お腹休日と英語漬けHappyLaugh


鉄の胃袋を誇っていたつもりだったが、急性胃腸炎に。食あたりが主な原因だと推測したが、友達はストレスや精神的なこともあるわよと。ふむ。あとは歳。いつまでも若くはないというより、もうトシなのだという証拠。トホホ。夫は、鉄の胃袋を返上し、アルミの胃袋ぐらいにしたらどうかとアドバイス。これってアドバイスなんでしょうかね(疑)。

処方薬は3日分。耐性の関係もあり、最後まで飲みきるようにとの看護士命令。Yes, I will.素直に。。副作用のためか、胃腸の働きが緩慢に。胃袋の膨満感も煩わしい。でも食欲はある(笑)。


膨満感が最たる日、その日はスローdayに決定。久しぶりに満喫のゆったり感。昼食後、衛星放送で映画三昧を決め込むが、どれも見たものばかりで今ひとつ。でも一つ選ぼうとチャンネルルーレット。


で、『プロヴァンスの贈りもの』に決定。監督は『ブレードランナー』のリドリー・スコット。彼にしては異色のロマコメ(変換して最初に出たのが「露真米」(笑)。異色といえば、主演のラッセル・クロウも珍しくロマンスコメディに挑戦の映画。ロマンスの相手は『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』でオスカーを受賞したマリオン・コティヤール。そういえば3人ともオスカー受賞者、なのだが、映画はフツー。でもプロヴァンスの景色と家の描写はなかなか。さすが映像の魔術師リドリー・スコット。

この映画はなんとバイリンガル放送。通常は字幕で見ている。完全バイリンガルとはとても言えない私(汗)。映画の内容によっては字幕を追いっぱなし(笑)。でもこの映画は以前に見ているし、こういうロマコメものはストーリー展開が単純明快。さして英語も難しくはないはず。とにかく日本語では演技が伝わらないし違和感がありすぎる。

特に大きな問題もなく見終えた。だが、久しぶりの英語音声映画で面白いことに気づいた。2つある。1つは、こういう手合いの映画は字幕の時も耳を傾けて英語で演技を聞いているつもりだったが、かなりの字幕カンニングに気づいたこと(笑)。字幕を頼りにすることはあっても、それはあくまでも「時々」だと思っていた。ところが少なくないカンニング事実を認めざるを得なくなった。いや、数の問題よりも質的な問題なのだが。

何故認めざるを得なくなったのか、それが気づいたことの2つめに関係する。2つめは、映画を見ている際、そうだこれが英語漬けの感覚なんだなと改めて気づかされたこと。字幕がないということは日本語が全くないということ。俳優が急に日本語セリフで喋るわけはない。頼れるのは自分の耳だけ。見た事があるとはいえ、時間がかなり経過しており、ストーリー展開も忘れているところがある。

英語だけなのだから、わからない単語や言葉は私の耳がそれを自然に通過させていた。通過させ、すぐに次のセリフを耳が追っていた。この繰り返しにより、ストーリーに大切な部分をあまり逃さずに済んだ気がした。セリフまわしの妙、セリフのタイミングと目線や表情、これらは映画鑑賞に必要不可欠な要素。わからない言葉を字幕で追ったほんの1秒の間に、この不可欠な要素をたくさん逃していたのだ。「あれ、こんなタイミングでこんなことを話していたんだ。前見た時もそうだったかな」とか、「この間合い、なかなか絶妙だけど、こんな場面あったかしらね」など。字幕から俳優の演技に目線を戻すまでの間は、面白いシーンを見逃すには十分な時間といえる。つまり、かなりカンニングに時間を取られていたということになる。今後の字幕映画の見方を改める気持ちになった。


「英語漬け」での映画鑑賞は外国語のイマージョン教育を思い起こさせる。「英語漬け」はイマージョンそのもの。環境を全て英語にすること、英語に浸りきった生活をおくること、こうして英語を修得させるプログラムだ。

