している千葉県茂原市在住のパーソンズ伊都江さん。

この度、彼女のウェブサイトが完成しました。私が制作を担当しています。心を込めて作成したつもりです。是非立ち寄ってみてください。

パーソンズ伊都江 www.itoeparsons.com

尚、パーソンズ氏は2月に個展開催を予定しています。サイトにも載せてありますが、ここにも簡単に記しておきます。

*期間2月7〜2月28日まで
*場所:「ぎゃらりー801」千葉県長生郡睦沢町
*パーソンズ氏サイト内記載:
http://www.itoeparsons.com/events/events.html

「ふぉと逍遥」スライドショー更新LaughHappyWinking

「ふぉと逍遥」のページを更新しました。
自然の景色、犬の鼻のアップ、犬の寝姿など色々と取り揃えてみました。
新しいスライドショーを楽しんでください。

違いとはEmbarrassedSadFoot in Mouth

穢多非人。

日本ではこの言葉をどの程度の人が知り、どの程度の知識水準で知り、どの程度の理解をしているのだろうか。

「部落民」「被差別部落」「同和」など、いくつかの呼び方はあるが、これらはどれも明治政府の解放令後に”出没”してきた”政治・行政的”名称だと言え、それ以前は冒頭のような蔑称がまかり通っていた。

今や、露骨に差別をする人はいないと思う。だがそれは”彼ら”がどこにいるか知らないからであり、彼らはいちいち”名乗らない”から、差別以前の状況にあるとも言えないだろうか。

何年か前、「部落民差別はやめよう」という主旨のチラシを町役場で見かけたことがある。交通ルールを守ろう、などと同様の、よくある行政のお決まりチラシなのかもしれないが、配布されるということは、やはり”彼ら”はいるのだろう。

数日前から始まった朝日新聞夕刊の連載記事は、『差別を越えて』。被差別部落出身の人たちの人脈記を綴っている。

記事の初回は、1971年、赤い鳥が歌っていた『竹田の子守唄』。この元唄は、京都・大阪の被差別部落に伝わる民謡なのだそうだ。子守奉公に出る幼い少女たちが守り子の辛さを嘆きながらも自らを励ます労働歌だという。記事の写真には、元唄を歌う被差別部落出身の70代の女性たち。

もう40年も前の歌なのだから、と思っていると、2回目の記事で取り上げられた被差別部落出身者は若い人たちだ。27歳の女性と31歳の男性。大学時代、差別されるかもしれないという怖さで出自を明かすことはできず、だが反面、言えない辛さを理解して欲しいという思いも強くあり、その葛藤に悩まされていたという。

「差別」は大昔のことではないのである。新聞はこのように、今も残る悪しき事実を特集してくれるが、学校ではどのように教えているのだろうか。

こうした差別に関する日本の教育方法の特徴として、”当たり障りのない教育法”があるように思えてならない。あくまでも簡単な事実なり史実、そして最後に「差別はいけません」というようなやり方だ。私自身、被差別部落のことは学校で何かしら学んだような気がする。だが、あまりにもおぼろげな記憶しかないのは、私がちゃらんぽらんな生徒であったことを差し引いても、何かしらその教育法に起因するものを感じる。被差別部落をある程度きちんと知るきっかけとなったのは大人になってから。住井すゑの『橋のない川』、島崎藤村の『破戒』を読んでからだ。また、 人権問題を取り扱っているジャーナリスト仲間がおり、彼らの熱弁からの方がもっと多く、且つ、問題の本質を学べた気がする。

先の『竹田の子守唄』は、被差別部落である竹田地区にまつわる楽曲だということで、日本の放送局はどこも放送したがらず、それは1990年代まで続いたそうだ。憎むべき差別は行政のチラシや学校での学びで「お達し」として通知されているはずだから、それ以上の”面倒”はやめにしてほしい、というやり方とは言えないだろうか。確かに、差別の対象になっている事柄を取り上げることが差別の助長を招く結果となる場合もある。繊細な問題だからこそ、教科書行政もマスコミも二の足を踏んだのだろうし、声高に批難するつもりはない。だが、こうした風潮を続けていると、”いる”はずの”彼ら”の姿が見えてこないままになる。それに何よりも、被差別部落の人々と”一般の人々”との違いは何ら見いだせないのが事実だ。この明白なる事実があるにも関わらず何故か存在する差別。だからこそ、差別という非人間的な行為が何故生まれたのかをきちんと教えることが大切だと感じる。それにより、差別する側の愚かしさが見えてくるはずだ。

