牛乳で自家製カッテージチーズWinking

ブログを始めてから、台所もデジカメ起き位置の定番に。料理というほどではなくても、ブログをご覧の皆さんにお伝えしたいもの、母親の知恵的な料理など、掲載するしないは別として取りあえず撮っておこうという気持ちが働き、カシャカシャ。

というプロローグを受け、今回お送りするのは自家製カッテージチーズ。
レシピは「今さら」という感ありですよね。でもネット検索すると意外にまとまりがない。あるけど、ない(笑)。Aさんの「ここ」とBさんの「あれ」とCさんの「それ」を合わせた簡単な方法はないの?、というような。

ということで、迷いながら行き着いた私の作り方を紹介します。
[材料]:牛乳 1,800cc 塩 小さじ1杯 レモン汁 1個分
[用意するもの]:ざる 布巾

(A):牛乳と塩を鍋に入れ、鍋底の牛乳を焦がさないように注意しながら中火であたためます。写真のように周囲が泡立ったら弱火にしてレモン汁を入れ、沸騰させないようにしながらゆっくりと攪拌します。


(B):攪拌を続けると、写真のように牛乳が固まってきます。写真のように、水分の色は乳白色からちょっと透明な色になったら火から下ろします。


(C):ざるの上に布巾等を敷き、(B)を流し込んで濾します。濾し終わったら器に移し替えて冷蔵庫へ。

*我が家は配達の瓶牛乳(600cc)ですので1,800ccなのですが、レモン1個で牛乳2,000ccぐらいは固められると思います(牛乳パック2本分)。

朝食にリンゴとカッテージチーズのコンビ、美味しいですよ。市販のものよりも塩分控えめ、ふんわり感も断然勝ち! さらに高タンパク低カロリー。ヘルシーです(^^).。
*ちなみに、(B)の攪拌をもっと長く続けてかなり固めに仕上げ、布巾に包み込んでぎゅっと搾るようにして水分を出し、布巾に軽い重しをして半日ほどおくと、インド料理のパニールのような感じに仕上がります。コンロからちょっと目を離した隙に固くなってしまったら、パニールを使ったカレーに、ね。

戦争の本質は冒頭15分でGasp

HappyWinkingLaughブログのカテゴリに「映画」を登場させました。映画館にもほとんど行かず、DVDをレンタルするでもなく、もっぱら衛星放送の映画専門チャンネルを見るだけなので、無類の映画好きというほどではありませんが、それなりの愛好家であることは間違いありません。勝手気ままにピックアップした映画を紹介して行きたいと考えています。
*写真について:写真を掲載している個人サイトを多く見かけますし、映画の宣伝に寄与するのですから本当は私も載せたいところですが、著作権が何やら複雑に入り組んでいるのが映画らしく、上手い解決策を見つけるまでは映画サイトのリンクでやっていこうと思います(^^).。


記念すべき初登場は何故か戦争映画2本。ともに第二次世界大戦を描いた作品。
「スターリングラード」(監督:ジャン=ジャック・アノー)。戦争の舞台はソ連。

「プライベート・ライアン」(監督:スティーブン・スピルバーグ)。戦争の舞台はフランス。

戦争映画の銃撃シーンや爆撃シーンは当然のお約束。でも死にゆく兵士たちの「死に方(殺され方)」のパターンは様々。どのパターンを描くかによって、戦争の見せ方が違ってくる。制作側の意図によってそれは異なる。

戦争ものといっても映画である以上は娯楽。特にJournalistic な意見を述べるつもりもないけれど、戦争は悪であると考える一人としては、その悪の本質や実態が巧く表現されているかどうかが、戦争映画の善し悪しを計る目安になると考えている。

「悲惨な無駄死に」。これが私の計り方の一つ。両映画は共に、それを冒頭の15分程度で表していた。戦争は所詮国と国の争い。トップが命令し、下々の国民から死にゆく。国という怪物に翻弄される庶民、これが戦争の本質ではないのだろうか。

スターリングラード:劣勢が続く戦地に膨大な兵力を注ぎ込む。軍の司令部から見れば、兵士は家畜同然。それを象徴するかのように彼らは貨車に詰め込まれて到着。主人公ヴァシリ(ジュード・ロウ)が学のない羊飼いという設定もそれを印象づける。貨車が開いて外に放り出された途端、いきなり空からドイツ軍機の掃射を浴びる。打たれ倒れてバタバタと死にゆく兵士たち。残った兵士が渡船で戦地に向かう途中も空からの掃射。またバタバタと。兵力を失いつつ戦地に到着するが、まったなしで敵地に走らされる。銃は2人に1人だけ。1人が殺されたら銃を持って走る。逃げ戻ろうとすれば今度は、「Coward! (臆病者)」と罵られ味方に撃たれる。