考えてみると、日本在住の外国人の方々は「日本語漬け」、「日本語イマージョン教育」の可能性のど真ん中にいることになる。しかし、ふと私の周囲を見回すと、せっかくのその可能性、チャンスを使い切っていない人が半分以上。私が知る彼ら彼女らは100%英語圏。反面、この20年位の間で、日本語を話す英語圏の人がかなり増えたようにも思う。

日本に居るという、千載一遇のこのチャンスを何故活かさないのか? 答えは「興味」の問題。日本を嫌っているわけではないし、日本人の友達がいないわけでもない。というより、日本が大好き、ビジネス滞在でビザも更新予定、配偶者や恋人は日本人、というケースが多いぐらい。でも、恋人や配偶者は英語を話し、日本人の友達も英語で話しかける。ビジネスも英語で済んでいる。日本は好きだけど別に日本語は必要なし、なーんていうことなのか。


英語圏の人に厳しいという噂のフランス人。英語で話しかけてくる米英人にフランス語で返すのはパリでは常識だとか(東洋人だからか、私はそんな目には遭いませんでしたが)。日本でも同様のことをすれば変わるのか。いや、片言でも英語を喋る日本人は妙に英語を使いたがる、という事実もあるらしい。私もついつい英語で返してしまう(汗)。日本ではパリのようには行きますまい。やはり、こういう「厚遇」の下では、そのハードル?を超えて「興味」の世界には行きづらいのかも。

そういえば昔、W君という同僚がいた。当時アメリカ人の彼は在日歴12年。日本語は話せない。タクシーでも飲み屋でも「・・おねぐぁいします」で。日本人女性と結婚しコンドーも購入。新居のコンドーに引っ越したことを契機に日本語教室へ。彼がある日私に告白したのは、教室の仲間に自分は在日歴3ヶ月だと嘘をついた事(思わせたこと)。仲間は皆3ヶ月から半年だったそうだ。12年も住んでいて日本語ができない。あまりにも恥ずかしくて言えなかったのだと。新居に引っ越してから3ヶ月、これ幸いと?、この符合を利用し、「うん、えっと、ここに来てから3ヶ月」と濁したのだと。

彼が住んでいた頃は英語圏の人にとっては黄金時代とも。広告の世界でも英語圏のコピーライターに通訳のアシスタントが付いた。日本語は必要なし。コピーの才能を除けば、英語さえ話せればいい。しかしあれから時代は変わった。経済不況下の日本。日本語がわからないからといってアシスタントを付ける余裕はない。そのために失業した英語圏の人も個人的に知っている。

都合15年位日本に住んでいたという記憶だが、彼も「厚遇」を超えて「興味」に至るタイプではなかったのだろう。彼は10年以上も前に日本を離れ、今は家族全員でアメリカに住んでいる。彼にとってはその方が良かったと、心から思う。


さてと、スローdayも終わり。仕事、頑張らなくちゃ。

おしどり夫婦WinkingLaughHappy


私たち夫婦は「財団法人日本野鳥の会」会員。灌漑用水用の溜池堰とはいえ、湖畔は湖畔。そこに家を構えてはや6年が経過。ほぼ毎日、何らかの水鳥が行き交い、私たちの目を楽しませてくれています。

これをきっかけに入会したと締めくくれば、”野鳥をこよなく愛する中年夫婦”という冠付きのなかなか美しい話に終始するのですが、まぁ、そんな奇麗ごとだけではありません。

10月の声とともに現れるのがオシドリ。オシドリを多く見かけることイコールそろそろ狩猟期間に入るサイン。11月15日から2月15日までがそれ。ちなみにオシドリは狩猟対象外。対象の鳥は29種。代表的なのがマガモやカルガモ。思いっきり肉食獣の私ですが(笑)、スーパーでどんなお肉でも購入できるこの時代に、何も狩猟してまで、という気持ち。これが入会への気持ちを後押ししたことは間違いありません。

入会したことで狩猟禁止区域になるわけではないのですが、私たちの「意思表示」のためというのが2つ目の理由。例えば、ハンターさんたちの「たくさん獲れたら一羽置いてってやるよ」という暖かく優しい言葉に対し「野鳥の会の会員なんですよぉ」の応答が示す間接的な意思表示効果、或いは仮に「日本野鳥の会会員」なる看板でもかけての意思表示。てな具合の意思表示です。ご理解いただけましたよね。