特集に登場している人たちは、今もその犠牲者である。今も尚潜伏している人々の罪、その罪の刃で傷ついた心が今も尚癒えない人々。21世紀だというのに、あまりにも時代錯誤な現実が横たわる。 懺悔というと大袈裟に過ぎるかもしれないが、 朝日新聞の特集は、当たり障りの”ある”やり方を用いて、この事実を風化させまいとしたのではないだろうか。

前出の70代の女性は、差別は昔と同じでまだ変わっていないと言う。27歳の女性の場合、大学時代に彼女にとって身近な部落に関する講義を受講したが、その際行われた受講生アンケート結果に愕然としたそうだ。なんと半数の受講生が「生まれてくる子が差別されるかもしれないから部落の人とは結婚しないという考え方に共感できる」という回答をした。彼女はそれがきっかけで部落出身ということを伏せるようになったという。31歳の男性は、大学時代に部落解放研究会に所属していたものの、”外”の世界ではそれを伏せていた。サーフィン仲間が偏見に満ちた部落差別の話をしても常に沈黙を守り続けた。

その31歳の男性が言ったもう一つの言葉が、先の私のもやもやを言い表してくれた。それは、今では露骨な差別は少なくなったが、部落出身者がそこに”いない”と思って差別を語る場合があるということだ。”一般の人々”は、ついつい、悪気はないままに、部落差別発言をしているのだ。差別を作った馬鹿げた”一般”の感覚、愚かしい差別の歴史、それらが心身に宿るような教育を受けていないから、見た目では判別できない彼らの面前で”悪気のない”差別発言をしてしまうのであろう。一方、堂々と出自を告白したい気持ちと知られる恐怖の狭間で思い悩む彼らは、愚かしい”一般の人々”の言葉を、苦々しいながらもぐっと堪えて飲み込むのである。

差別の問題は、お茶を濁したような教育方法では通らない。またテレビも、”避ける”だけでは何ら解決にはならない。

実はこの問題は、在日韓国朝鮮人の問題とも似ている。見た目ではわからない彼らも同様に、本名を伏せ、通称の日本名を名乗る。心が打ち解けてきたところでようやく告白する。”在日”であることに何ら問題はないのに、申し訳なさそうに話す彼ら。そんなふうにしてしまった、させているのは誰か。20年近く前、在日韓国人と交際していた友達がいた。結婚したいと考えていたが、親に反対されて断念したと聞いた。知人のアメリカ人男性はある女性と交際していた。結婚を申し込まれた彼女は泣きながら在日韓国人であることを告白し、だから結婚は諦めると再びすすり泣いた。彼には彼女が何故泣くのかがわからず、何故結婚を諦めるのかも理解できずにいた。彼女が”在日”の現状を語る。あまりにも馬鹿げた日本の状況に呆れ返りながらも、再度彼女に結婚を申し込んだ。

日本には他にも”民族差別”が存在したし、今も存在する。どれも本質は同じだと思う。アメリカやヨーロッパでも同様に人種差別や民族差別は存在する。だが、どちらがどれだけ”悪い”かの極悪犯探しをするつもりはないし、比較するつもりもない。ただ、日本にある現実を憂うのみである。

ただひとつ、救われた気持ちになったのは、若い2人が最後に締めくくった言葉だ。「部落出身を明かす事は一種の賭けではある。でもエイッと踏み出さないと部落の事をわかってもらえない」「講演に歩くのも、部落出身を見える存在にしたいから」。一歩踏み出す事で見えてくる世界や景色が違ってくる。若い人たちに期待したいと心から思った。

女性活用発展途上国SadFoot in MouthEmbarrassed

「オレゴンから愛やなく、東京から愛にして欲しいもんやわ」。民放を見ていた頃、こんな芸能ニュースが流れていたことを思い出した。大竹しのぶとの離婚後に、芸能リポーターか誰かにコメントを伝えている明石家さんまの姿だった。聞き漏らした言葉はあるかもしれないが、ほぼこんな感じだったと思う。つまり、離婚に至った理由の一つとして、このセリフが出てきたわけだ。『オレゴンから愛』というドラマ撮影のためにアメリカに長期滞在する大竹しのぶ。当時はまだ幼児だったIMALU。大竹しのぶがアメリカにいる間に熱を出したIMALUのことも伝え、その間自分がどれだけ仕事と子育ての両立が大変だったか、確かそんな”意味合い”のことを喋っていた。”母親”ともあろう者が幼子を”夫”に預けて家を長期間留守にするとは、主婦としてなにごとか。これが明石家さんまの本音だったのだろう。

