田舎暮らしと自家製WinkingLaughHappy

いすみ市にきてはや18年。この田舎暮らしが変えたこと。それは「自家製」。すべてとはいかないがかなり増えた。東京時代は、皆無、ゼロ。会社が終わり、住まいは寝に帰る場所。公私にわたる外食も少ないとはいえず。忙しく、慌ただしく、或いは若さゆえの奔放さだったのか?。

そして今。不惑の年もゆうに越え、老年期に向かう中、東京時代とは異なり時間が許すからなのか、人生の後半で田舎暮らしをする人たちの”平均的”傾向なのか。それとも何かもっとドラマチックなものがあるのか。さて、やってきた「自家製」を振り返ってみよう。


自家製のスタートは味噌。もう15年ほど作り続けている。今年は流行の塩麹。


さっそく漬け物に。塩漬とは違い、角の無いまろやかな塩分を感じる。麹の甘みがもつ力に脱帽。


生の鮭を使って塩鮭に。ありきたりのスーパーの鮭が、これはもう料亭の味!


和だけではなく、洋にも大活躍。ドレッシングに、パスタに。


自家製といえばパン。私の中では味噌と同じ位の歴史を持つが、作る種類は一つだけだった。バゲットやカンパーニュなどのハード系から甘い系パンを含め、全てを自家製としたのは昨年から。ならばということで今年は自家製酵母に挑戦。野生種のレーズンことカランツで酵母エキスを作り、そこに小麦粉を入れてコネコネ。結んだ紐をはじかんばかりにぷくぷくと膨らむ元気のよい酵母。


元気がよすぎてビニール袋を破ったことも(笑)。この勢いを見て、パンが発酵するという科学的事実に改めて納得の気持ち。


そんなこんなでできた自家製のパン。美味しくないわけが無い!


私の自家製願望?はとうとう「和」の域にも。そう、あんこ、である。昭和30年代の流行歌『あんこ椿は恋の花』を思い出すが、椿の種類?それとも小豆のあんこ関係だったのか?


餅米とフツーのうるち米を一緒に炊いて、おはぎを。実はこの年齢になって初めての経験(^_^).。自家製あんこと自家製おはぎの美味しさに驚嘆。感動。自家製だから甘さも自分好みにできる。市販のおはぎは私にはちょっと甘過ぎる。あんこは冷凍可能。こんなことならもっと早く作ってみるべきだった。


お菓子作り。こちらも歴史は短い(汗)。が、少しずつ、色々なものに挑戦しつつある。写真は、貴婦人のキスという意味をもつイタリアのクッキーでバーチ・ディ・ダーマ。


自家製カッテージチーズ。こちらは結構歴史は長いゾ。


「自家製」モチベーションの大きなサポートとなるのは、これまた「自家製作物」。昨年の11月に収穫したレモン。自分ちのではなく他所のものなれど(汗)。無農薬!冷蔵庫で保存すると4月の今もこのように新鮮(驚)。市販のレモンはこうはいかない。上記のカッテージチーズには欠かせない。市販ではあまりお目にかからない無農薬、ノーワックス。せっかくだからと、皮もしっかりとクッキー生地に使う。


他所様からいただくレモンもあるが、我が家の敷地も負けてはいない。梅干し用のウメも昨年は多く収穫できた。少ないがブルーベリーも実る。清見みかん、ゆずも。また、豊富な山菜類。蕗の薹、タラの芽、ウド、セリ、三つ葉、ムカゴ。桑の実、アケビ、冬イチゴ(勝手に名付けている)など、野生種のフルーツ?もある。


犬の散歩がてらちょいと失敬するのは「ノビル」。野生の極小「エシャロット」といったところか。自家製味噌をつけて食べたり、サラダにそのまま入れてみたり。


野生動物との出会い。自然はいいなぁと感動する瞬間。自家製モチベーション維持に大いに役立っている。エサを求めて出てくるタヌキ。びみょーにカメラ目線。愛くるしい顔。


森の中へと立ち去る後ろ姿にも哀愁が漂って、まんまるく、これまた可愛い。動物といえば、夫と犬たち(笑)。かけがえの無い家族たちも自然の産物。特にこの大自然にいると、人間も動物なのだと痛感し、愛おしくもなる。