日本の狩猟ルールはかなりアバウト。詳細は省きますが我が家の堰も狩猟区域。民家が目前にあっても、です。引っ越してきた年の11月15日は、警察と狩猟会(猟銃会?)の双方が訪れ、ハンターたちは警察からのお達しを受けてました。初年度だったことで私はかなり緊張しました。う、うちの子たちが間違って撃たれたら、ど、ど、どっしよぅ、みたいな。

しかしふたを開けてみればそんなに心配しなくとも、という気持ちに。ハンターたちは感じの良い人ばかり。世間話に花が咲き、という具合。猟銃を持った感じの悪い人には会いたくないですが(笑)。家が近くにあるからということで来なくなったハンターたちもいます。今ももちろん家が接近しているところは狩猟禁止区域に指定してもらいたい気持ちは大有りですが、目くじらを立てるよりも、ルールを尊重し、良識を信じ、協調性を持って接していきたいと思っています。

あ、ホントは今日のブログは、サクサクっと野鳥の会会員であることを説明し、基本的には美しいオシドリさんの写真だけに止めるつもりだったのに、結局なんだかんだと色々書いてしまいました。なんだかんだブログなのですから、結果オーライということに 汗。

では、本来の目的である写真を。

写真はオシドリのメス。艶やかなオス、地味なメス。これはどの鳥にも言えること。オシドリは特にその差が激しいと言われますが、メスもなんとも美しく可愛い。


上の枝にメス、下にオスがとまっています。おしどり夫婦とはよく言ったものです。噂では「オシドリの夫婦」は決して「オシドリ夫婦」とは言えないという説もあるそうですが、私は信じないことに決定(誓)。


泳ぐ姿もまた美しいですねぇ。惚れ惚れします。

あっち向いてほいLaughHappyWinking

わたし:ねえ、ちょっと待って。
カマキリ:
何よ。私に用でもあるの。
わたし:あっち向いてホイ、やらない?


カマキリ:しょうがないわねぇ、1回だけよ。ほーら、じゃんけんぽん。
わたし:あっち向いてホイ。


カマキリ:あー、負けちゃった。


くだらないストーリーですみません 汗。

先日、ドアを開けてデッキに出た途端、私の頭の上に落下物が。葉っぱか何かだろうと思いながら手で払いのけたら、それがなんとカマキリ。昆虫の中でも、かなり好きな方に入るカマキリ。近づいてマクロ撮影に挑戦。ピント合わせが難しい。どうにか合格かな、と思われる3点を、あの懐かしい「あっち向いてホイ」にのせて(笑)。
もうこのゲーム、廃れてしまった感がありますがどうなんでしょうか。

半年の愛に感謝EmbarrassedHappy

2007年4月初旬、人間(元飼い主)に捨てられ、うちの森に迷い込み、その後我が家で過ごす事になるも、半年でこの世を去ったコゴミ。2007年10月13日午前9時頃、コゴミは永遠の眠りにつく。

捨てられた犬によくあるフィラリア症はコゴミも同様。治療を進め、その状況を見ながら里親探しに取りかかる方針決定。毛はボロボロ落ち、あばら骨が痛々しいぐらいぐらいだったが、少しずつ回復基調に。しかし、フィラリア症による腹水が溜まりお腹がパンパンに膨れ上がる。腹水抜き推奨、栄養でもある腹水保存推奨、獣医の意見も2つに分かれる。1度は前者を、その後は後者をとる。

経過を見るにつれ、この子は里親探しなど到底できない犬であるという、火を見るよりも明らかな結論に至る。体力がなく、うちの犬たちと一緒にフルコースの散歩などはもってのほか。こういう状況の犬を引き受けてくれる里親など雲を掴むような話だ。そしてコゴミはうちの家族の仲間入り。