この映画のもう一つの見所は、ヴァシリ(ジュード・ロウ)とターニャ(レイチェル・ワイズ)のラブシーン。長引く戦況の中、疲れ果てた兵士たちがイモのように並んで雑魚寝する所。仮眠を取るヴァシリの横にターニャが身を潜り込ませる。人間一人分幅でのメイクラブ。周囲を気にしつつのラブシーン。ターニャの大きな目、声を立てそうになるターニャの口を手で塞ぎながらのラブメイキング。「あれ、あり得ない」「でもどうやって?」「ちゃんと、ホントに、できてる?」などなど、友達の間では可能不可能をも含めた意見・異論が飛び交いました(笑)。百聞は一見に如かず。見ていない方は、是非ご覧下さい。

プライベート・ライアン:ドーバー海峡を渡り、オマハビーチ上陸をはかるアメリカ軍の兵士たち。上陸の途端、ドイツ軍の凄まじいまでの銃撃を浴びる。バッタバッタと倒れゆく兵士たち。傷を負った兵士を助けようと腕を掴むが、爆撃で下半身がない。叫びながら千切れた腕を探す兵士もいる。ビーチはどこまでも血の海。見事なまでに広がる赤い海が、夥しい死者数を感じさせる。近くで炸裂した爆音により耳を一時的にやられ、こもった音の中でうつろな表情をした主人公ミラー大尉(トム・ハンクス)がアップになるシーンもリアリティがあった。

この映画のラストシーンは、何度見ても違和感を感じる。戦地で救い出された「ライアン」が年老いた現在。救ってくれたミラー大尉の墓前に、妻、子供や孫?など大勢で向かう。墓に向かって歩くシーンに時間を割きすぎているように感じる。そして、墓前での涙、妻に語りかけるウェットな口調は何かわざとらしさ、取って付けたような感を拭えない。確かに「ライアン」の今はミラー大尉らの犠牲の上に成立している。毎年、隔年、3年ごと?、墓参りの頻度はわからないが、あれから50年以上の年月が流れている。「涙」を使った演出よりも、重々しさがありながらもさらっと手短に墓前のシーンを描いた方が、却ってミラー大尉に対する「ライアン」の感謝の気持ち、墓前に向かってミラーと語らうことが常となっている「ライアン」、を表現できたのではないか。観客を「上手く、長く」涙に誘うやり方はハリウッドの王道?

農業後継者難Sad


犬の散歩道の途中にある梨園。昨年まで、80代と思われる夫婦が営んでいた。リヤカーに梨を乗せての収穫の帰り道と犬の散歩時間が重なることもしばしば。金婚式など遥か昔と見受けられる老夫婦。柔和な笑顔で、リヤカー座席から丹精込めて栽培した梨のお裾分けをいただく。夫婦も犬を飼っている。しばし犬の話になる事も。

梨の季節はそんなひとときを楽しみにしていたが、今年からは叶わぬ夢となった。梨園が無惨な姿に。廃業か。お子さんは跡を継がなかったのだろうか? 親戚は? 梨園として第三者に譲渡はできなかったのか? 様々な疑問が浮かぶ。

あの優しい笑顔、大先輩に対し失礼ながらとても可愛らしい老夫婦の二人三脚、あのリヤカーを見ることはないのかと思うと寂しい。年をとったらあんなふうな「じいちゃん、ばあちゃん」になりたいねと、夫とよく話をした。だのに突然。なんだか寂し過ぎる。

果樹園放置は害獣とされるタヌキなどをいたずらに招いてしまう結果となり、近隣の梨園に迷惑がかかるということなのかどうか、のれんを下ろした途端、情け容赦のない造成作業。長年育て上げて立派に太った幹を持つ梨の木が根元から切り刻まれ、この写真の数日後には根も全て抜かれていた。

後継者難は農業全体に言えること。稲作農家も同様。農業従事者の高齢化、農業従事者の大半が兼業農家であり、専業農家は少ない。兼業農家は企業に雇用される「会社員」の顔を持つ。農業を中心とする第一次産業が経済の主要部門であった昭和20年代。その頃産まれた団塊の世代のほとんどが会社員に。今では会社員2世、3世も。親の代は専業農家だと答える人はほとんどいないだろう。