タヌキは結構臆病だと聞くが、私はそれに負けず劣らずの臆病者だ。吹けば飛ぶような零細有限会社を経営する夫の仕事を手伝い、月々の売り上げに一喜一憂する日々。バブル崩壊、数年前のサブプライムローン問題(リーマンショック)、そして昨年の東日本大震災と福島原発問題。経済情勢も煽りを受けた。当然、弱小企業の我が社の売り上げも落ちる落ちる(笑)。心臓はバクバク(+_+).。

天災そのものも実は怖くてならない。関東にこれほど長く住んでいながら未だに不慣れ。こちらも心臓がバクバク。産まれ育った富山で地震らしい地震に遭ったことはないからかもしれないが、天性の小心者なのだ(笑)。昨年の震災以降、恐怖症はより強まった気がする。

こんなふうに周囲のネガティブ状況に即座に反応してしまう、ノミの心臓の持ち主。そんな私だからこそ、この大自然が必要なのだと思う。優しく包まれていると思うと安心できる。自然の偉大さ。

冒頭の回答。東京時代とは異なり、時間的余裕ができたことは否定できない事実だ。そう、時間の余裕は言ってみれば「空白」とも言え、自家製への執着は「自分探し」の一環だという気もしてくる。従って、私の自家製度合いは平均以上かもしれない。

そしてもっと大きな理由はこの住環境。この大自然。こうして自家製を楽しめるのも、自然豊かな田舎暮らしが心も身体も幸せにしてくれているからだと思う。ひときわのどかな我が家の景色。自画自賛なれど、フツーの田舎でないことは自他ともに認めるところである。360度、ぐるっと見回しても電信柱など人工的なものは全く見えない場所にいる至福。夜は満天の星。この宇宙的ともいえる大自然が、臆病者、小心者の私であっても、「大丈夫よ」と、激励と勇気を与えてくれている。「やおよろず」の神々に感謝。

キウイも絆で結ばれてWinkingHappyLaugh


昨年を表す代表的な漢字は「絆」。なるほど、の一年だった。語源の由来によると諸説ある絆は上記の通り。犬や馬をつなぎ止めておく「綱」から始まったようで、使用例の存在は平安中期から。

犬馬の労を厭わずの「馬」。エサと安全?は守られているが、繋がれて労働させられて。どちらかというと無理矢理な感は拭えない。そうした語源は、いつしか人と人との結びつきに移行し、愛ある関係、心から信頼できる関係のイメージに。

しかし、この語源はとても当を得たものかもしれない。人と人との結びつきは必ずしも愛ある関係や信頼関係からスタートしているとは言えない。会社と主従関係を結ぶサラリーマンは繋がれた馬の如し。上司や同僚とも何らかの綱で結びついている。取引先の人たちとも同様だ。そこで探り合いという人間模様が繰り広げられる。フリーランス仕事であっても、専業主婦・夫であっても、何らかの形で人とかかわっている限り、「綱」の構図は同じ。そしてその中から愛ある関係や信頼関係を見いだしていく。語源通り。赤い糸で結ばれて、と言うが、絆も糸偏。綱も糸偏。結びつくものには何かの「糸」が必要なようだ。

70億人もの人々が世の中にはいるが、全員に会う事は一生かけても不可能。人は皆、「糸」にたぐり寄せられ、70億の中からわずかな数を人選し、「綱」の引き合いをしながら愛や信頼を獲得する。最大、最良の愛は、時に家族となる。何十年にもわたる友情関係、そんな愛や信頼もある。

そんな「糸」も擦り切れ寸前ということもある。あるいは切れてしまった場合もある。ここで無理矢理タイトルのキウイに話を持って行く(笑)のだが、これも「糸」のなせるワザ。