以下の写真は友達に送ったもの。まだ「里親探しを予定」している頃で、敷地内にはいるものの、なかなか確保に至らず、そのすったもんだを経て確保するまでの状況。どんな犬なのか知りたがる友達にそれを説明しようと作成。


コゴミはとても個性のある可愛い子でした。食事の際の絞り出すようなハスキーボイスはかなり奇怪な声でしたが、夫も私もそれを聞くのが楽しみに。近寄ると糸のように目を細め、笑う犬になるコゴミも愛おしい。家の中で過ごす訓練の初夜、通路にウンチ。その想像を絶する凄い臭いが身体に付いているような錯覚に陥り、驚いて飛び起きた深夜。どれも本当に楽しい思い出です。

下の写真は、うちの3匹とも少しずつ仲良くなり、デッキや家の中でも過ごせるようになり始めた頃のもの。
コゴミ、半年間、たくさんたくさん愛をもらったわよ、ありがとう。いつまでも決してあなたのことを忘れないからね。
コゴミの墓には、名の由来となった山菜のコゴミを植えました。

階段メディアWinkingGasp


東京赤坂の「AkasakaSacas」。そこに「Media Stairs」、つまり階段メディアが。過去には、階段に映し出す映像作品を募集し、賞を授与する企画もあった様子。

メディアなのですから、当然「広告収入」を考えていますよね。でも先日私が見た時は、まだそれらしい映像はなく、ひたすら「AkasakaSacas」を宣伝。広告媒体としての価値を高めるにはもうちょっと知名度を上げて人気スポットに仕上げる必要があるのかどうか。それとも。。。。。。

それにしてもメディアは広がりを見せてます。思い出すのは近未来を描いた映画で20年ほど前の制作。そこでは電車内の側面に動画のCMが。当時はまだ山手線の広告は紙媒体のみだったと記憶。なので、映画を見た当時は「おぉーつ」という感じ。今や当然すぎて、目を見張るテクノロジーとは全く言えない。隔世の感ありです。

今や空中映像も当たり前の世の中に。駅や建物の印刷看板が動画になり、空中映像テクノロジーを駆使した広告メディアがあちこちに登場するのは時間の問題なのでしょうか。でも、景気がいまいちだと、削られるのも広告費ですから、ふーむ。

「フェア」な「トレード」行使のコーヒー購入運動GaspHappy


「フェアトレード」商品のコーヒーを購入した。フェアトレードを日本語に直せば公正貿易。貿易の南北格差が指摘されている。有利なのは大手企業(流通その他)であり、開発途上国の小規模生産者や農園労働者は不利な立場に立たされ、正当な価格や賃金を得ているとはいえない。その是正をはかるべく登場したのがフェアトレード。

フェアトレード運動は60年ほど前にスタートし、今では世界各地で組織化され、日本にも「
特定非営利活動法人フェアトレード・ラベル・ジャパン」が設立されている。上記のマークがフェアトレード取引商品の証。コーヒー、紅茶、バナナ、チョコレート、切り花、サッカーボールなどにこのマークが増えているらしい。

同法人のサイトからフェアトレードの認証が与えられているコーヒーを探した。イオン、スタバ、タリーズなど、大手有名どころも名を連ねていた。これまで、安くて美味しいという理由で20年以上買い続けてきた通販の「ブルックス」。フェアトレード認証のコーヒーは、安いものでもブルックスの2倍。う〜〜〜む、家計に響く。でも、まずはフェアトレードを應援。


そして最初に選んだのは「エクセレントコーヒ」。コーヒーは4種類。グアテマラ、エチオピア、ニカラグア。フェアトレード対象商品ではないコロンビアも試しに購入。コロンビアはブルックスでずっと購入してきた豆なので比較を。

エチオピアを飲んでみたが、いまいち。グァテマラとニカラグアはまぁまぁ。

フェアトレードも順風満帆とはいえないようだ。値段、納期、品質など、様々な問題点を指摘されている。しかし、フェアなトレードを確立させるためには、その対象商品を購入し應援する必要がある。微力ながらしばらく続けてみようと思う。我が家のフェアトレードサポートは始まったばかり。