先の文言を男女逆に考えたらどうだろう。”父親”ともあろう者が幼子を”妻”に預けて家を長期間留守にするとは、主夫としてなにごとか。明石家さんまがロケでアメリカ。忙しい俳優業を抱えながらも大竹しのぶは家事との両立を計る。だがこれが批難されることはあり得ない。聴衆が納得するのは明石家さんまの弁なのだ。これは何故か理屈抜きだったのである。男女平等の感覚が”比較的”浸透している芸能界であっても、それを支えるのは聴衆。”男なみ”に稼ぐ女優であっても、子育てや家事との両立をしっかりと行う。聴衆はその”主婦像”に賛同し感動するが、子育てそっちのけは疎まれる存在だった。

二人が離婚したのは1992年。18年も前のことの”はず”だったが、新聞の見出しに『「日本は57位」乏しい実感』とある。国連機関が公表する女性の活躍度指標「ジェンダー・エンパワーメント指数(GEM)」で、2009年度の日本は109カ国中の57位とある。国会議員、管理職、専門・技術職の女性比率、男女の賃金格差などをもとに指数をはじき出したランキングがこれ。他の先進国が上位に位置していることは言うまでもない。ちなみに、日本のすぐ上、56位はキルギス、55位はベネズエラ、54位はホンジュラス。

働きたいが子供を預ける場所がないという女性の悲鳴。一方、この不景気で、夫の収入だけでは不足であり働かざるを得ないが子供を預ける場所がないという女性の悲鳴もある。行政の場面でも女性の首長はほとんど無いに等しく、政治の場面ではニュースに出る議員のほとんどは男性。テレビ界でも(たぶん)まだ”女子アナ”のままだろう。

実際のところ今もまだ”家事の中心”は女性が担い手というケースの方が多く、それを求める女性も少なくはないというのが現実ではないだろうか。だから決して奇麗ごとを言うつもりはない。だが、働きたいと考える女性が普通に対等に働ける社会基盤が整っていれば、もうちょっと良い方向に切り替わるのではないかと思う。

楽しい運転WinkingHappyLaugh


どこまでも遠くへ、遠くへと逃亡を図る軽トラ。美しくも怪しい雲間を突っ切るように、嵐に立ち向かうかのようなサラ・コナー。前だけを見据える彼女の顔には、破壊されるであろう人間の未来と戦う戦士の表情が宿っていた。ジャジャッジャジャーン.........

“軽トラ”を除けば、上記は『ターミネーター1』のエンディング場面。このように見晴らしの良い場所を運転していると、何故かあのシーンを思い出し、あの音楽とともにその雰囲気に浸りながら鼻歌まじりで運転をする私(笑)。

雲は多かったものの、基本的に晴天のこの2日間。友達の引っ越し作業を手伝った。13年ほど前にいすみ市に移住してきた家族。賃貸時代の大家さんが同じということで仲良くなった家族。彼女らもいよいよ長い賃貸生活に終止符を打ち、昨年ようやく念願のマイホーム獲得。

引っ越し作業は年越しとなった。月から金まで会社勤めという家族がいると、平日の作業は人手不足となる。そこで細かなパッキング作業とそのトランスポーター役に志願を。屋根がない軽トラは大きなものを運ぶのにとても好都合。家具類はステーションワゴンには積めない。

作業を終えて家に戻り、お風呂に入る。鈍った身体に「肉労」。なので結構、筋肉痛。でも良い運動になったかな。彼女らの引っ越し作業は今週末が勝負らしい。でも雰囲気としては来週に持ち越しもありそうな気がするのは私だけだろうか。


