スライドショー更新

「ふぉと逍遥」スライドショーを更新しました。

そぞろ歩きの逍遥、これって写真のページとは思ってもらえませんよね。せいぜい「坪内逍遥」ぐらい(汗)。和のデザインに合わせようという狙いでしたが、ページ名はスライドショーとか写真とかに切り替えて、該当ページに「逍遥」を載せて説明する方が得策ですよね。そのうち切り替えようとは思いながら、ウェブサイトのデザイン変更はちょっとまとまった時間と”忍耐”が必要。しかもこのサイトは私の完全オリジナルデザインのため、切り替えるとなるとまた色々大変なのです(汗)(汗)。言い訳がましいですか、すみません(汗)(汗)(汗)。

さて、5月も半ばとなり、1年の間でもっとも過ごし易い季節とも言われてますね。春(初夏?)の花が咲き乱れ、新緑の香りが鼻にツーンときます。新緑の黄緑色もこれまた美しいです(^^).。。。。といったような雰囲気の写真の数々になっているはず?です。


この季節は、カエルさんたちの活動も活発。田んぼではアマガエルがゲコゲコの大合唱。つい先日、珍しく犬の散歩を夜に。日中とは違い、生活音の無い夜。その中でのゲコゲコ大合唱はかなりの音量なのですが、ちっともうるさいとは感じません。それどころか、星明かりにほんのりと見える美しい水田とその音がとてもマッチしていて、なんとも心地よく穏やかな気持ちになれました。

上記の写真はウシガエル。雨の後、どこかからひょっこり出てきたウシガエルを興味深く観察する猫。人なつこい猫たちで、人間がかがみ込んで撮影する姿を見て、美味しいものでももらえると思ったらしく、ぞろぞろ集まってきました。もちろんウシガエルは迷惑そう(笑)。この後、ウシガエルは自慢の脚力を披露し、一気にビョーンとジャンプ!。田んぼ方向に逃げました(^O^).。


野生種のタラの木。我が家の敷地内のもの。ホームセンターでは品種改良でトゲの無いタイプが販売されているとか。上を向く姿勢のタラの芽採取。確かにうっかりしてチクッということがあります。でもこれが自然のものと考えれば問題はないです。毎年美味しくいただいています(^_^).。


最近大活躍のホームベーカリー。といっても、メインは捏ね。写真はベーグルですが、捏ねまでHBで行い、発酵や成型は自分で。パン作りを行っていると色々と気づくことが。タッパーもその一つ。乾燥を防ぐためにとても重宝します。タッパーの下にあるのはパン捏ねマット。スケールが印刷されていて、生地を伸ばしながらサイズのチェックができます。260度まで耐えますので、オーブンに直接入れてもオーケー。ロール式なのでしまう場所もとりません。なんだか販売サイトの宣伝文句みたいな調子ですね(笑)。


ベーグル、とても美味しく焼けました(^o^).。市販のものよりもモチモチ感あり!いつもネット購入のベーグル。でもいつかは全部自家製でやってみたいなぁと思ってます。あくまでも理想ですが(汗)。



写真左は、ライ麦と全流粉入りのハード系。右はシナモンロール。シナモンロールは一次発酵までHBにお願いしました。まだまだ手探りのHBですが、もっともっと活躍してもらいます!


パン作りに失敗はつきもの(失敗しない人もいるでしょうから、あくまでも私だけということに)(汗)。そうした時は、以前ブログでお伝えしたリサイクル料理?に。クルトンにもしてます。また、生パン粉として活用もありです。写真はかなり粗めの生パン粉。フードプロセッサーでががーっと。天然酵母で焼いた「失敗パン」の「生パン粉」です。ぜいたくですよね。揚げた翌日にオーブントースターで軽く温め直したフライがめちゃくちゃ美味しかったのは天然酵母だからでしょうか?油ものに”一家言”あり、の夫ですが、昨日よりも美味しいと。揚げたてよりも美味しいのってありでしょうか?。


その夫が、いよいよ、とうとう、やっと?、還暦を迎えました。ガラスのソリッドワークで作った「青い目のウサギさん」。赤いフェルト生地でちゃんちゃんこを。右側はなんだか赤ずきんちゃんみたい(笑)。ウサギのカードを添えて。


こちらも誕生日プレゼント。大トロ!