余談だが、「親の背中を見て育つ」という言い習わしはもう通じないように思える。農業や地域を担う商店街自営など、これらが盛んな時代にこそ当てはまる言葉ではないだろうか。家で親の手伝いをしながら、働く親の背中を見、そこから何か生き方のヒントを得ていた。将来は家業を継いで「百姓」に、「海苔屋」に、「金物屋」に、「酒屋」に、という声は激減している。「親」の大半は会社員である今日、働く背中を見せることはない。家にいる時はオフタイムであり、本来的意味の「背中」ではない。仕事で忙しい会社員の親は、週末の「家族サービス」に努める。

以前、「会社のお父さん訪問」という企画をニュースで見たことがある。てきぱきと仕事をこなす父親の姿。インタビューに応じた小学生の子供が、「お父さん、かっこいい」と照れながら答えていた。家で遊んでくれる父親しか知らない子供達に親の背中を見せようという企画だったのだろう。会社員の親は、背中の代わりに「教育」を子供に与える。将来どんな職業に就くにしても、まずは「大学だけは行っておけ」というような。子育て経験のない私には言えた義理ではないが、社会学リサーチからもこの事実は指摘されている。

私が住む近隣も小作農、家族経営という日本の農業の典型。稲刈りの中心世代は50代から70代位まで。子供たちは成人して都会で会社員。その子らが水田を耕してくれる保証はない。ここでもたくさん「背中」が消えて行く。

恋する女は "曼珠沙華"WinkingHappy


秋分の日の今日はお彼岸中日。彼岸の入りを知っているかのように咲く彼岸花。正式には曼珠沙華。

通常、彼岸花は仏事を思い起こさせるのでしょう。私には赤い彼岸花こと曼珠沙華は「恋する女」。同世代の方ならわかる、山口百恵の楽曲「曼珠沙華」。作詞作曲は阿木燿子と宇崎竜童。当時のゴールデンコンビ(死語か?)

「恋する女は〜、曼珠沙華(まんじゅしゃか)・・・中略・・・白い花さえ真紅にそめる」。かなわぬ恋、待ち人来らず、という暗く陰鬱な歌。待ち続ける女の執念を淡々と謳いあげる。

私と同学年の山口百恵。調べたら1979年発売。20歳か21歳の私たち。私よりも数段にませていたか、或いはその若さで既に辛酸舐める経験をし、世間の冷たい風を痛いほどに感じていたのか、薄目を開けた眼差しでマイクを持つ彼女の表情は、重々しいあの歌詞を詩いこなしている、そんなふうに私には映った。

「涙にならない悲しみがある事を知ったのは、ついこの頃」。経験はともかく、文字的理解と想像はついた。
「形にならない幸福が何故かしら重いのも、そうこの頃」、これは文字的理解を超えた。若く未熟ゆえ、それを心が上手く料理できなかった私だったのだと。山口百恵はできていたのか? でも、赤い曼珠沙華は彼女に譲ろう。

我が家の曼珠沙華・彼岸花は白。薄い黄色、レモン色。この彼岸花の存在を知ったのはいすみ市に来てから。知り合いの農家の方が譲ってくれたものを庭に植えた。真っ赤な彼岸花を見ながらの散歩。そしてリビングから白い彼岸花。どちらも美しい。

ギネスブレッドWinkingHappyLaugh


手前味噌ですが、自家製「ギネスブレッド」はとても美味しいとの好評を頂戴してます。毎年ガレージセールを企画する友達からこのパンを作って出して欲しいとの要望があり、一度出したところ「完売」。次のセールは我が家に電話で予約が。電話予約の時点で既に「完売」。セールに持って行くパンがない(笑)。セールには身の回りのもの、雑貨類を出すことに。

このパンの秘密は、ギネスビール、ライ麦、キャラウェイシード、エキストラヴァージンオリーブオイル。この4つは欠かせません。まるでこのパンのために存在しているかのよう(ちと大袈裟?)。

ギネスの名の通り、水の代わりにギネスビールを使用。他の黒ビールもオーケーですが、芳醇さでギネスビールには勝てません。ギネスビールを使わず、水もオススメのひとつ。軽めをお好みの方は水で。それでもライ麦を使うため、ずっしり感があります。

この組み合わせの妙を作ったのは夫。つまりレシピは夫が考案。今では考案者よりも私の方が作る側に。長く作っているから私の方が上手くなったような(笑)。「青は藍より出(い)でて藍より青し」。

