日本のゆくえ

癌の早期発見は誰のため?HappyHappyHappy

臓器転移後に見つけても手遅れ。だから癌は早期に発見して排除し、転移を防ぐことが一番だと言われる。この理論を常識と考えてきた私が出会った本『がん放置療法のすすめ』(2012年)。全く真逆をいくような理論だ。

著者は近藤誠医師。”早期発見理論”の中心にいそうな放射線科の医師である彼が、癌学会を敵に回すようなことをやっている。近藤氏を知ったきっかけは、この3月、乳癌で亡くなった渡辺容子さんの新聞記事。享年58歳。彼女が実行した治療法がまさに「がん放置」。私の周囲でも親しい女性たちが乳癌に罹患している。私にも起き得ることでもあるため興味がわき、彼女が著した『乳がん/後悔しない治療/よりよく生きるための選択』を購入した。

たった5ミリのしこりを乳房に見つけた渡辺さん。一般的には1センチを早期発見というのだから驚異的な指の感覚の持ち主と言える。近藤医師の元を訪れ、その後しこりをそのまま”放置”すること6年。しこりが4センチほどになり、リンパ節転移が1センチになった時点で治療を開始した。

「えっ、何故放置?。放置療法を実践し本まで出版したのに、結局亡くなったのだから、やはり5ミリの時点で早期治療をすれば再発転移は防げたのでは?」。と、これが誰しもの感想なり異論であろう。

しかし、私たち素人は癌についてどこまで知っているだろう。いや、素人だけでなく、医師たちがその道のプロだと言い切れるのだろうか。新聞記事や広告チラシ、”癌の名医”や”癌は治る”といったノンフィクション本の類など、癌に関する情報はおびただしい。だが、近藤氏の著書の読後でそれらを考えてみると、癌の特徴についての説明が実は”不足”していることに気づく。癌は早期発見して治療さえすれば怖いものではないという結論に導き、我々素人を安心させているが、肝心なエッセンスが抜け落ちていることと、自分たちに都合の良いようにデータを使っていることに気づく。

さて、先の渡辺さん。こんなことを敢えて考えてみる。5ミリのしこり発見直後から治療を始めた場合と、実際に彼女が行った6年放置後からの治療。両者の死亡時期は同じになる。渡辺さんは二人存在しないので、実際には不可能な実験だが、こうなることを証明するデータはきちんとあるというのが近藤医師の理論。

癌の特徴を大雑把に説明する。癌細胞は正常な細胞が何らかの原因で傷ついたものであり、細胞1個の大きさは10ミクロン(100分の1ミリ)からスタート。細胞分裂は2倍2倍とネズミ算式に増え(倍になるまでの期間をダブリングタイムという)、1000倍ぐらいで1センチとなり、しこりとして認識できる大きさになる。PETやCT他最新の機械をもってしても癌が発見できるのは数ミリサイズから。早期発見と言われる1センチでの細胞数は10億個にも及ぶ。一番最初に癌化した10ミクロンの癌細胞を原発癌と言い、原発癌が増殖するどこかの時点で生じるのが転移癌であり、転移癌は原発癌がミクロンのサイズ時に発生する。転移癌は転移するという性質を備えたままで増え続け、それを止めることはない。従って、転移癌は基本的に治らない。

大きくなっていくダブリングタイムに個人差はあるが、原発癌や最発転移癌が出来た時期は計算できる。渡辺さんの場合も5ミリ(40歳の時)から4センチ(46歳の時)になったその差異で計算可能。彼女の著書によると、原発癌5ミリのしこりが10ミクロンで発生したのは、彼女が22歳の時(或いはもっと若い時)。4センチ時点で同時に確認されたリンパ節転移は1センチ。同様に計算すると転移癌は彼女が26歳の時(或いはもっと若い時)に発生。

だが、ここからが肝心。もしも医学の術を全て結集して彼女の再発転移癌除去に臨むなら、転移癌が発生する直前で阻止しなければならないことになる。だが、転移癌10ミクロンが発生したのは、原発癌が40ミクロンの時。最新技術をもってしても確認できない大きさ(小ささ)である。機械を使って転移型の癌細胞を見つけられないなら、血液検査や皮膚や粘膜検査など、何かの数値から転移癌を見つける方法を探求し生み出すしかない。だが、残念ながら医学はそこまで進歩していない。彼女の転移癌が発生した時点で原発癌細胞数はたったの64個だった。機械にも映らない微小サイズの癌細胞が転移癌細胞を生み出す。転移型は”転移”ということがあたかも宿命であるかのように、ヒトの身体が滅びるまで永久に転移を続けるという。1センチで既に10億個にも及ぶ細胞数。それを「早期発見おめでとうございます」と言って喜ぶが、見えないほど微小な中に備えた驚異的なパワーを持つ強敵はそうした医療をあざ笑っているだろう。

”2人の渡辺さんの死亡時期”を比較した場合、両者ともに同じであるという理論の中身がこれである。そうなると、どのような癌治療をしていくかが重要な要素となる。QOLというが、まさにその通りで、彼女もそれを選んだ。強く賢く生きた渡辺さんは、あちらでも逞しく生きていると信じる。

