親と子とはHappyHappySad

10年以上も前の、5月始め頃のこと。道路を”歩いていた”ウグイスのヒナを見つけた。捕獲して助けたつもりが、実は大失態だった。ウグイスの親は近くでヒナの巣立ちの練習を見守っているのだと獣医に聞かされ、すぐさま元の場所に返した。

鳥の巣立ち時期にちなんだような朝日新聞のシリーズ記事「巣立つ」を読んだ。児童養護施設から巣立つ子供達のストーリーだ。何らかの理由で子供を育てられない場合の受け皿として存在する養護施設。だがこうした受け皿は人間界だけの話。自然界では親が子育てを放棄すれば、それは即刻「死」を意味する。育児放棄されたヒナは天敵のエサか餓死の道しかないが、親を恨む事も無く死んで行く。

「あー、よかった人間に産まれて」、と安堵?。それは人間に産まれたからこそ、鳥との比較でそう思うだけの話。もしも鳥だったなら、何の「疑念」も無く静かに死を迎えただけかもしれない。

疑念、これは人間に産まれたからこその、”性”だろう。先の特集記事に登場した子供達がそれ。短大に進むことを決めた18歳の女の子。母親が何らかの理由で彼女を育てられず養護施設で育った。数年後、実の弟も入ってきた。

不思議だった。母親にどんな理由があったのだろう。まず考えたのは金銭的な理由だ。それならば、何故、2人目を産んだのか。産んでまた養護施設に入れた。上の女の子はどう思っただろう。自分だけでなく弟までも。彼女が描く「母親像」は「母親憎」へ。母親と祖母は施設の行事には参加し、彼女の高校の卒業式にも顔を出した。だが、祖母とは目を合わせ会話もするが、母親とは会話もないままに18歳を迎えた。

向き合ってくれない娘、心を開いてくれない娘。母親の気持ちはどんなだろう。心痛のままで迎えた高校の卒業式だっただろうか。短大の学費は奨学金ローンを借りた。本音は4年制大学だったが、金銭的に難しいと考え短大にした。高校を卒業したら施設を出なくてはいけない。アパート代や生活費を計算し、アルバイトでどう賄っていくのかをしっかりとシミュレーションした。「母親に相談する」という、ごく一般的なことを彼女は決してしない。自分で全てを決めるしっかりものだ。

彼女の中に「疑念」はあっただろう。何故一緒に暮らせないのか、という。だがそれは成長とともに無くなり、それは「不信」に切り替わったのだろう。イヤ、まだまだ疑念は持ち続けているはず。18歳の今日まで、一切目を合わせようとしない、その態度がそれを物語っている。

鳥に産まれていたなら、こうした鬱屈はなかっただろう。人間だからこそ、「親と子」が一緒に暮らさないということが心に傷を残す。聡明な彼女のことだから、いつかはこの疑念も不信もうまく消化していくのだろうが、いつか母親に向き合う日がくるのだろうか。これだけはわからない。

科学は全て「仮説」なりHappySadWinking

この30年、新生児の体重が減り続けているそうだ。

「小さく産んで大きく育てる」。ずーっと良しとされてきた妊婦教育。そのため妊婦の体重減となり、生まれた赤ちゃんも体重減となる。太り過ぎは良くない。だが、太ってもいない妊婦が体重増加を気にし、痩せ過ぎが目立つらしい。出生児の低体重は糖尿病や心筋梗塞のリスクが高いという調査結果が出ているそうだ。

産婦人科の間では、「小さく産んで大きく育てる」を誤りとする声も多いらしい。

そうか、なるほど、と言いたいところ。だが、おや、ちょっと待って。今さら前言撤回はルール違反では?調査結果があるということは、医者が言うのだから間違いはないだろうと小さく産み育てたが糖尿病になってしまった、という家族が少なからずいるわけだ。そういう人たちにしてみれば、どうしてくれるのだ、と訴えたいところだろう。訴訟の国アメリカあたりでは、そのうち裁判沙汰になるかもしれない。

今も社会の授業あたりでは習うのかどうか、DDTは「魔法の粉」と言われた。終戦直後の日本で、蚊やシラミ駆除に使われた。殺虫効果が高いにもかかわらず、人間などの高等動物には「無害」だと言われた。シャツ一枚にパンツ姿の子供達が、DDTを身体中に浴びて真っ白になりながら嬉しそうに飛び跳ねている写真を見たことがある。

ところが、生物学者レイチェル・カーソン氏の著書『沈黙の春』を機にそれが一転し、魔法の粉は「悪魔の粉」であると判明する。そしてその後、DDTは極めて危険な発癌性物質であり、自然環境にも多大な害を与える物質であると国際的に位置づけられた。

このように科学は常に仮説の世界を歩いている。これまでも色々と「覆された」ことはあったし、たぶん今後もあるだろうと思う。地動説と天動説然り。極端にいってしまえば、「水は水素と酸素の化合物」という常識もいつか否定される日がくるかもしれない。現時点ではあり得ないと思えることだとしても、数百年後の科学の水準にまで想像力を働かせるのは不可能だ。今は「最先端の科学」であっても、未来における保証をするものではない。

「常識」が覆る時、DDTの粉を浴びてニコニコと笑っていたあの少年たちの写真を思い出す。DDTの毒牙にやられてはいないだろうか、元気に生きていれば今頃80代だろうか、と。