いすみ市に引っ越してもう18年が過ぎようとしている。このキウイは元大家であるクラーク氏が育てたもの。11月の終わり頃に招集がかかり、スーパーの買い物袋をいくつも持参して収穫に奔走。私は毎回欠かさず参加。皆勤の私から見ると、年々参加者が減っている。一番賑わっていたのは最初の数年。夫と私のように、クラーク氏の家を借りる賃貸人たちが大勢参加していた。だがこの数年はその頃の影は無し。せっかく育てたキウイも食べる人がいなければ腐っていくだけ。どうもそれがイヤで、知人に声をかけて誘っている。

少々卑しい話かもしれないが、毎年いただいているキウイをお金に換算してみた。スーパーで見かけるキウイは大きいもので一個100円。クラーク氏のキウイは小ぶりのものも多く、我が家ではだいたい5〜6個を朝食でいただく(きゃっ、贅沢)。この5〜6個をスーパーもの2個とすると一日200円。11月の終わりに収穫したキウイはまだ固く、実際に食べられるようになるのは12月の初め。いつもだいたい3月初旬まではキウイを食べている。3ヶ月丸々プラス少々といったところ。約100日分として2万円!


テレビのある娯楽室でニュースを見ながらという朝食が我が家流。時には自家製のカッテージチーズをたっぷりのせて。市販のキウイは甘みが強いが、クラーク氏のキウイは中心にきちんと酸味があってとても美味しい。冬のビタミンCにもなる。残りの量もかなり減ってきているが間違いなく完食予定!


大家と店子という間柄だった頃から考えると、キウイ収穫のようなイベントでしか会う事がなくなったクラーク氏。でも、東京からいすみ市に引っ越すことになったのも同氏の賃貸物件があったから。良き田舎生活のきっかけを作ってくれた彼には感謝である。

18年前から考えると、「糸」もかなり細く弱々しい状態かもしれず、キウイという「糸」(フルーツだけど)でかろうじて繋がっている関係だが、せめてこの糸は大切に育てていきたいと思う。

活き活きと2012年!LaughLaughWinking


2012年も『なんだかんだブログ』をご愛読くださいますようお願い申し上げます。


お正月三が日。家でごろんとして過ごしていますが、ホームベーカリーでお餅をついてみました。常日頃はパン捏ね器として大活躍のHB。お餅もなかなかのものです。頑張ってくれました。富山の実家では小さい頃から杵と臼のお餅。それと比較すると機械モノは伸びが足りないのですが、それでもつきたてのお餅は本当に美味しい。


東京に来てから知った辛味餅。きな粉餅、おふくろの味である黒糖シロップ餅。焼いたお餅のカリカリ感が好きな夫でしたが、つきたてのお餅も悪くないねぇと、ようやく目覚めてくれた様子です(^_^).。


鏡餅も。餅米は産直で購入。ミカンもいすみ市産。地産地消の喜びです。

2012年が誰にとっても良き一年でありますよう、心から願っています。

冬の楽しみWinkingLaughHappy

私は冬が嫌いではない。夏との比較では冬の方が好きなぐらいだ。そして、冬の焚き火は楽しいひとときである。今月の初め頃の強風で杉の枯れ枝がたくさん敷地内に落ちた。レーキングの出番だ。寒いこの季節のレーキング、実はこれも嫌いではない。暑い夏はやる気が起きないだけでなく、蚊よけ対策も万全にしないといけない。その点、この季節は蚊に刺される心配もない。レーキングをしている間に身体もポカポカ暖まってくる。


日が短いこの季節。午後2時前からレーキングを始めたにもかかわらず、枯れ枝を集めて燃やし始めた頃には日も陰り始めた。西側の山に太陽が沈み始めたなと感じた途端、みるみるうちに辺りは暗くなってきた。私はこのひとときもまた大好きである。ほの暗い中で焚き火を囲み暖をとる。眼下に見える家の灯り。夫はまだ仕事中だろうか。煙草をスバスパ吸いながらキーボードを叩いているだろうか。取り組んでいる今の仕事は苛立のない楽しい仕事だろうか。そしてそうでありますようにと祈る。リビングにいる犬たちは寝ているだろうか、それとも外にいる私の気配を感じて庭に出ているだろうか。そろそろエサの時間のはずだからと耳をそばだて、私が降りてくるかどうかを今や遅しと待ち構えているだろうか。

こんな思考を巡らすひとときは心を温かにしてくれる。いい気持ちである。暖のひとときが終わった。さ〜て、夕食は何を作ろうかな。


今年、我が家の「清見みかん」が豊作となった。しかも初の豊作。昨年までは2個や3個程度の実りだった。聞く所によると、今年は一般的に「みかん」が不作だという話だ。”乱れ実り”か?