焼きたてのギネスブレッドはそれだけでも美味しい。この日はゴルゴンゾーラとブリーチーズ。フェタチーズとブラックオリーブを入れたグリーンサラダを添えてシンプルに。でも、このギネスブレッド、相性がいいのは実はバターなんです。作ってみたい方。
レシピはここからどうぞ。

動物嫌いSadSadSad


パソコンが苦手な母親。写真を抜粋しプリント。アルバムにして郵送。写真のヘビ「ヒバカリ」もその一枚。地元の人は「土もぐり」と。ところが母の反応は、「気持ち悪いんだけど」。受話器を持ったまま唖然とした私。この小さな可愛いヘビに感動してくれるだろうという推測と期待は粉々に。

家の周囲にいたヘビを気味悪そうに見ていた小学校低学年の私に母は、「ヘビは家を守ってくれるもの。気持ち悪がってはいけません」と説教。実はそれ以来、私はヘビを好きに。幼い頃のその鮮明に記憶しているストーリーを、嫌悪感を示す母に伝え損ねてしまった。「お母さん、覚えてる。昔ね、、、、」と言えばよかったのだけど、タイミングを逸してしまった。「物事」や「動物」に対し、人の「好き嫌い」は変わる。何故か変わる。母も変わったのかもしれない。幼少期のそのストーリーは、子供への教育の一環として、動物を毛嫌いしない子に育てようという親心であり、母は当時からヘビが嫌いだったのかもしれない。

言えなかった理由は他にもある。年齢とともに起こる物忘れ。母も同様。「忘れたの?」は、今の母には「また忘れたの?」になる気がする。本人も自覚する健忘。年齢を経ることの道連れみたいなもの。誰にでも起きること。でも、言われた本人は忘れてしまったことに対する申し訳なさで消え入りそうに小さくなる。耳も少し遠くなっているようにも感じる。電話だときちんと真意が伝わらない気がして、いろんな意味で電話では、と、あれこれ思っているうちにタイミングを逸したとも。面と向かっていたら、「お母さん、覚えてる?」も上手く伝わったかな。

ヘビには神々しさ、威厳がある。今もヘビを見ると、家を守ってくれているのだという思いが先に立ち、感謝の気持ちがわいてくる。


先の、「好き嫌いは何故か変わる」で思い出す私のケース。それはカエル。実はカエル嫌いも幼少期のイヤな経験が原因。それを引きずったままこの町へ。引っ越してきた頃はギャーギャー叫んだことがある。今思うと恥ずかしい。今では写真のようなツチガエルにも平気で近寄れるようになった。愛嬌のある顔をしている。さすがにヘビやカエルに頬ずりしたいとは思わないけれど(笑)。


動物の好き嫌いは人それぞれ。中には犬猫嫌いの人も。犬に追いかけられた幼少期の恐怖の思い出、犬に噛まれた昔の記憶、猫に引っ掻かれた記憶、猫のあの目が嫌い、などなどなど。

我が家では無駄吠えは叱るけど、最初の吠えはオーケーに。本能でもあるし、また吠えて来客を知らせてくれることはありがたい。我が家の来客の反応も様々。吠えながら玄関で出迎えるウメ。その声に驚き畏縮したり、後ずさりしたり、という人。初対面にもかかわらず、吠えなどものともせず「おー、元気な犬ねぇ」と満面笑顔でウメに近寄る人。我が家の犬に触れたことがきっかけで、犬を好きになり始めた人も。

動物愛護の観点から言えば、理想はどんな生き物も好きでいること、でしょう。でも、せめて、せめて、人類と共生・共存してきた歴史の長い犬猫を嫌うのはやめにしていただきたいものです。毛のアレルギーなど身体的な理由は別として。

昔、とても仲良くしていた友達がいて、犬猫がいる限り来ない、来られない、と。もう連絡も途絶え、たぶん訪ねてくることは一生涯ない、か。すごく残念な気持ちながら、私ももう「いいわ」と決別しつつ。最近ようやくこんなふうに割り切れるように。17年かかりました(笑)。犬猫嫌いな友人知人は、東京に出かけた時に会うことにします。

持論。よっぽどのこと(それもいまいち想像はつきませんが)でもない限り、犬猫嫌いは克服できるはず。幼少期の恐怖の思い出は、多くはきちんと躾をしなかった飼い主の責任。もちろん時にはアクシデントもあるでしょう。でもそれがずっと一生涯犬猫を嫌う「正当な理由」になり続けるのって、ヘンではないでしょうか? しっくりきません。

