動物愛護格差HappySadFoot in Mouth


*写真は96年11月頃。我が家で迷い犬ポチを引き取る事にした時、彼女は既に妊娠しており、その後アオとウメが生まれた。

日本では9月20日から26日までを「動物愛護週間」としている。国や各自治体が一致団結、協力を惜しまず、動物の愛護と管理に関する普及啓蒙活動を行う。ポスターの配布、愛護週間の実行委員会が設立され、適正な管理推進に関する顕著な功績のある個人や団体には環境大臣表彰も行われている。一方、オーストリアのウィーンでは、犬を捨てるダメ飼い主の続出で捨て犬が急増し、動物たちの公的シェルターである動物保護施設はパンク状態になっている。

公的シェルターは、日本では保健所になる。保健所は「殺処分」を行う場所だが、ウィーンの動物保護施設は違う。殺処分などもってのほかである。ウィーンでは次なる飼い主を探すための真の意味での「保護施設」なのだ。さすが、「子供より犬をかわいがる街」という異名を持つウィーンである。

そんなウィーンにあって、今回の捨て犬急増。これは実は、大型犬を飼う飼い主に対し、ウィーン市が躾徹底のための免許制度を導入したためらしい。以前、幼い子供が大型犬に噛み付かれたり、噛み殺されるという悲惨な事件があったためだ。試験は筆記と実技の2つ。1人25ユーロ(約2700円)。だが、この煩わしい試験を嫌う飼い主も多く、「迷い犬を拾った」と嘘をつき、保護施設に犬を持ち込んでいるという。これが先の「ダメ飼い主」の正体らしい。また、試験は一家族に一人ではなく、散歩をさせる家族全員に科せられている。実技試験では不合格する人も出ている。体罰を加えずに他の犬に吠えかかることを防がねばならない。2度不合格になると、犬は保護施設行きとなる。こうした全ての要素が施設のパンクを招いているのだ。

ウィーン市が指定する要免許取得の大型犬は12種。ここには日本犬の土佐犬も入っている。

さて、冒頭の記述、「日本の動物愛護週間」と「ダメ飼い主続出で保護施設がパンク状態のウィーン」、どちらが「愛護的」だろうか。比較のための”平等”な要素が整っているとは言えず、質問自体が陳腐であることは認めるが、愛護の軍配はウィーンだろう。

愛護のポスターやら表彰やら、国を挙げて愛護週間を設置する理由は、動物愛護の観点から見れば日本はまだまだ発展途上国だであり、飼い主への啓蒙が必要な国なのだということだ。犬猫を合わせて年間数十万匹も殺処分される日本。一方、ダメ飼い主によって保護施設が満杯になっても殺処分という方向性が出ることは考えられないウィーン。

日本では犬を捨てる際、誰もが保健所に連れて行くわけではない。自宅から離れた遠方まで車を走らせて犬を捨てにくる人も多い。保健所で殺処分されるには忍びないが、のどかな田舎であれば野ネズミでも野うさぎでも捕まえて生き残るチャンスがあるはずと考え、また、心優しい次の飼い主に出会えるかもしれないなど、捨てるに格好の場所だと考える人が多いのか。我が家の犬も猫も、そうした由来のものばかりである。また、これまで里親探しをしてきた何十匹もの捨てられた犬猫たちも同様の経過によるものだろう。

だが、ほぼ毎日、捨てられた動物に出くわすのではないかとヒヤヒヤしながら散歩している自分がいる。こんな不安な気持ちから解放されるのはいつになるのだろうか。ウィーンにいればそんな思いはしなくて済むのだ。こうした瞬間、日本がイヤになる。だが、それだけを捉えて引っ越す事はできない。拾った犬だと嘘をついて保護施設に持ち込む「ダメ飼い主」の立場も、妙に羨ましい気持ちになる。殺処分されることのない保護施設なのだから、安心して堂々と”捨て”に行けるわけだ。のどかな田舎を目指して捨てに行く必要はない。のどかな田舎に犬猫を捨てにいく日本よりも、「ダメ飼い主」の烙印を押されたウィーンの人の方が「良い人」のように思える。また、のどかな田舎に捨てにいく飼い主よりも、保健所に持ち込む飼い主の方が、人間的にはまだ「マシ」なように感じる。

動物愛護先進国・先進市ウィーンにあっても、テニスラケットを買うような安易な感覚で犬を飼う人がおり、ペットトレーナーなどの関係者はその事態を憂いでいるという。活字だけを読めば、日本も同様の飼い主が増えている事実はある。だが、”テニスラケット”に飽きてポイと捨てる際の受け皿に大きな違いがあるのは歴然としている。動物愛護に対する両国の根底の仕組みの違い、格差である。

捨て犬や捨て猫に遭遇することなく、”安心”して毎日の散歩に臨みたいという私の願い。ウィーンなら常識のことであろう、このささやかな願いを”欲張りだ”などという人はいないはずだ。はてさて、それはいつになることやら。

かけがえのない夏の想い出WinkingLaughHappy

暑さの揺り戻しが多少あっても、さすがにもう「夏は終わった」と言えるだろう。朝夕の清々しい時を過ごせるこの地にあっては、その思いは都会に比較してより強いものがある。タイトル通り、夏の想い出を語る気持ちになるのも自然な流れである。

