”能力”はさりげなくWinkingLaughHappy



死後の世界、霊の世界は、現代科学をもってしても未だに解明されていない。死を恐れ、或いは死後を恐れるのが人間だとすれば、科学的未解明であることが功を奏し、”この世界”のビジネスが成立するのだろうと想像する。”この世界”とは、霊能者や占い師などを典型とし、生きている本人の未来を占うこともあれば、亡くなった人との対話もある。

勝手に総称してしまえばアニミズム。青森県のイタコ(口寄せ)など、日本にも古くからこうしたことは行われてきた。死後の世界も含め、人は壮大な宇宙に畏敬の念を持つからこそ、アニミズムは人類の歴史と同じくして始まったといえるのではないだろうか。

ただし、現代においてのそれはビジネス化が激しいように思う。以前もこのブログで批難したことがあるが、墓前で願い事をしてはいけないという某占い師をテレビで見た事がある。苦しくなったとき、先祖や亡くなった愛する人たちに向かい、「助けて」と願うのは心情的に同感するものであるのに、その占い師はそれを否定するのだ。だが、その占い師はかなり儲けていると見え、家はどこかの御殿のようだった。苦難の日々を送る人たちを踏み台にして肥え太る占い師。何か割り切れない気持ちになる。

私個人は、占いは信じない。死後の世界との橋渡しをするような霊媒師もいまいち胡散臭さを感じる。かといって全否定するつもりはない。現に墓前で手を合わせ、亡くなった人に語りかけている。また、困った時の神頼みは日常茶飯事(笑)。私自身には無い能力だが、「何かが見える」という非凡さを備えた人はいるのかもしれない、というぐらいにはその世界を「信じて」いる。

前段が長くなったが、このお勧めの映画
『ヒアアフター』(2010年)は、ジョージ(マット・ディモン)がこうした能力を備え持ったがゆえの苦悩を描き出している。霊媒師としてのその「才能」を「天罰」のように考えてしまう彼。そんな彼が2人の人物と出会う。一人は津波に巻き込まれて臨死体験をしたフランス人ジャーナリストのマリー。もう一人は不慮の事故で亡くなった双子の兄を想う弟マーカス。それぞれ全く離れた場所にいる3人が、紡ぎ出された運命の糸に導かれるように出会っていく。

最初は全く期待をせずに見始めた映画だったが、霊能力を持つ人物をこのようにさりげなく描いていることにとても好感を持った。極端なドラマティックさで観客を煽ることはせず、マリーやマーカスと出会うきっかけも丁寧に作り上げている。とても良質な映画だと思う。

監督はクリント・イーストウッド。あの「Make my day」のセリフでお馴染みのガンマンは、銀幕での活躍も長い俳優。だが近年では、なかなか見どころのある映画をつくっている。『ミリオンダラー・ベイビー』や『チェンジリング』も悪くなかった。

ちなみに、『ヒアアフター』の冒頭のシーンが津波であり、昨年の3月11日も上映期間中であったため、その後は上映中止となったらしい。衛星チャンネルで放送される今でも、映画の最初にその旨の断り書きを載せている。