見渡す限り田んぼ、田んぼ、というところ。こういう景色は本当に気持ちがいい。

Wさんたち、引っ越しは早く済ませましょう。あのステキな居住空間が待ってますよ。

”図書室”ではないんですSadFoot in MouthEmbarrassed

今年は「国民読書年」なのだそうだ。一昨日の朝日新聞の社説は「読書年 町の図書館を使いこなす」。内容を読むと、以前、このブログで訴えた「図書館が欲しい!」と同様の主旨が書いてあった。パワーも何もない一個人があがくよりも、このように大新聞が社説で図書館の必要性を説いてくれる方が何百倍も訴求力があるというもの。

社説には私が書かなかったことも載っている。それは、国際的に見ると日本の図書館数はかなり低水準であり、人口あたりの館数は先進7カ国で最下位。平均の半分にも満たないという調査もあるそうだ。かなりショック。

また、子供達のためにも、資料を使いこなす力を培う、子供と本の結びつきを太く強くすべきだと書いてあった。その通りだと思う。ネット検索ですぐに結果を出すのは、考える力、使いこなす力は養えない。本に書かれている文字は二次元の世界なれど、本が保持する古今の英知は3次元や四次元の世界。あの事とこの事、そしてこういう事、この複数の「事柄」が錯綜するが如しに入り組み、その中に求める「事実」が潜んでいるのである。物事を体系的に捉える訓練、この探究心こそ子供に必要なこと。子供だけではない。大人にも必要である。

だからこそ図書館には専門の職員が必要なのである。ただただ「本」があればよい、となると、せっかくの宝も持ち腐れとなる。蔵書数を増やす場合でも、どんな本を入荷するかではなく、まず予算ありきになる。複層的な次元の世界への道先案内人がいてこそ、大人にも子供にも、図書館の素晴らしさが理解してもらえるというもの。

新聞の社説に感動していた矢先、届いた『広報 いすみ 1月号』を読んでがっくり。市長の新年の挨拶文があり、今年度の方針のようなことが書かれており、教育施設の整備の箇所に「市民のための図書室の充実に努めます」とある。

図書室と図書館とは異なる。図書館法の中にある両者関係を簡潔に言うと、図書館は奉仕として、図書室と協力関係を行わなければならない、という立場なのである。国民の教育と文化の発展に寄与するため、本来的にはどの最小自治体にも図書館設置は”望ましい”のだと、文科省の教育基本法としては考えている。だが、先立つもの(地方財政)、地方の図書館意識(地方行政の視点)、この両者が揃ってこそ成立する図書館であり、それがかなわない場合はせめて図書室だけでも、という実情が見え隠れする。これが「図書室の実態」だろう。だから、図書室は”お茶をにごす”程度の蔵書にならざるを得ないし、読むために過ごす、という状況からはほど遠い「設備」しかないのである。

図書館の有無だけでその地域の善し悪しを判断することは許されないが、善し悪しの判断材料にはなる。図書館発展途上国との烙印を押された日本であっても、「市」と名がつく地域で図書館が無い自治体は、かなり少数派に属するということだけはここで伝えておこう。

ありがたいHappyLaughWinking


昨年の11月に収穫させてもらったキウイ。収穫時の様子を説明したブログはここからどうぞ。

もう少しで2ヶ月ほど経つというのにも関わらず、毎日の食卓に並び、毎日のビタミンCになってくれている。市販のキウイとは異なり、大きさもカタチもまちまち。リンゴと一緒において熟すのを待つ、自家製熟成。触った感じで、うん、オーケーと。時には勘がはずれ、ちょー酸っぱいキウイを口に入れてしまうことも。でも、それも何故か美味しい。在庫も少しずつ減っているけど、2月までは持つかな、どうかな。

キウイを育てている元大家さんに感謝。ちょっと気が早いですけど、今年の秋も、キウイよろしくお願いします。

民放と東京HappySadFoot in Mouth

民放を見なくなってからもう7年。敷地の山(丘)のてっぺんにアンテナを立てない限り民放が入らないという所に居を構えた。民放不要の決断と東京脱出の決断はどこか似ている。民放番組と東京、両者に共通するのは気忙しさ。私はそこから脱出したのだなと感じる。

また、両者への「思い」にも共通する事がある。それは、たまには楽しいということ。深い森の中に住みながら時々東京に出かけるのは楽しい。また、人の家やお店などで時々民放を見ること、これもまた面白い。でも、それで充分であり、それ以上に欲することはない。