この夏のもっとも楽しい想い出になったのは、学生時代の仲良し友達2人が来た事。共に学んだ仲間とは永遠の友情関係が結ばれている。それを久しぶりに痛感したひとときだった。我が家に訪れた友人の中で、私が気を遣わないでいられた「最たる」友人だったことにふと気がついた。上下はなく、忌憚の無い意見を交わし合える。「遠くの親戚より近くの他人」というように、人は身近にいる人たちとの関係性を深めて行こうとする”傾向”はある。終の住処と考える地に身を置く今、千葉(東京も一部)はその「身近」に相応するのだろう。その関係性ももちろんこれからもしっかりと深めて行きたいと考えている。この地に来て知り合った人たちは、私にとり、偶然出会った人たちでありながらも必然の出会いだと考えるからだ。しかし、”身近”な人々との関係性はまだまだ発展途上といえる。だからこそ今後が楽しみなのだが。それと比較すると、彼女ら2人は掛け値無しの関係。久しぶりに心地よいひとときを味わった。

2人ともいわゆるフリーランス的ビジネス。1人は広告企画やプロモーター的なビジネス。もう一人は企業研修コンサルタント。企業研修を行っている友達は全国に出張することが多く、なかなか泊まりがけでの訪問が難しかったのだが、今回ようやく2人揃っての登場とあいなった。

我々3人は数週間前からワクワク状態。メールで色々と当日のことをやりとりする。そして、バーベキューをしようということに。伊勢原牛の牧場主とのコネがあるという友達が「肉系」を調達。その他の野菜、魚類はこちらで。


小野小町を気取り、それぞれの名に「小」をつけた。メールも「小町たち」であったり「小町ーず」などと始まる。宿泊先である私の方は当然「玲小」(笑)。また、こちらは2人を泊める側。小町の宿として湖畔館と名付け、そうなると差し詰め私は「若女将」か。いや、もっともっとウケを狙って「若い女将」とした(笑)。そうだ、服装もウケを狙おうということで、以前ホームセンターで購入した作務衣風の上下を着ようと決める。ふむ、旅館らしく見える。ストラップを用意し、手書きで「若い女将」と。。宿側のスタッフらしく振る舞うために、名入りの「歓迎」プラカードも作成した。


旅館が行うように、客間の入り口にも名前を。部屋は「美人湖の間」(^O^).。

東京駅を出発したあたりで「無事に乗ったよ」とのメールが入る。時間になり出かけることに。この出で立ち、少々恥ずかしい面持ちではあったが、旅館的なる”完全装備”で駅に立つ。電車が到着。早く出てきてくれないと結構恥ずかしいゾと思いつつプラカードを掲げる。

5分ほど経過。トイレかな?しかし、10分が過ぎる。おかしい、変だ。一人の方に電話を。留守録だったので一応メッセージを入れる。もう一人の方にもかけてみると彼女は出た。
「今何処?」
「電車の中よ」
「えっ、も、もう降りなきゃ」
「&’$#&’00~~=&$#’!!!!!」
「(&&&%!#%|~&$$00=%’K&)#&%!!!」
もう会話はこんな感じ(笑)。

話が盛り上がり過ぎて、下車し損ねたことに気づかずにいたらしい。彼女らを乗せた電車は、次の特急駅到着直前だった。その駅を過ぎてしまったら大変なことになる。ホッ。

友達は平謝り。せっかくの旅館フル装備。一応カタチどおりやろうよ、ということで、プラカードを掲げたものの、なんだかタイミングを逸した間延び感。服装へのウケというより、このすったもんだの珍道中に対しみんなで笑いあった。これもまた楽しい想い出になった。


バーベキュー用の台は、夫が前日に突貫工事的に作ってくれた。なかなかイケルものになった。昼過ぎからバーベキューを始め、夜までずっとデッキで食べ続けていた(笑)。素材も写っている写真がこのピンボケの一枚しかないのは、食べる事に夢中だった証(笑)。

久々に3人で夜遅くまで語り明かした。デッキで仰向けになり、星を眺めた。流れ星が流れ終わる前に願い事を言い終えねばならないからと、3人がそれぞれ予行演習をした。女が3人、仰向けで夜空に向かってつぶやく姿も変だが、みんなマジメに願い事を唱えている。その行為が可笑しくて、でも楽しくて、そしてそれぞれがとても愛おしくて、心がじわーっとあったかくなった。

ようやくお湿りLaughWinkingLaugh


9月に入っても残暑、残暑、猛暑、酷暑、という連続でしたが、ようやく昨日、久しぶりの雨が降りました。

雨とともに少し気温も下がった関東地方。ようやくのお湿りに対し、田舎と都会では反応が異なるものですねェ。都会に住む友達たちからは異口同音にこの「涼しさ」を喜ぶ言葉が。そんなにエアコンに頼らなくてもよくなってホッ、出ればスタバ・タリーズで水分補給だったけどそれも要らない、というような。一方、私が住む田舎では、農作物にとって恵みの雨、というよう喜びの声が。

都会も田舎も、まず自分の周囲にある身近な要素に目がいくもの。従って都会では農業的発想にはならないのでしょう。畑の作物が実らないと困るのは都会人も同じ。そればかりか、農作物を”田舎”に依存しているのは都会人の方なのですがね。むむ、ふむ。

私の雨降り第一声は、カエルさんが喜んでいる、でした。昨日の早朝から雨降りを察知したかのように、カエルたちの数が妙に増えた感じがあったのです。そして降り出してからは、畑も嬉しい!、我が家の芝生や緑の木々もハッピー!、森の動物たちもハッピー!、でした(^^).。

そして、ようやく本題(笑)。
「ふぉと逍遥」スライドショーを更新しました。このところ、あまり写真を撮っていないことに気付き、今回はフランスに住む友達が送ってきたものも何枚か入れてます。お楽しみください。