さーて、エクセレントコーヒーの後はどこにしましょうかね。

若いお嬢さん!Happy


隣の一宮町にある魚屋「魚廣」。国道沿いの右が店舗だとすると左は倉庫か何か。このお爺ちゃんが国道を何度も横断しているのを見かける。歩く姿は決して50代とは言わないけれど、とても元気な80代(確か86歳と聞いた気が)。

この日はカツオを注文。「奥さんみたいな若いお嬢さんと会えるからいつも元気なんだよ」と。ヤッタ!ん十年ぶりに聞く「若いお嬢さん」(笑)。若いお嬢さんになってしまったからには、こちらも「お父さんこそ元気ですよね」と。お爺ちゃんはもうゴミ箱行きに。

手際良くカツオを3枚に下ろすお父さん。2人暮らしの我が家。スーパーの方が分量的にも買いやすいのだけれど、来客予定など、半身を購入できそうな状況があれば、なるべく商店街を應援したいと思います。


こんな大きなサイズの真鯛。「養殖ですか」と尋ね、「うちは天然もんしか置かねぇよ」と。バカな質問をした私 汗。

13cm × 15cm 枠の庶民の味方Happy

朝日新聞朝刊2面の「ひと」欄。毎日楽しみにしている記事。タイトルのサイズは紙面上の大きさ。

記事には顔写真が載る。直木賞等の文学、プロ野球、音楽芸術などなど、多方面で活躍する人を選び掲載する。載る人たちは有名人とは限らない。人への無償奉仕など、草の根的活動をしている無名の人たちにも焦点を当てている。この欄が好きな理由はここにある。勇気と元気、やる気、をいただく。ポジティブな気持ちになり、心が清々しくなるからだ。

昨日の「ひと」にも心を打たれた。視覚障害者のために、絵を点字にするパソコンソフトを開発した藤野稔寛(ふじのとしひろ)さんがその人。盲学校に就任した同氏は、超がつくほどのアナログ派だったそうだ。数学の授業で図形入りの問題用紙を作れないもどかしさが彼を変えた。全国の点訳ボランティアからは「かゆいところに手が届く」と、感謝のメールが多く寄せられ、全盲の母親からは「子供がどんな絵を見ているのか初めてわかりました。子供に絵本を読んであげることが楽しくなりました」というメールが。9月には、第17回ヘレンケラー・サリバン賞を受賞。相応しい賞です。

1年365日。365人の「ひと」を探し続けることは楽な作業ではない。業界紙勤務の経験からもわかる。わかるけれど、時々、え、なんでこの人がと感じる事も。数日前の「ひと」。申し訳ないが木村万子(きむらまさこ)さんもその一人。

タイトルは『「ことのは語り」は母親の子育てを応援する』。写真を見た感じで、女性起業家か何かかと推測したが、記事を読みキムタクの母親だとわかる。まずはパンピー(一般ピープルの略)好奇心で、「へえー、奇麗な人なのね、キムタクのママって」と。いいお母さんを演じようと頑張り過ぎてしまい、睡眠薬や安定剤が手放せなくなった時期があり、16年間もがき苦しみ、良妻賢母をやめる決意ができたのは52歳の時。現在59歳。12年前に脱サラした夫と開いたイタめし屋はもうすぐ閉店だとか。勝手に計算すると、36歳から52歳までが苦悩の日々。活躍するキムタクの10代半ばから30歳までに相当する。苦悩の日々ながら47歳でイタめし屋をスタート。

今や月の半分は講演活動。自治体やPTAから声がかかり、食・子育てをテーマとした講演に追われる日々。芸能界の第一線で活躍し続ける子供を持つ母親の苦悩は私にはわからない。だが、推測し感情移入できるところはある。常に大衆の視線が注がれ、一タレントの母親という枠を超えた”スーパー有名人”の母親である。「あのキムタクの母親」が肩書きのように一人歩きする生活は酷なものだろう。それが30代半ばというまだ若い母親の年齢で受け止める羽目に陥ったのだから。