民放で一つだけ惜しいと感じる事は、稀にある良質なドラマが見られなくなったこと。今は亡き二人だが、例えば向田邦子原作で久世光彦演出のドラマ。良質なドラマとまでは言えないが、その瞬間を楽しませてくれるトレドラの中にも好きなものがいくつかあった。「東京ラブストーリー」、「ロンバケ」など。「ビューティフルライフ」は脚本が良いと感じられたトレドラの一つだ。

その民放のドラマに異変が起きているらしい。最近は、マンガになっているもの、有名小説が原作というものが多くなり、オリジナル脚本作品が少なくなったという。テレビ局の経営悪化により制作費も減少している。また制作期間が昔よりも短くなり、出演者もギリギリまで決まらないため、短期間で企画を立てる場合に原作ものは楽なのだとか。また、オリジナル脚本作品で視聴率が取れなかった場合、関係者が背負うリスクも大きいらしい。一度目にしたり耳にしたりという既存原作の方が視聴率が取れ、関係者の不安も軽減、ということなのだろう。また、「言葉狩り」もある様子だ。セリフの中の「中卒」は「高校に行っていない」になり、「床屋さん」「お百姓」はNGなのだとか。どう差別的なのだろう? だがこれも関係者の不安軽減なのだろうか。

また、ドラマの主人公となる世代の変化もある様子だ。最近の若者の傾向として、老後が心配、冒険はせず、野心もなく、傷つくのが怖い男女間心理など。腫れ物に触るのもドラマの面白さのはずが、ターゲットとなる若者が後ろ向きでは作り手が困惑するのは当たり前。

こうした時代だからこそ、この逆境を好機と捉えてドラマ作りに挑むという、井上由美子氏、中園ミホ氏、大石静氏、この3人の脚本家のコメントが新聞に掲載されていた。このドラマ、あのドラマを見たいがために地デジアンテナを取り付けたい、そんなふうに思わせるような番組作りをお願いしたいと思う。

悪気はない言葉HappyWinkingLaugh

人とは「悪気のない言葉」に傷つく動物であると思う。日常の中で接する友達や知人とのやり取りの中に、「悪気のない言葉」はたくさん散らばっている、のだろう。「Z子って、悪気はないのかもしれないけど、私は傷ついたのよね」などという会話はよく耳にするし、私自身も発することはある。

傷つき度合いはそれぞれながら、それが元で「絶交」や「絶縁」になる例もある。だが、大半はそこまで極端な結果とはならず、誰かにちょこっと愚痴を言うだけで気が済み、「悪気のない言葉」を発した人物とフツーにお付き合いを再開させるのである。だからこそ、「ふだんはすごく優しくていい人なんだけど」というセリフが、愚痴の言葉の前段として、まるで枕詞のように置かれる理由だろう。

また、傷つく、ということ自体も、その時の心理状態によってかなり異なる。私生活がいまいちうまくいっていない、彼氏との仲も足踏み状態、などなど、心があまり元気でない時には大きく傷つき、その逆で元気いっぱいの時には気にもならない、ということもある。また、性格の個人差も大きく起因する。「悪気のない言葉」と「傷つき度合い」の相関関係は複雑多岐にわたり、一筋縄では行かないのだ。

では、一方の「悪気のない言葉」を「発する」側はどうなのか。先の傷ついた人を被害者とするなら、発する側は加害者といえる。だが、被害者は常に被害者とは限らず、知らず知らず加害者にもなっているはずである。何故なら、「悪気はない」つもりで発している言葉なのだから。第三者への愚痴で気が済む程度のことが多い以上、相手が傷ついたかどうかを加害者側は知る由もない。

犯人探しみたいで恐縮ではあるが、「悪気はない言葉」に関し何が一番「悪い」のかを確認する一つとして、統計的に「悪気のない言葉」を「一番多く発する人」という計り方が考えられるのではないだろうか。その際、「あなたの友達の中で誰が一番悪気のない言葉を発すると思いますか」と一人一人にアンケートを取るのは人間関係を台無しにするので止めよう(笑)。そうではなく、あくまでもひっそりとプライベートに統計を取ろう。これまで接した様々な人たちを頭の中に思い描き、人から聞いた話、自分自身が人に話したこと、それらの中から誰が「悪評」が多かったかをチェックしてみよう。誰が出てくるだろうか。