この清見みかんは10年以上前に植えたもの。土地を購入した後、苗を10本以上購入したのだが、水やりの問題などもあって残ったのはこの一本のみ。ダメにしてしまった清見みかんたち、ごめんなさい(汗)。


清見みかんを植えた理由はこれ。みかんジュースのため。清見みかんは大ぶりなのに皮が薄い。甘みも比較的強いのでジュース向き。マシーンを使って余す所なく絞りきる。絞り立てのみかんジュースはたとえようのない美味しさ。濃縮還元100%、手絞りなんとか、ホームメイドなんとか、良さそうな100%果汁ジュースは色々と売られているが、かなりの差があると言っておこう(^^).。デパ地下のドリンクバーのジュースは、果肉を混ぜて濃い味を演出しているが、それすら紛い物に感じられる。5〜6個で1リットルほどのジュースが絞れた。ごくごくっ。御馳走さま(^o^).。

清見みかん植えの発案者は夫。シャンパンをオレンジジュースで割る「ミモザ」。ジュースだけでなく、ミモザも目的だったようだ。日曜の昼下がり、ミモザを飲むひととき。後は昼寝、でしょうかね(笑)。


さしずめ、ミモザのお伴はセグロイワシといこうかな。魚に詳しい人の話では、セグロイワシは今が一番美味しい時期だそうだ。生食で食べるなら12月から1月にかけてのセグロイワシに限るとか。

よしっ!ということで作ったのは、さばいて塩水で洗ったイワシをワインビネガー、ニンニク、ハーブ類を混ぜ込んだ液でマリネしたもの。冷蔵庫で一晩寝かす。お皿に並べ、とっておきのエキストラ・バージン・オリーブオイルをたっぷりまわしかける。ほど良い酸味、ニンニクとハーブの味と香りが上手い具合に染み込んでいる。オリーブオイルの海に浮かぶイワシをフォークで刺し、オイルをソースさながらにたっぷり付けて口に運ぶ。あー、美味しい!!

そもそも青みの魚である「光り物」に引き込まれてしまうタイプの私。イワシ、アジ、サバ、サンマ、どれも大好物であるだけでなく、スーパーで見かけるとついつい手が出そうになる。生食が合うというセグロイワシとはまた出会いそうな気がする。ちなみにダイヤモンドやゴールドの光り物も大好きな私だが、こちらは魚の光り物のように衝動買いは出来ない(笑)。


冬至のゆず風呂にならってみた。我が家のゆずは残念ながらまだたくさん実をつけるほどに至ってはいない。そこで、地元産のゆずを購入。お風呂の開き戸を開けると、ゆずの良い香りがふわぁーっと立ちこめた。年齢が進むとともに「よっこらしょっ」と湯船に入るのが常となった。温かい湯とゆずの香りに包まれながら、冬の風呂を楽しむ。感謝の念が湧き出るときである。

この冬、風邪もひかず、健康で過ごせますように。

たくさんの出会いに感謝LaughLaughHappy


8月5日から8月10日まで開催しておりました、東京自由が丘「古桑庵」における「憩いのガラス展 〜あなただけに〜」が無事終了いたしました。社交辞令ではなく、来ていただいた方々のお陰をもちまして、本当に素晴らしく意義のあるガラス展になりました。このブログを通じて感謝の言葉をおくりたいと思います。

初のソロ個展ということで、多少緊張感の入り混じった気持ちでスタートしたガラス展でした。しかし、その不安も吹き飛んでどこかへ行ってしまう位に楽しく盛況なショーになりました。懸念した売上面も悪くありませんでした。