犬猫嫌いな方へ。写真の我が家の犬と猫。親バカであるということを超えて、けなげで清く澄んだ目をしていると思いませんか。どの犬猫たちも皆同じ。純粋で澄んだ目をしているはずですよ。犬猫を家族の一員として育てている友人知人はいませんか? もし心当たりがあるなら、是非、そこから「克服」を始めてみてください。

シャワーの浴び方、洋の東西相違Happy


8月下旬、お風呂場の壁面を修理することに。木の部分が水分を含んで朽ち果て、左の写真のように角にはコケまで生えてしまいました。「水」の威力。

原因はシャワーの浴び方が「洋式」だったこと。夫も私も立ってシャワーを浴びます。高さ調節シャワーホルダーが付いていますので、立ってシャワーはごく自然な発想だと思うのですが。

ところが、建てた工務店としては、座ってシャワーを浴びる「和式」を前提。そのため、木が低い位置から始まっていると。座ってシャワーを浴びる分には水が木にそれほどかかることはなく、こんなダメージ状態にはならないと。確かに。

でもそれなら何故言ってくれないの? 高さ調節シャワーホルダーがあるんだし。

とはいっても、あまり工務店を批難できません。我々の落ち度も事実かと。写真のような状況になる前に相談すべき、でしたよね。反省。


修理をお願いし、木の部分はかなり上まで磨き仕上げの御影石に。パチパチ。修理途中で若干の追加をお願いしたこともあって、作業期間は3週間弱。8月24日から9月12日まで。


修理期間中、お世話になったお風呂です。ビジネスホテルのユニットバスみたいですが、これは客間のお風呂。右上の写真は脱衣場。せめてもの演出にと、「ゆ」ののれんを。のれんをくぐるとユニットバス、という事実は変わりませんが(汗)。


ゲストルームはいったん外に出て階段を下りるという場所に。着替えやタオルを持って外に出、虫の声を聞きながら階段をトントン。なんだか銭湯にでも行く気分。お風呂上がりのシャボンの匂いと外の空気の匂い。星空を見上げながらまた階段をトントンと上へ。デッキにはウメが。私を待つ間の一眠り。ウメを起こし、寝室へ。ユニットバスさん、楽しい3週間をありがとう。おやすみなさい。

皮も食べる山イモLaugh


富山の実家から送られてきた山イモ。一般名は「自然薯(じねんじょ)」でしょうか。

汚い箇所のみ取り除き、皮付きのままおろし金ですりおろします。見た目は決してフォトジェニックとは言えませんが、とても美味しいんですよ。強力な粘着力で、器を逆さにしても落ちないぐらいです。

調味料はお醤油。レシピは2つ。一つは、山イモに醤油を入れてかき混ぜ、熱々ご飯に乗っけて食べる。もう一つは、すりおろした大根と混ぜて、お醤油も入れて混ぜ、これまた熱々ご飯に乗っけて食べる。大根おろしの量加減でお好みの粘度(柔らかさ)に調節できます。レシピとは言えませんね(笑)。

地上に出ているムカゴを探せばそこに必ず自然薯はあると言われます。ここ千葉でも自然薯は採れますが、実家から送られてくる山イモは、もっともっと標高の高い山中に自生しているもの。出始めらしく、まだ小ぶり、スリムな山イモでした。

働き者の夫に感謝HappyWinking


我が夫は野外派。野良仕事の「肉労」は厭うどころか、率先して行う。妻の私にはたいへんありがたいこと。


この日は竹の間引き。私とて決して傍観者にあらず。熊手で落ち葉や枯れ枝を集めて燃やす作業を。しかし、夫の野良仕事ぶりには脱帽ですし、全くかないません。でも、私ができる事をやるのみ、です。


この日の作業は敷地のてっぺん。丘の頂上。宝くじで大金獲得の際にはもう一軒家を建ててみたいと思う場所です。高い位置から眺める堰や家の景色もまた美しいのです。

爽やか日和のランチタイムHappyLaughWinking


週末、友人夫婦と芝生の庭でランチ。なんとも爽やかな”秋晴れ”。「どこで食べようか?」と、私。「食べる場所の選択肢があるなんて羨ましい」と、大都会カップル。朝はデッキで朝食。都会では味わえないからこそ、なるべく外、外、を楽しんでいただいてます。。。