悪評のトップに躍り出た人は、少なくとも何らかの”反省”が必要な人物なのかもしれない。だが一方では、あなたのことを知る誰かが悪評チェックをした結果、あなた自身がトップに上がっているかもしれない。”反省”すべき人物を頭の中で描くと同時に、誰か第三者の頭の中にあなた(私も含め)が、”反省”すべき人物として俎上に乗せられているかもしれないのだ(笑)。

若者が大志を抱けるかEmbarrassedFoot in Mouth

大学生の就職活動、いわゆる「就活」は今や3年生の時点でスタートしている。そうした中、つい先日、キャノンマーケティングジャパンが「採用活動を遅らせます」という宣言をした。この宣言の背景には、業績悪化と早過ぎる就活への問題提起、この2つがあり、後者に関し同社は、「学生の皆さんから学ぶ機会を奪っているのではないか」と伝えている。

そもそも3年生からの就活とはなんであろうか。昔は4年生になってからだった。学業の妨げにならないように設定(青田買い抑制の意味もあったかと)された就職協定が廃止され、就職活動の時期が早まったとのこと。3年生就活肯定派の中には、4年は卒論で忙しく、3年就活はありがたいという者もいる。だが一方では、3年で内定をもらった学生が、1年半後の新卒時にその企業から内定を取り消されたケースもあった。不況による理由だが、確かにこの経済不況下で考えると、内定した企業が1年半後に倒産などということもあり得る時代だ。また、3年生時にあまりにも就活に勤しみ、4年生時にはただ遊んでいたからなのかどうか、まともに”日本語も使えない”社会人となり、就職先の企業が大学側にクレームを申し渡す例も耳にした。

就活が早まっている反面、通年採用の企業も増えている状況も耳にする。即戦力が欲しい企業としては「新卒」にこだわることはない。だが、この場合はそれなりの”スキル”があってこそなのかもしれない。

総じて見ると、日本における4月の新卒一斉採用体質はまだまだ健在だといえる。”新卒神話”が作り出した弊害は「フリーター」というネガティブな言葉を生み出したように思う。フリーター歴のある多くの若者は未だに正規社員登用への道が開かれていないと聞く。たまたま就職氷河期に新卒となった運の悪い若者たち。だが就職氷河期にも「閑」があった。それは団塊世代の一斉定年退職時である。だがその後すぐに「リーマンショック」により氷河期が再燃した。ラッキーにもこの「閑」の時期に就職できた若者と、先のフリーターたちには何ら”差”はない。あるのは「運」だけだった気がする。精神科医の香山リカ氏は「貧乏くじ世代」と呼んでいる。

新卒を重視し、フリーターを避ける企業体質は、もう一つの弊害を生み出している。それは、新卒時点でまだ就職先が見つからない者に対し、大学側が1年間の「学籍」を与えるということである。つまり、大学生活5年目で就職活動を行い、翌年4月を”新卒”とすることである。5年目の学籍を得られなかった者は「就職浪人」となる。企業はこの就職浪人を敬遠する傾向がある。5年目の学籍を得て就活する者、5年目の学籍がないままに就活する者、両者に何の違いがあるというのだろう。先の「貧乏くじ世代」、「就職氷河期の”閑”の者」、この両者に差がないということと同じではないだろうか。

企業が「人を見る」よりも「新卒」を見続けている限り、こうした弊害は続く。いっその事、卒業後の1〜2年は社会を見て学ぶ猶予期間にしたらどうなのだろうか。ボランティア活動に勤しむもよし、金銭の余裕があれば世界を旅するもよし、また複数の企業でアルバイトをするもよしだと。「大学生超・社会人未満」というようなモラトリアム期間の提案である。自発的ではなく、必然的にこの期間に置かれているのが先のフリーターたちであることはなんとも皮肉であるが。

”英国病”のニッポンSadFoot in Mouth

初登場のカテゴリ、「日本のゆくえ」。昨年亡くなったジャーナリスト、筑紫哲也氏の著書『この「くに」のゆくえ』を拝借した。好きなジャーナリストの一人であった筑紫氏。講演を拝聴したこともある。朝日新聞記者であった同氏がジャーナリスト人生の後半に選んだのはテレビ。「活字ジャーナリズム」的手法を用いて映像勝負のテレビ界に挑戦し、その可能性を試していた孤高の人。

先の著書名のように、筑紫氏は日本のゆくえをとても案じていた一人である。私もこの「くに」のゆくえが気になる一人である。ジャーナリストとしてというよりも、今回は、保身的な意味合いも込めて気になることを述べたい。