でも、何よりも一番の収穫は人との出会いです。カフェ隣接ということで、カフェ古桑庵さんにいらしたお客様にもかなり展示を見ていただきました。皆さん、これが初めての出会いとなるわけなのですが、ご自分用に、或いは友達への贈り物になど、様々な目的をお話し頂きました。また、ガラス制作プロセスに熱心に耳を傾けて下さった方もいらっしゃいました。本当にありがとうございました。カフェ古桑庵さんにも本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

そしてかなり沙汰無しで済ませてきたにもかかわらず快く足を運んでくれた親戚たち。叔父叔母の顔あり、そして何十年ぶりの従弟、従妹の顔、顔、顔。嬉、嬉、嬉しい。

そして、いすみエリアの友人たちもきてくれました。暑い中、遠くから皆さん本当にありがとうございました。

東京都内の友達たちの中にもご無沙汰続きの人たちが。長らく連絡もとらず無作法続きの年月を過ごしていた私にもかかわらず、たくさんのステキな笑顔を運んでくださいました。本当にありがとうございます。

「ありがとうございます」ぐらいでは、来て下さった方々に対する感謝の気持ちを到底表せそうにもありません。謝意の語に限界があることをご理解いただき、この感謝の気持ちはまた次の展示に向けての精進に切り替えまして、また皆様が出かけてみたいと思ってくださるようなガラス個展を行う決意といたします。

今後とも「生活のがらす」をよろしくお願いいたします。

*「がらすの器たち」のページを更新しました。

読者増、継続の励みにLaughHappyLaugh

最近、色々な人たちから「サイト見てますよ」と声をかけていただくことが増えた。有名著名人ではないし、増えたといっても高が知れたものだろうけれども。でも、少しずつではあってもこうやって読者が増えてくれるのはとても嬉しいこと。続ける励みにもなる。

この間もこんなことが。数年前からの知り合いに、最近になってようやくウェブサイトの話をするきっかけがあった。すると知り合いはさっそく私のサイトを見てくれた。先日会った時にサイトについてのコメントをもらったが、かなり多くのページを見て読んでくれていた様子。えっ、そこまで遡って読んでくれたの、という感じ。本当にありがたいこと。サイトのオリジナルデザインや写真など、かなり褒められ、恐縮してしまった。この場を借りて、「本当にありがとうございます。これからも読者でいてくださいね」。

また、昨日も、ふとすれ違い様に私のガラスの入選を祝してくれた人がいた。いつもとても柔らかで優しい人であり、元気で溌剌とした人でもある。その人のブログも時々拝読するが、とにかく繁忙を極める生活を送っている。この場を借りて、「ブログを拝見すると、とても忙しそうですが、健康面には気をつけてくださいね」。

自らの経験から、ブログの継続は心理面においても色々な「心の動き」が生ずるものだなと思った。「なんだかんだブログ」という名のブログは昨年の8月からスタート。最初の頃はかなりプライベートな生活を載せていた。最初はすごく載せたい願望も強く(笑)、「ネタ」も次々と生まれ、溢れかえってていた。スタートさせた途端、それらは堰を切ったようにどどーっとブログに流れ出て、ほぼ毎日何かしら日常を掲載していたように思う。

けれど、やはりネタは尽きるものなのか。刺激的で日々変わる日常というよりも、かなり平凡に過ぎる生活をおくっているからなのか、プライベートネタは消失し始めた(笑)。また、ブログに何か載せなくてはという一種のプレッシャーみたいなものに生活を支配されている事にも何か嫌気がさしてきた。本業に勤しんでいるときですらネタのことがよぎる。本業のライティングとブログを巧く両立させるほどの「書く」という力量が、私には不足しているのだと気づいた(早く気づくべきでしょうー)。

年明けからはブログの切り口を変えた。考えてみれば、未熟ながらも私はジャーナリストの端くれ(^^)/。あまり(ほとんどかも)ジャーナリスティックな仕事をしているとは言えない昨今(汗)。どちらかというと広告企画やPR側(身売り商売、とは夫の弁)の仕事が主だっている昨今とも。でも、だが、しかし、やはり、時には新聞や報道番組、或いは周囲で見聞したことを、批判的に論じてみたいという、ジャーナリスト魂が頭をもたげてきた。こういうやり方ならイケるかなと方向転換。ゼロになった日常ネタも、そうこうしている間にちょっとは引き出しが出来てくる。こうやって硬軟織り交ぜのブログにということで”頑張って”いるつもり、である。