ウメも外へ。

この日のランチメニューは、ビシソワーズとスモークサーモン。グリーンサラダも。友達が持参した美味しいバゲット。もちろん、飲みますよー、ということでワインも。

ほぼ完食、という時に、カナブン?が。

目指すはキュウリ。真ん中の柔らかい部分をチューチュー。食事が終わる様子なし!エンドレス!そっか、食べ続けたいのね、ということでガーデンテーブルにキュウリを置いて後片付け。

しばらくして様子を。なんと食事の仲間?というかよそ者が。キュウリに覆いかぶさり、独占を試みているようにも見えるけれど、気にしていないようにも。。。そして2匹でチューチュー。写真はないのですが、今朝確認したら、キュウリの真ん中が貫通!ドーナッツのカタチ!カナブンたちの姿はなし。あんなに夢中になって食べていてあまりにも無防備。天敵に食べられてしまったのではないかという危惧も。

人生満足曲線のススメHappyLaughEmbarrassedWinking


私は厚生労働省が認定し、㈳産業カウンセラー協会が発行する「産業カウンセラー」の資格を持っています。

人のメンタルに関わる資格故、取って終わりとは決してならず、常なる学びが当然のように求められ、そこに資格更新制度なるものが存在します。協会が用意するポイント制の様々な講座を受講し、一定のポイント数獲得により資格更新が認められるのです。
逆を言えば、一定のポイント数に達しないと資格剥奪となってしまいます。ひえぇー 汗。

上図の「満足曲線」は最近受講した講座でのもの。人生を振り返り、満足度合いを線で描く満足曲線。図をクリックし、プリントアウトしたものにご自分の「満足曲線」を描いてみてください。講座受講者の年齢で作成されたためか、70代後半から80代がありませんので、該当年齢の方は紙を付け足してください。


描き方の説明は不要でしょうが、一応簡単に。縦線の上部ほど満足度は高く、下へ行けば行くほど低くなります。42歳の花子さんという架空の人物をでっち上げ、見本を作りました。

花子さんの満足度が高い年代は20代から30代前半まで。30代後半の何か大きな人生の転機により満足度ががぐっと低く落ち込み、1〜2年横ばいの後にまた少々落ちて40代に突入。42年の人生の中でいうと、最も低い満足が40歳から現在の42歳まで続いている様子。

満足曲線の目的は、自らの「人生のふり返り」をし、「今、ここ」の自分の立ち位置をしっかりと見つめ、「これから」を描いてもらい、そのための具体的な人生設計を「描く・書く」ため。

**9月10日はWHO世界保険機関が定めた「世界自殺予防デー」。NHKニュースでも報道されましたが、産業カウンセラー協会は10日から12日まで、働く人の自殺を防ぐ目的で無料電話相談を行っています。警視庁の統計によると、日本の自殺者数は、11年連続で3万人を超えています。

経済危機による非正規雇用の増大、正社員の労働時間増大、企業内失業者増大、低年収のため親元から自立できないフリーターやニート。労働者を取り巻く環境は厳しいものがあります。当協会のアンケート調査では、企業内にメンタル不調者が増加しているとの回答が全体の7割を占めたそうです。

企業内、企業の外でも、カウンセラーが求められています。不況が労働者のカウンセリング需要をより増大させるにもかかわらず、不況はカウンセラーを雇う余裕のない企業をも増やすのです。なんとも皮肉な状況です。

進化型よだれかけLaughHappy


食べものポケットがついたプラスチック製よだれかけ。

このところお弁当持参の吹きガラス制作。作業を終え、先生と一緒にランチタイムが常に。
手を洗って作業場のテーブルへ。目に入ってきたのは先生の長男M君、と見慣れぬよだれかけ。
コットン布製しか知らない私にはプラスチック製(たぶん)というだけでも驚きでしたが、もっと驚いたのは食事を入れるポケットが付いている事。

1歳3ヶ月のM君は、手を伸ばしてママパパが食べているものをねだり、自分の手で(お箸ではなく)食べたがるので、そこでこの合理的よだれかけが活躍。この日のランチは冷やし中華。麺類、トマトをポケットに入れてもらい、上手に食べてました。が、M君の食事の後、地面には落下した食べ物が・・・・。地面に落ちた錦糸卵を一生懸命に運ぶアリの姿も(笑)。