総論としての「日本のゆくえ」は、各論としては「日本の経済」、「日本の政治」、「日本の若者」である。

現在の日本は、かつての「英国病」のような様相を呈している気がする。英国病スタートのきっかけとなった1960年代、そして70年代後半から80年代が最も深刻だったと学んだように記憶している。暗く陰鬱な経済状況は、曇り空の多い英国と重ね合わせて表現されることもしばしばだった。

「経済不況」と言っても、当時の英国と現在の日本では取り巻く環境も異なる。経済状況とは、多くの要素が絡み合う事で起こるその結果に過ぎない。その要素は歯車のようなもの。経済状況の牽引役である歯車は決して1つや2つではない。おびただしい数の歯車が経済を左右する。かつて恩師が、経済学の理論ほどすぐに錆び付く理論はないと言ったことがある。確かにそうだ。世の中は動いている。政治や他国、ヒト、モノ、カネ、代表的な歯車は少ないが、それらの下にはネズミ講のように数えきれない歯車がぶら下がっている。そしてそれらは膨大であるだけでなく、動き、変化し、増減する。その複雑な絡みの順列組み合わせをどう一つの理論にしようというのか。だから、経済学者たちが互いの理論に異議を唱える場面を見ると、子供同士の喧嘩のようであると呆れ返る反面、それぞれに「一理あり」と感じてしまう所以なのだろう。

日本もかつての英国のように暗く長いトンネルに入ってしまったのだろうか。確かに東京も今ひとつ活気がないように感じられる。人々の背中もなんとなく丸まり、地面を見て歩いている感じがある。新聞を見ると、中国がアメリカを抜いて新車販売世界一に躍り出たとある。GDP(国内総生産)でも2位の日本を追い抜く勢い。ある中国大手企業の社長は「小売業の技は日本が師」だと、追い討ちをかけるような余裕も見せる。英国病の時代、日本は逆に経済進展の真っ只中だった。現在の日本が中国を見る感覚、かつての英国が日本を見る感覚、これらには何か共通のものがあるのだろうか。

一方の政治はというと、「マネー問題」で野党が与党を吊るし上げる、という論法はいまだに呆れ返るほどに”健在”である。人々が清廉潔白な政治家を期待しているとは思えない。もちろんそれが理想であったとしても、政治家に求めるのは、とにかくこの日本経済の立て直しであろう。マネー問題追求の茶番劇は見飽きている市民感情に気づかず、来る日も来る日も”会見”し続ける日本の政治家たち。日本の未来の危うさは、こうした政治家たちの責任でもある。

暗く長いトンネルを抜け出す手がかりは、簡単に言ってしまえば老若男女を問わず「個々の努力」だろう。だが、今後10年、20年先の日本を考えると、将来は日本を率いていく”はず”の、現在の若者たち、彼ら、彼女らが手がかりなのだ。私的な利害で言うならば、私が年老いた時、楽しい老後を迎えているだろうか。日本の老人福祉は申し分のない状況になっているだろうか。

老後を考えると、現在の若者たちがカギになる。だが、「失われた10年」「平成の大不況」、これらをまともに浴びてしまった若者たち。それだけが原因ではないのだろうが、「草食系男子」という言葉まで出た。ある男性に言わせると、「草食系女子」も増大しているのだとか。解釈の仕方は色々あるだろうが、一人暮らしはお金がかかるからと親元から離れずパラサイトし、結婚して家族を養うことなど無理だから彼氏や彼女を積極的につくることをしない、人と飲んだり話したりということに「利益」を感じないからなるべく家に居る、などなど。「婚活」という言葉に現れるほどに結婚願望が強い若者がいる反面、こうした「人との触れ合い」を避けるようにしている若者もいるということだろうか。両者の比率はよくわからない。また、ネガティブに捉えた草食系の若者はあくまでも若者たちの中のほんの一部であり、多数派はそうではないのだと願いたいし信じたい。

悲しい妻たちWinkingEmbarrassedSad

体型が似ているという理由だけでなく(笑)、俳優としても好きなひとりである、キャシー・ベイツ。迫力あるセリフをこなす実力はお墨付き。狂気の女性を演じたオスカー受賞の『ミザリー』(1990年)ではそのロールを遺憾なく発揮した。