話はがらっと変わりますが、上記は「通販生活カタログハウス」の看板猫「かご猫シロちゃん」。同社のサイトから買い物をして、手続きが全て済むと最後に出てくる写真が右側。ぺこっとお辞儀をしているのではなく寝ているのでしょうけど、すごく可愛くてそれで載せてみました(笑)。

原発、停止と廃炉は別ものFoot in MouthSadEmbarrassed

原発事故を「怒る」気持ちがあるからといって原発「反対」とは限らない。そうした主旨を書いたのは前回。

そして、首相は浜岡原発停止命令を要請。87%の確率で起きるとされる東海沖地震。東海から東京が大惨事となることは火を見るより明らか。

英断であると思う。だが、これは原発の「停止」であり「廃炉」ではない。津波対策の防波堤が2〜3年後に新設するまで止めるということだ。

停止は浜岡原発のみで、その他は運転継続。停止を浜岡原発だけとした理由は、「原発立地の各都道府県や経済界の動揺を抑える」ためと言う。「脱原発」という方向に行かない日本の理由がここに現れている。いかに原発推進(維持)側が巨大な力を保っていることか。

そしてはやくも自民党の原発推進派が「原発を守るため」のエネルギー政策合同会議を発足させた。福島原発事故が完全に収束に向かっているとは言い難いこの時期にだ。命がけで冷却作業に従事する人たちがおり、またその担い手不足が深刻化しているこの時にである。人材確保はかなり苦境に陥っている様子だ。大阪の職業紹介所経由で10tトラック運転手募集に応募した男性が、本来の任地である宮城から移動を命じられた。連れて行かれたのはなんと福島原発。しかも運転手ではなく事故後の冷却作業を命じられたそうだ。

この合同会議の幹部には、元経済産業相、旧通産相、東電の元副社長などが名を連ねる。なんとも「きな臭い」メンバーだが、「当然」の人事でもあろう。自民党の谷垣総裁も安定的な電力供給のために原発は必要と考えている様子だ。そもそも原発政策を国策として押し進めたのは自民党なのだから、今さら「廃炉」を唱えるわけにはいかないのだろう。原発にノーを突きつける事は自民党の負けを認めることにもなるからだ。

また、この合同会議は、自然エネルギーで賄うという論調に関し無責任だと言い、現実問題として原子力エネルギーをなくすわけにはいかないと話す。

確かに、自然エネルギーに関してはきちんとしたシミュレーションがなされているのかどうか、我々素人にはわからない点が多い。だが、原発推進派は「御用学者」ばかりを囲い、自分たちに都合の良いデータを発表するが、脱原発方向のエネルギー政策を唱える学者や有識者たちと話し合うことがない。この際、両者がしっかりと膝を突き合わせて話し合う場を設けていくべきだ。それを国民に向けて伝えるべきだ。政治家がよく使う「信を問う」。本当に原発が必要なら、原発反対派との議論を深め、国民に信を問うべきではないか。

また、脱原発は必ずしも自然エネルギーだけではない。もちろん自然エネルギーだけで日本の電力を賄うという計算をした有識者もいるようだ。だが、火力、水力も引き続き頼れば良い。火力を言うとすぐに二酸化炭素排出問題が問われる。だが、二酸化炭素排出量がもっとも多いのはアメリカや中国などであり、先進国の中でも日本は決して高い方ではない。また原発事故と引き換えになる話だろうか。また、二酸化炭素排出量を抑えるための技術も進んできているはずであり、脱原発の号令があれば、その技術ももっと進歩するはずだ。以前このブログで示したように、現在日本にある
火力と水力の総力があれば、そもそも今この時点で原発を止めることが可能なのだ。