純銅製ヤカンHappyHappy


伝統的な槌目(ツチメ)模様のヤカン、昔ながらの槌目加工、らしい。

でも、私にとっての「昔ながら」は、黄色いアルマイトのヤカン。小さい頃の思い出は冷えた麦茶。大きなヤカンをこれまた大きな桶に入れ、井戸水で冷やす。故郷の井戸水は冷たく、結露したヤカンの表面が次第に姿を表し、麦茶タイムが楽しみでした。

話は再び写真のヤカンに。面白いことに、このヤカンを褒めるのは決まって西洋人。褒めなかった西洋人来客は皆無!、という記憶。日本人?、うーん、時々あったかも。デザインは西洋的、ですよね。私の見解としては「アール・デコ」。

薬を煮だす用途で「薬鑵(やっかん)」と呼ばれていた日本のヤカン史。昔ながらの槌目とはいえ、どの程度「昔」なのかしらね?

写真のヤカンは結婚式の引き出物でいただいたもの。20年以上前。何度か空焚きも(反省)。いぶし銀ならぬ「いぶし銅」は酷使の結果か(再度反省)。でもこれからも使い続けます。”長生き”してくださいね。

親バカはヤメられませんHappyLaughWinking

今や親バカは人間の子供に対するものだけにあらず、といった様相を呈していますね。

仔犬のコーギーたちが黙々とエサを食べている写真。敷かれた広告チラシがまたいい感じ。
同じくコーギーを飼う友達なら喜ぶはず、ということでメールに添付。

そして、友達からすかさず返事が。

友達が飼っているコーギー。
送った写真を見て可愛いと認めつつも、「でもうちの子の方がもっともっと可愛かったわよ」、と。文末には「あは、親バカ」と照れながら。確かにすごく可愛いー。

犬猫(その他の動物全て)を家族に持つ皆さん、親バカ、いいじゃあないですか。
親バカ、どんどん、ガッツリ、やりましょう!!
臆する事なく、照れる事なく、しっかりと褒めて自慢しまくりましょう。

ということは、自白するまでもなく、私も親バカの一人!

ですのでさっそく我が子たちのpuppies時代を。むほ。可愛いでしょう、ね、ね、ね。


あ、それから親バカついでですから、こーんな写真も。
アオとウメは小さい頃、必ず身体をくっつけあって寝てました。ウメがアオを背負うようなカタチ、お尻と頭がくっついて一列になったりL字型だったり。この可愛さ、言葉で言い表せませーん。
夫はドッグベッド寝が大好き(私もですが)。ポチを抱え込んでグーグー。

夏をふり返りWinkingLaugh


この夏のひとこま。仲良くしている友達夫婦が訪問。
7月の強い日差しの中、夫たちは日光浴。L字型に並んだ二人の構図が面白く、写真をパチリ。


夫は最初から上半身裸。ジリジリ暑さにゲストも追随。


夫は今度は甲羅干し。ゲスト、追随せず。
田舎スタイルのデッキ日光浴歴が長い夫は、ゲストがいなければ基本的に全裸!すっぽんぽん!「full monty」!!


パチリパチリと撮影していたら、ゲストが「F」サイン(笑)。
おっと、皆さん、失礼、sorry....。

妻たち、ですか? 女性陣はデッキテーブルでチャッティング。

”いただきもの”夏野菜Winking


”いただきもの”が多い夏野菜。今回はかなり大量のシシトウ。シシトウをいただいたのは初めて。量も多いし、友達にお裾分け、と考えていたはずが、台風やら何やらであっという間に4〜5日経過。

友達に上げるよりも何か作っちゃえ、ということでレシピ検索「COOKPAD」。大量の野菜を使い切るレシピのヒントを得るのに最適。全く同じ調理法にするときもあれば、自己流もあり。

今回のシシトウは2つのレシピ。1つはCOOKPADから。炒めたシシトウを醤油&みりん液につけ込んだもの。もう一つは自己流。ナスとシシトウをお味噌で炒めたものでレシピというほどのものでもなく (汗)。写真上が調理前、下が調理後。日持ちのするおかずに仕上がり、感謝。Kさん、ありがとうございました。

夏野菜を栽培するなら、キュウリやトマト、ナスなど「夏野菜いただきもの定番」を避ける、という手も。私の記憶では、インゲン、ズッキーニをいただいた経験なし。ここ数年栽培している野菜ですが美味しいです。