しかしこうした記事は是非、一般雑誌あたり、『婦人公論』などのエッセイ欄で紹介していただきたい(予定されているかもしれないけれど)。「365人のひと」はもっともっと無名で良いと思う。無名で縁の下の力持ちはまだ他にもたくさんいるのではないだろうか。

マスコミの中で存続の危うさが一番と言われる「新聞」。大衆受け狙いはテレビやインターネットにはかなわない。新聞ならではの、新聞でしかできない紙面作りを心がけて欲しいと思う。

秋の味覚、食べ方個人差WinkingHappyLaugh

秋の味覚、さんま。大好きな塩焼き。毎日でも食べたいおかずです。


食べ始めは、誰もが平等に、こんな感じからスタートですよね(^o^).。


でも、塩焼きのエンディングは人それぞれに表情が違う。
写真下はわたし。上は家族の中の誰か、です(^O^)/.。

台風一過Gasp


台風一過とはよくいったものです。今朝は見事に快晴の空。

台風18号、アジア名「メーロー(Melor)」は昨日、猛威を振るい、千葉県でも突風が起きました。台風のニュースで千葉県という名が出たため、実家から「大丈夫だった?」という安否確認電話。


特に被害はないけれど、でも、快晴の空を見上げて気持ちいいと喜んでばかりいるわけには。目線を下に向ければ、小枝やら、杉の枝で地面が埋まったかのような状態。U字溝も同様。台風の後始末が待ってます(+_+).。

この差GaspLaughHappyWinking


数年前、フランスに家を購入した友達からの便り。美味しい梨が実った様子。洋梨ではなく日本の梨です!フランスの家は、いわば別荘的住まい方。365日そこにいるわけではないのに、梨の他にも実った作物は数限り無し。(^O^)/.すごい!!

一方、365日毎日同じ家に住まう夫と私は、彼らの真逆とも。。。実のなる植物に限らず、植物全体に対する育成不得手。キヨミみかん、ウメ、色々とダメに。トホホ。苗木で植えたユズの木が10年経ってもほとんど成長せず、実もならずということも。水の問題ということもありましたが、それ以外にも何故うちはダメなの?ということが色々。再トホホ。


このリンゴの木は、食べていたリンゴの種を植えて実が出たのだそうです。通常は実をつけない(つけにくい)のだとか。マジックですね!


他にも栗、クルミなどなど。植物を慈しみ育てる、そういう気持ちを持っていないといけないのでしょうね。素晴らしいことですね。それにしても栗のロースト、美味しそう。フランス風の味がするのかしらね。

においの報告業務GaspHappyWinking


外から帰ると必ずにおいの報告業務が待っています。ただちょっと買い物に行ってきただけで、誰とも接していない時でも、犬たちはくんくん、くんくん、と。動物との接触があった日はたいへんな騒ぎ。薬をいただくために獣医に立ち寄れば、当然動物たちとの出会いがあり、接触があります。ホームセンターでも動物連れの買い物客と出くわします。「あら、可愛いですねー」と、当然のようになでなで。すすんで接触(笑)。

写真の日も接触あり。犬たちにとってはものすごい「情報量」だったのでしょうね。なかなか足もとから離れず、まるで接着剤でくっつけたかのように密着。動いても動いても足から離れようとはしませんでした。でも楽しいですよね、こういうのって。

パートという正規雇用Gasp

日本の労働者は3人に1人が非正規雇用だと言われる。私が会社員だった頃は終身雇用が当然だったが、今やそれは過去の産物。パートタイム労働者(派遣、フリーターなど全てを含む)の立場は不安定で、景気低迷に伴っていつ解雇されるかわからない。また、正規雇用者と同等の仕事をしていても収入の格差もある。雇用の不安定さは、家庭を持つ、マンションを購入するなど、社会人なら普通に求める事を遠のかせる。銀行の保証は得られず、住宅ローンは夢と化す。