今回のオススメは
『黙秘』(原題:Dolores Claiborne)テイラー・ハックフォード監督。1995年。原作はスティーブン・キング。

*ネタバレになりますので、ご覧になったことのない方はほどほどにお読みください(笑)。

キャシー・ベイツが演じるドロレス、ジュディ・パーフィットが演じるヴェラ。 この2人の中年女性がこのストーリーの重要な局面を作り上げる。 強く逞しい2人。だが夫婦愛には恵まれなかった悲しい妻たち。その2人が共有する秘密は「夫の死」。

ドロレス(キャシー・ベイツ)が大富豪の家で家政婦として働き、その大富豪の妻がヴェラ(ジュディ・バーフィット)。2人の関係はこうして始まる。

ドロレスの夫ジョーを演じるのはデイヴィッド・ストラザーン。実は彼も好きな俳優のひとり。ジョージ・クルーニー監督の『グッドナイト&グッドラック』(2005)年でもいぶし銀の演技で魅了してくれた。だが、この映画ではかなりの飲んだくれ亭主を演じている。妻のドロレスを、醜いだの、ブスだのと言っては罵倒し暴力も振るう。しかも中学生の一人娘(セリーナ)の学費をウイスキーのために使い込むだけでなく、娘に手を出そうとまでし始める。

一方のヴェラ。彼女の夫には愛人がいる。妻を完全無視。話しかけても見向きもしない。この夫役はかなり「ちょい役」。5秒ぐらい(笑)。
ヴェラ役のジュディ・バーフィットもどちらかというと脇役が多い俳優。でも名脇役のひとりと言える。威圧的セリフまわしには戦慄が走った。『真珠の耳飾りの少女』(2003年)では、冷たい眼差しと突き刺すようなブリティッシュアクセントで周囲に緊張感を与える、そんな役柄を堂々と演じた。名俳優の一人だと思う。

さて、核心の夫の死に入る。ある日、屋敷内で働くドロレスが泣いているのをヴェラが見つける。ドロレスの夫のことを知ったヴェラは自らの秘密を告白する。ヴェラは夫の車のブレーキにしかけをし、死に至らしめた。
「愛人宅からの帰り道、ブレーキが故障することってあるでしょう?」とにべもなく言い放つヴェラ。
そして、An accident, Dolores, can be an unhappy woman’s best friend. 「ドロレス、アクシデントは悲しい女の最良の友だちなのよ」と、ドロレスの顔を覗き込み、罪の世界に誘う。泣いていたドロレスのはずが、ヴェラの衝撃的な告白に驚き、泣いていたことすら忘れたような表情になる。このシーンとセリフは背筋がぞっとするぐらい良い(笑)。

そしてヴェラはさらに言葉を続ける。
Sometimes, Dolores, you have to be a high-riding bitch to survive. Sometimes, being a bitch is all a woman has to hang on to.
あくまでも私流の意訳ですが、「生き抜くためにはねドロレス、時には性悪女にならなくちゃあいけないのよ。そして時にはね、性悪でいることが女にとっては頼りの全てなのよ」、というような。怖っ(笑)。

このように、説得力のある「夫殺し」のアドバイスをもらったドロレス(笑)。彼女は月食の日にそれを実行に移す。ここでは詳述しないが、ドロレスが夫を殺したのではないかとずっと疑い続けている刑事役クリストファー・プラマーの役どころも見る価値がある。

お正月早々、夫殺しのサスペンス映画、というのもなんですが、是非ご覧いただきたいひとつです。
特に言い訳をする必要はないかもしれませんが、私自身はとても幸せな結婚生活を送っていますので(汗)(笑)。

ふぉと逍遥LaughWinkingHappy

「ふぉと逍遥」スライドショーを更新しました。

寅さん新年!!LaughLaughWinkingWinkingHappyLaugh

2010年が始まりました。
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


近くにある東浪見海岸で初日の出を拝みました。
日の出時刻は6時49分。


初日の出を待つ人々。


犬たちも。サーファーたちもたくさんいました。

今年2010年最初に行ったこと。初詣。そして初日の出拝み。
どんな1年にしたいかな、しようかな、できるかな、と色々考えます。
まずは、自分たち家族のこと。無病息災、家内安全。欲を言えば商売繁盛、金運上昇、でしょうか(^O^)/.
そして、World peace です。