サイト記事に関する友人知人との会話は本当に楽しく、しかもとても勉強になり励みになる。ふぉと小論[普遍]に載せたソクラテスやルソーのことで話を弾ませたこともあれば、図書館の現状と今後について論議を交わしたこともある。部落民差別から人種差別、寺や神社のゆくえ、女性問題から言語まで、現状を憂う話題に花を咲かせ、酒を酌み交わすのは本当に楽しい。「日本のゆくえ」のカテゴリは基本的にジャーナリスティックに論じているつもりだし、「考える」「不満が」「怒りが」「教訓に」などにもそうした類は入れ込んである。公序良俗に反する事がなく、誹謗中傷でない限りは、今後も世の中のことに対し色々と批判的に論じて行きたいと考えている。時にはその論の中に批判というよりは”批難”に近い格好で登場させざるを得ない人物が生ずることがあるが、その際には、その対象の人と私との接点がないことを原則としている。つまり、きちんと面識を持つ人を”批難”はしないということである。”批難”対象の人物を「あれは%$さんのこと?」とはならぬよう心がけている。まわりまわって、未来のいつかに、その”対象の人”にきちんと対面する時がくるかもしれないけど、それはその時である(笑)。

とにかく、ウェブサイトを持つ事は素晴らしい。そして、ブログという自分発信の手段は時に億劫さ(私の場合だけかもしれないけれど)を伴うが、それでも楽しい。これからも試行錯誤しながら”いろいろ”を発信していきたいと思う。

ブログの方向転換をはかってほぼ半年にて思う事、である。

皆さん、今後ともよろしくお願いします。

もてなしWinkingHappyLaugh

東京時代の社交はもっぱら「外食」。「家」に招き招かれ、ということもあったが、「外食」の数とは比較にならない。2人だけなら思いつきでレストランやバーに電話。4人位になると事前にテーブルを一つ予約。そしてそれ以上の人数の場合は、レストランの一室貸し切り予約、貸しパーティ会場を予約など。現地待ち合わせの現地解散。一部の盛り上がり族は解散後、飲み直しにもう一軒、もう一軒と、夜のネオンに消えて行く。

それが田舎暮らしを始めてからというもの、上記の比率は見事に逆転。社交の8〜9割は「家」になった。家とは、もちろんこちらの田舎サイド。東京から人々がこちらにやってくる。親しい友人たちは泊まることが多いが、東京駅から特急で1時間という距離は日帰りパーティをも可能にする。そういえば何度も日帰り客をもてなしたことがあったっけ。

東京での社交、田舎での社交、どちらが好きか。もちろん後者だ。今も東京に出かけるのは楽しい。でも、自然を満喫しながらの語らいは、心と身体の心地よい弛緩が得られる。東京で会った時よりも、人はより「本音」と「素」を披露してくれている気がする。

このGWも社交の日々。我が家もゲストが。そして、こちらで知り合った東京からの引っ越し組友人宅にも招かれた。彼女らはもてなし上手。料理から立ち居振る舞いに至るまで、いつもお手本にさせてもらっている友人。東京からのゲストの皆さんも、とても楽しく素晴らしい人たち。今回は持ち寄りパーティ。ピクルス、手作り味噌、手作りケーキ、などなどなど。そしてバーベキューも。東京から持参の食材は、なんと築地調達だとか。ス・ゴ・イ。友人宅の敷地内で採れたタケノコもバーベキューに。とても美味しい旬の味だった。

東京からたった1時間の距離にも拘らず美しく大きな自然に囲まれて暮らす有り難さ。東京での社交も可能な場。もっともっと多くの人が実行に移せばいいのにと、つくづく思う。もう既にそういう素晴らしい場所で暮らしている、暮らす事ができている、このことに心から感謝である。

招待側、W家での様子(^^).。
「Kさん、私でよろしければ、”田舎情報”をお知らせできますので、今度は是非ご主人と一緒にいらしてください」
「Mさん、”目と脳の栄養”として、今後も御誌を拝読していきますのでよろしくお願いします」
「名刺交換をさせていただいたEさんを始め、W家でお会いした皆さん、楽しいひとときをありがとうございました。また外房にいらした際は是非我が家にも立ち寄ってください」