先の英断。浜岡原発停止。期間限定ではあるが、もしも自民党与党政権だったら起こりえただろうか。

事故への怒りと原発反対は別ものSadFoot in MouthEmbarrassed


全国原発マップ(Google Mapより)

ある日のニュース。記者のインタビューに答える30代位とおぼしき女性は後ろ姿でカメラに写っていた。「東京(関東)に供給する電力のためにこんな目に遭っているのだということを、東京の人たちには覚えておいて欲しい」。福島原発問題で避難生活を強いられた女性の訴え。この報道を見た東京他の関東人は慚愧に堪えない思いだろう。「東京(関東)のために福島が犠牲に」という彼女の発言はあまりにももっともであり、申し訳ないやら情けないやら、弁解の余地無しといった様だ。

関東のための福島原発なのだからと責任を痛感し、関東人が福島人に頭を下げ、事態が早く収束するように祈り、救援物資や義援金に心身を注ぐ。そして福島に頭を下げた関東人は、東電や政府に怒りの矛先を向ける。これを受け、東電や政府は国民に頭を下げる。東電と政府。悪人探しが終結。

だが、事はそんなに単純だろうか。原発問題は謝罪合戦ではなく、もう一つの大きな側面があり、そこに目を向けねばならないと感じる。

それは、「原発を受け入れた福島県」という事実。戦後、若者を地域に根付かせる地盤産業も無く、低い住民所得ゆえに出稼ぎも多かった福島県海岸沿いの地域、「浜通り」地区。東西に長い(横長の)福島県。県経済の中心は東北新幹線が走る中央から西側(内陸側)で、「中通り」地区と「会津」地区。交通の便が悪い「浜通り」地区は企業誘致活動に頓挫を来していた。そこに、火力・水力だけでなく原発も、という国策。そして福島県は原発誘致に向かう。双葉郡の8町村が誘致を推進。国と県、両者の利害が一致した歴史的瞬間。1961年、同郡の大熊町と双葉町が誘致を決議。そして1971年、福島第一原発は両町をまたぐ格好で建設され、運転を開始。

果たして地域活性化は行われたのか。もしも今回の原発事故が起きなかったなら、浜通り地区は今も今後も、地域の若者に魅力ある地域として存在し続けただろうか。

原発マネーはハコものマネーだと非難する論調がある。原発一機の着工から運転開始までは約5年。福島第一原発は1号機から6号機。最初の着工は1967年。最後の6号機の運転開始は1979年。”最初”から”最後”の期間は「12年」。つまり、ハコもの”土建”利益は12年。そして1991年、双葉町は東京電力に第一原発の増設を要請した。読んだ記事によると、ハコものの維持管理費が財政を圧迫したため、再び原発マネーに期待を寄せたと言われている。

またこうした事実もある。ハコものは発電所だけに止まらず、推進の各町村は豪華な役場を建設し、公共施設も次々と建てた。小さな自治体の大熊町の自主財源は100%。公共料金が安く、全学校に冷暖房設備が整っている。医療費は高校まで無料。「東電マネーだからこそなし得た技だ」。非難側はこう論陣を張る。

そして今回の事故では原発に対する立場の違いで地域に亀裂も生じた。推進側の双葉郡8町村と反対側の南相馬市。原発事故後の知事への陳情に双葉郡8町村は一致団結したが、南相馬市には声がかからなかった。双葉郡8町村全人口と互角の南相馬市。同市の避難者は5万人にも及んだ。インフラのストップや物資が届かない問題など、犠牲者である事実は同等だ。東電マネー側と原発反対によって二分された自治体という構図。

事は福島県だけではない。原発を抱える福井県敦賀市。4月24日、原発事故後という絶妙なタイミングで市議選と市長選が行われた。だが、市議選では「脱原発」の演説は煙たがられ、握手も拒まれた。また、市長選の全候補者が唱えたのは「原発との共存」。敦賀市は別名「原発銀座」とも呼ばれるぐらいに原発や原発関連施設が豊富だ。福島原発の事故がイコール原発にノーを突きつける、とはいかない構造なのか。