読書の友HappyLaughLaugh


木陰で読書。昼下がりの楽しいひととき。資料読み、読み損ねた朝刊、雑誌、時には学術書。読むものは色々。

外の滞在時間が長いと感じるやいなや、ウメも必ず外に。ウメの動きを感じてコマもハウスから外出。

読書時、ウメはどこか一箇所に落ち着き鎮座。コマは逆で動き詰め。庭内を行ったり来たり。私の近くで芝生の匂いを嗅ぎ、くんくん。ポチはいつも室内でゆったり。「何か美味しい事」がない限り絶対に来ないというキャラ(笑)。

老年力!?HappyGasp


「老年力」、そうとしか呼びようのない我が家の老猫。名前はマイケル。メス。一般的に猫(犬も)は掃除機の音を嫌がりますが、マイケルは全く動じません。というより、世の中の全てのことに動じません(笑)。地震や台風で犬たちがびくついても、彼女はゆったりと猫ハウスでくつろいでます。

この日はマイケルのハウス掃除。ハボキ?をくっつけ、ウイーンウィーンと音をたてますが、どいてくれる様子はなし。ついでにと、マイケルの毛のお手入れも。どちらかというと毛の手入れをねだっていたとも。感謝の意を込めてハボキにキスする余裕さえも。

メスなのにマイケルと名付けたのは以前の飼い主。なので、せめて我が家では「マイちゃん」と。我が家で彼女を引き取った時は既に7〜8歳位。10歳だったという説も。我が家に来て12年。最低でも19〜20歳。10歳説となると22歳!!

年齢故か、あまり太りません。耳も遠くなっているのか、鳴き声がやたら大きく、安眠妨害となる時も。一日の内、23時間45分は寝ているようなもの。そのためあまりこのサイトのスライドショーに登場する事もなかったのですが、これからはなるべく撮影を心がけるようにしたいと思います。

人生の午後とゴーギャン・コンプレックスGaspWinking

フロイト:精神分析学者。性格は児童期までに確定し成人期には固定すると説いた。

ユング:分析心理学者。人生を太陽の動きに喩え、40歳は「人生の正午」、その後は「人生の午後」。人生の午後の意義は、「自己」に対する「真剣な考察」をする時。フロイトに師事するも、学問的見解相違により袂を分かつ結果となるユング。フロイトよりも19歳若い。

ゴーギャン:画家。43歳で故郷フランスと妻子を捨て、タヒチに渡った。これが有名な「ゴーギャン・コンプレックス」。別名「中年期の危機」。フロイトよりも8歳年上だがほぼ同時代の人。

フロイトがいた19世紀〜20世紀前半と今日21世紀、環境変化は大きい。世界情勢の変化、寿命の変化。後者は成人・老人の人口増大をもたらし、フロイトの説く「性格の固定時期」を過ぎても人は固定せず。今日、心理学の世界、特に発達心理学では「生涯発達心理学」の方向に。生涯のあらゆる時期においても発達し続けることが明らかになり、老年期にいたるまで研究が進んでいる。

ユング説に当てはめると、ゴーギャンは「人生の午後」に「自己考察」し、西洋と妻子を捨てた。19世紀で既に生涯発達心理学の先取り? 芸術家は一般の人とは違うから、という理由も成立しうるけれど。

私自身:「人生の正午」は既に東京を離れてこの地に。自己考察、もちろんあり。その結果に大満足。「人生の午後」、今は中年期。キャリア面における葛藤は少々ありながらも、大きな迷いはなし。中年期の危機というほどのことは特になかったように感じる。老年期に向け、どう「生涯発達」するのか、その時も「ぶれ」のない自分でいたいと思う。

人生80年の時代。まだ現役で働いている間に「人生の午後」を迎えることは間違い無し。ほぼ100%の人に言える事。がむしゃらに働いている40代50代よりも、「働かなくてもいい時間」がたっぷりある老年期からの方が、時間を長く感じるようになるのではないかと。
僭越ながら言いたい事。人生の午後に入ったならば、老年期を含めた「午後」は「何処でどう暮らしたいか」を視野に入れ、働きながらもその方向に向けて何らかの行動を取る事が必要だと感じる。
仕事で忙しい、まだ若い、などを言い訳にせず、現役の今だからこそ敢えて未来の「自己考察」を勧めたいと思う。

クロヴァン(Krovanh)氏EmbarrassedFoot in Mouth


クロヴァン(Krovanh)氏は比較的穏やかな面持ち?で房総半島を過ぎて下さったような。昨日、猛威を振るった台風11号のアジア名。

台風支度。デッキのテーブルは天板を外し、椅子は折り畳み、それぞれ床に。家の周囲も見回り点検。衛星放送で台風予想図を画面に出して消音に。あとはじっと待つだけ。