パートタイム労働者。日本では暗く重々しい響きとなって伝わってくる。だが、半数近くをパート労働者で占める国があるそうだ。オランダである。女性に至ってはパートの比率は7割を超える。先進諸国との比較でも群を抜いているとのこと。パートが一般化しているオランダでは、パートも手厚く保護される。非正規と正規の間に深刻な格差はなく、ここが日本との大きな違いといえる。「パート型正規雇用」とでも命名できよう。オランダではパートもある意味においては「正規雇用」なのだ。

オランダの政策がベストかどうかはわからないが、手本にするべきところはあると思う。ただ、日本においてのパート労働者の地位を安定させるには、その根本の経済の歯車が上手く回転するように立て直す必要があると思う。健康体とはいえない企業にパートの地位向上を求めるのは難しい。健康体ではないからこそ非正規労働者を導入しているのである。企業努力、政治努力。どちらがニワトリで、どちらがタマゴなのか。だがもう一つの努力を上げたい。それはやはり個人の努力。経済再建を待っているだけでなく、自分自身の再建もしてみたらどうだろうか。自分のキャリアの棚卸し、自分の適正や特性を改めて探ってみる価値はあると思う。私の周囲にも「本来の特性」からかけ離れた仕事をしている人が少なからずいる。もっと「自分自身に近づく」ことを求めたい。

”こんかつ”&”しゅうかつ”GaspWinking

タイトルの「こんかつ」「しゅうかつ」に漢字を当てはめるクイズ。1秒もかからずにわかった方はその当事者?あるいはテレビを見て?。数秒間かかった方は非当事者とも。正解を焦らすほどの出題でもなし。それぞれの回答は「婚活」「就活」。

両者とも、若き日の私の時代にはなかった言葉。「就活」という概念はもちろんあったが、今日のようなシビアさはない。新卒大学生の4月入社が一般的だった昔と違い、企業は通年採用に切り替えた。就職浪人、内定取消、フリーター、ニートなど、職に就きたいのに正規雇用への道はどんどん細くなっていく今日。

もう一方の「婚活」。全体は掴めていないけれど、イメージとしては、世話好き親戚を通じてせっせとお見合いをこなす、合コンに奔走、友人知人からの紹介、大手結婚相談業者に入会金を支払って登録、などだろうか。

でも、私の周囲にいる「結婚したい願望」の友人知人は、上記のいずれにも当てはまらない。彼ら(彼女ら)は「自然な出会い」を求めている。一説によると、社内結婚では男性の総合職と女性の一般職というカップルが主流だった男女雇用機会均等法前。ところが均等法後はこの図式が崩れたのだとか。一理ある気がする。

私の周囲の結婚願望人の中の女性たちはパートナー志向。パートナー志向が強い反面、古風さをも持ち合わせる女性たちである。敢えて差別的古い言葉を使うなら、男なみにバリバリ仕事をし、男なみに豪遊し、男なみに部下や友人知人に頼られる存在、なのだが、結婚したら料理やら何やらで夫に尽くしたいと考えている。結婚後は築いたキャリアなどゴミ同然に捨てられると明言する女性、夫のために仕事は縮小と考える女性もいる。均等法後、女性の表面的要素は男性と同じになったが、心に描く結婚像は旧来の形を維持している。

では、男性側の結婚願望人はどうか。男性と同等になった女性の表面的要素に怖れをなし、近付き難い、デートに誘う勇気がない、という人は多いように感じられる。また男性は結婚相手の女性に対し自分よりも「低い」ことを望んでいるように思う。収入や社会的地位、背丈も(笑)。「パートナー」である前に「奥さん」であって欲しい。奥さんとは文字通り「奥にいる人」で、料理や家事など奥の仕事に徹して欲しい、人前では夫を立てて欲しい、などなど。均等法成立後20年以上も経ている現在であってもだ。ぶっちゃけ、今も男性は「強い女性」が苦手なのだろう。精神的に強い女性はオーケーかもしれないが、求める女性は極端に古風でなくともやはり、控えめ、がいいのだろうという推測に至る。

内面の古風さを持つ私の周囲の女性たち。それに男性が気付けば、私の周囲の男女たちで1組2組ぐらいゴールインがありそうなんですが、こればかりはご縁の問題、ですよね(^_~).。