どれも美味しく。にっこり。私は特にピクルスを独り占めするぐらい食べ尽くしました。作って下さったM.Hさん、ありがとうございます。


中国茶の茶器セットをお持ちくださったYさん、ありがとうございました。茶葉の説明、作法を交えたお茶のもてなしまで、本当に楽しく美味しく満喫いたしました。


食べて飲んでお喋りに花が咲いて。


犬たちも幸せなひととき。


田園風景の中にタクシーの行列。もちろん流しのタクシーではなく、東京のゲストたちを駅に送るためですが、田舎では滅多に見かけることのない光景。

安否確認もデジタル時代WinkingLaughEmbarrassed


パソコン、携帯電話、どちらも現代人になくてはならないアイテムになった。これらがない時代は、電話や手紙で「季節の挨拶」やら「無沙汰解消」を行っていた。一種の「安否確認」とも言える行動だ。でも、今や、メールで全てが済む時代。私も基本的にはPCメールで済ませている。

しかし、その上を行くのがURL・ウェブサイト。私の周囲でもかなり多くの人たちが個人のウェブサイトやブログページを持つようになった。サイトに行き、ブログやサイトが定期的に更新されていることを確認し、それを安否確認としてしまうのである。1週間も2週間も更新がないと、さすがにぎくっとし、メールを送る。すると、「ごめん、ずっと忙しくて更新できなかったのよ」とか、「ごめんね、パソコンを修理に出していてずっと使えない状態だったのよ。ところで元気?」などという返事が来て安堵、になる。

手紙・電話時代と比較すると、確かにサイトをチェックするだけの今は「労力」が不要になった時代に突入しているといえる。電話なら「どうしてるの? 元気でやっているの? たまには会いましょうよ」と。一方の手紙は、謹啓・拝啓、ちょっとくだけても前略、などと始まり、四季に応じた時候の挨拶なども入れ、「皆様にはいっそうご盛栄の段・・・」などと書き、敬具やら草々などで締める。

電話が愛情なら手紙は風情とも。

デジタル時代はドライな関係なのかもしれない。でも、ドライも結構。やはりパソコンや携帯はありがたい存在で、必需品である。「ない」ことが考えられない生活になってしまっている。もちろん電話で肉声を聞く事は大切なことだと思っているけれど。



ところが、パソコンも携帯もどちらも持っていないという友人が、僅かだがいる。もちろんその友達には電話で安否確認をしている。パソコンがダメでもせめて携帯メールでもお願いできればと思う。持つも持たぬも個人の勝手なのだが、来年はそれに応えてくれるかな、どうかな、と思い願う私がいる。

来年、2010年まであと10日。チクタク、音が聞こえる。

持つべきは......WinkingLaugh


夫の渡米により1週間ほど「独身生活」。

その間に友達Yさんから差し入れが。写真は「洋風ネギぬた」、とも言える雰囲気。とても美味しかった。和洋中、どの料理にも合う味。メインディッシュの付け合わせに、アペラティフの肴として、お腹がすいた時にそのままもイケました(^^)/.
チキンブイヨンで数分煮たネギをソースにつけ込むのだとか。ソースはオリーブオイルとビネガー、それにマスタードシード、コショウ。是非お試しを。

夫の渡米中、私も東京行きが重なり、Yさんには我が家の犬猫たちのエサやりもお願いすることに。快く引き受けてくださったYさんには本当に感謝である。
「遠くの親戚より近くの他人」という言葉があるが、この意味合い程度でははなはだ失礼な気がする。言い換えるなら、「親戚よりも親しい友達」(私の場合、親戚は遠くても近くてもあまり変わらない気が)。且つ、近くにいて親しくしている友達は本当にありがたい存在。
改めて、「Yさん、本当にありがとうございました」。


アメリカのお土産は靴下。オオカミの遠吠え、とても気に入ってます。よく見ると、お子ちゃまサイズ(▼▼#) .