原発立地の都道府県は12。インタビューの結果を見ると、原発を「廃止」と唱える知事はゼロ。別の発電方法へ完全に切り替えるいう回答もゼロ。原発を運転しながら安全性に関する対策は強化し、一方で太陽光エネルギーなどを模索することを伝える知事はいても、常にそれは「原発と共存」が大前提なのだ。しばらくは原発に依存したとしても、方向性として「原発廃止」という、歯切れの良い回答が全くないのだ。地震のない(ほとんどない?)ドイツが「廃止」を前提としたエネルギー国策を発表する中、地震大国で原発リスクの高い日本の各首長の方が、何故か言葉を濁している。

一方、原発誘致に揺れる県もある。宮崎県串間市。地域経済衰退を憂う同市の原発推進派は、その突破口として原発建設に期待を寄せた。推進派と反対派が侃々諤々の論を展開していたが、1997年にいったん白紙撤回。だが、原発住民投票を公約にした市長が昨年に当選。4月10日に控えていた住民投票だったが、福島原発により見送りとなった。推進派には最悪のタイミング。見送りの理由は、このタイミングでは負けるからであり、単に様子見なのだろうか。

建設中の原発運転開始を2018年に目指す山口県上関町。推進派と反対派の争いは既に30年の時を経た。既に建設中の原発だが、反対運動で1年3ヶ月も中断に追い込まれたことがある。そして今回の福島原発。推進派は声高に建設を唱えることはしない。だが、既に建設中となった原発である。事態が収まるのをただ待っているだけかもしれない。原発を”手放す”覚悟に到達する保証は無い。

冒頭のニュースの女性に戻ろう。彼女にはこう伝えたい。このような未曾有の惨劇に遭っていても尚、原発廃止を唱える首長はいない。今すぐに廃止は無理であっても、せめて方向性として廃止を提言する首長もいない。これが日本の現実。原発による地域経済活性化というお題目。結果はハコものマネー依存と連鎖。福島第一原発もそうした中にあった。

原発推進派の石原慎太郎氏が東京都知事選で4選を果たした。石原氏は以前、日本原子力産業会議で「東京湾に原発を作る」と言っていたそうだ。立候補者の様子を見て自分に有利だと感じたら立候補する、という”後出しじゃんけん”の名で伝えられる石原氏。今回の選挙もそう報道された。私が知る限り東京の友達は誰一人として石原氏に投票していないのだが、結果は当選。原発推進派以外の彼の手腕が都民に認められたのか。過去のこととはいえ「東京湾原発」発言をひた隠しにして、原発事故による東電批判の演説を宣い続けたのか。だが、原発事故に抗議する立場を見せていたとしても、先の首長たち同様、いやそれ以上に本音は隠し、事態の収束が見え始めた段階で原発存続というような、”後出しじゃんけん”を見せるやもしれない。

東京湾原発建設はさすがに不可能だろう。だが、大所帯の東京や関東全体が考慮すべきは静岡県の浜岡原発。「3.11」後、地殻が数十メートルにわたって動き、その余波で今後の地震予測も塗り替えられた。元々注意が喚起されている東海沖地震。今回の地震後、東海から横浜、東京湾あたりまでは、震源の深さ30キロ未満の地震が増えると発表された。つまり、震源地が地面に近いということ。遠い場所で起きるよりも近くで起きるM8やM9レベルの大地震を想像しよう。そして地震帯の真上にあると言われる浜岡原発。電力の14%しか頼っていない浜岡原発のために爆発が起きることを想像してみよう。爆発ということになったら、間違いなく東京は壊滅状態になる。

町議、村議、市議、県議、知事、参議、衆議、我々選挙民が「議員」を選ぶ機会。そして我々選挙民が持つ「一票」。2011年は統一地方選の年。原発に対する考えに一票を投じる機会でもある。微に入り細を穿ち、立候補者の言葉を”読んで”いきたい。