近藤氏の著書で驚かされたことの一つに「都合の良いデータの使い方」がある。例えば再発転移癌に”9割以上の効果”が認められた某薬を勧めれば患者は当然飛びつくだろう。結果、癌細胞が1センチ縮小し使わない場合より3ヶ月の延命を得た。だがその実態は、その薬による治療期間を7ヶ月とすると、嘔吐と下痢で7ヶ月間苦しみを味わい、それゆえ体重も激減して身体が衰弱し、残りの3ヶ月は寝たり起きたりで過ごす可能性が大。使わない場合は3ヶ月短命となるが、”7ヶ月間”は苦痛もないままで自分の好きな事をして過ごせる。レストランで美味しい食事をし、友達と旅行を楽しむことが可能となる。”癌放置療法”を実践した近藤氏の実際の患者で、亡くなる1週間前まで通院してきた例は少なくないという(杖を付き、弱々しい足取りかもしれないが)。ちなみに、この都合の良いデータ使いはあくまでもほんの一例であり、著書を読むと他にもたくさん例が載っている。

癌検診、健康診断、人間ドックにより、”早期発見”は著しく増大する。だがこれも違った視点から観てみるとこうなる。例えば、64歳で自覚症状が出て受診し、数センチの癌が見つかったとして、そこから治療をスタートし、癌の再発により77歳で亡くなった人がいるとする。一方、健康に留意する自身の考えや自治体からのススメによる40歳からの癌検診を毎年行うことで54歳で癌を”早期発見”し、医師から”おめでとう”と言われ、そこから抗癌剤や外科手術、放射線治療を始めるが、その後の再発により77歳で亡くなった人がいるとする。死亡年齢は同じだが、前者は治療スタートからたった”13年しか生きられなかった”人。後者は、マジメな癌検診による早期発見で”23年も生存できた”という人。都合の良いデータは、早期発見による”10年延命”を声高に話すだろう。早期発見のカラクリの一つである。早期イコール若い頃からの癌保険ということで、保険会社も儲かる仕組みと言えないだろうか。

アップル社を創立したスティーブ・ジョブズ氏。2003年、膵臓に見つかった原発癌の手術を拒んだ彼だが、その9ヶ月後の膵癌増大により手術を受けるも2008年に肝転移、2011年に亡くなった。後に彼は手術を拒んだことを悔やんだそうだ。だが、渡辺さんの例と同様で、最初に見つけた膵癌よりももっと早い時期に肝転移は発生していた。従って、2003年の原発癌をすぐに手術で除去したとしても、死亡時期が変わるわけではない。”拒んだ9ヶ月”は悔やむどころか、好きな事ができたと言えないだろうか。

癌治療については、ここでは書ききれないほど大切な事が他にもある。いくつかの癌を除けば抗癌剤は百害あって一利無し。病院や医師と製薬会社・医薬品メーカーとの利害関係。癌であるかどうかを決定する専門家の生体検査結果にはかなりばらつきがある。早期発見であればあるほどそれが本物の癌であったかどうかは不確か。英語の論文も読めない(読まない)医師たち。癌に対する外科手術偏重の日本。医療被爆量が世界平均の4倍、イギリスの8倍にも及ぶ日本。癌検診の無意味さ。早期発見の無意味さ。我々一般人を大上段から見下ろし、”先生”と呼ばれてしまう医師たちの”人間性”、などなど。

「早く見つかってよかったですね。まだ1センチあるかないかぐらいですよ。こうなったら早く退治してしまいましょう。そうすれば安心ですよ」と、医師たちは異口同音にそう放つ。そしてその後は、「今、すごく良く効く抗癌剤が出てるんですよ。あなたの場合、ホルモンがxZotK%%Unに加えて82$&3ysdGなので、データからもっと効果が出ているI6LUypzを試し、これまた効果が示されているxX#"'&%$をやって,*`ljBで様子を見て、c'&%"0)|)(}なり`*+D2!Lngyなりが見られないようならsrea98を行ってすぐに37gjp3idでいき、手術して取りましょう。この大きさで取ってしまえばデータ的にも延命効果が大ですので。よろしいですね」。こっちは「??????」で、「はい、よろしくお願いします」。理解できない専門用語が次々と出てくるとちんぷんかんぷんになる素人の我々。でも、時々「データ」やら「延命効果」が出てきて良さそうに思え、医師を信頼して任せることになる。

最近はきちんと言葉を噛み砕いて話す医師も増えたが、基本は同じ。つまり、我々素人が「癌の性質・本質」を知らなさ過ぎるし、医師たちの無知もあってのことだろうが、きちんと伝えきっていないことの方が多いように思う。徒弟制度のように、自分が師事するセンセの治療法を踏襲するため、医師たちはマニュアルに従って治療するだけだ。医師たちは立場的にも「無治療」はできないと思っている。早期発見で癌らしきものが見つかったにもかかわらず「様子を見ましょう」とは言えない。癌であるかどうかが定かでないにしても、”らしき”ものが見つかってしまえば、患者側も何かをして欲しいと思う。してくれなければ余計に不安にもなる。また、静かに息を引き取らせてあげる方が良いとどこかでわかっていても、最期の最期まで治療という努力をしているという”ポーズ”も医師側に必要なのだ。小走りに動きまわる看護士たち。患者に覆いかぶさるようにしながら何かを診る医師。時に額に汗し、息づかいも荒く真剣なまなざしの医師。そして「ご臨終です」と腕時計を見る医師。さめざめと泣いた後、「先生がよくしてくださったお陰で、あの人もここまで頑張れました。ありがとうございます」と頭を下げる患者の家族。この両者の心理構造も揺るぎない癌治療活動の根底を支えている。

まだまだ発展途上の医療であることを考えれば、近藤氏の理論はあくまでも一つの考えと言われるかもしれない。だが、どういうデータであるかをきちんと明示した上での解釈を行う近藤氏の著書は、素人の私でも理解できることが多い(きちんと理解するにはもう2〜3回読み返す必要があるが)。専門用語で誤摩化す医師たちとは一線を画する。アマゾンの中古で購入したものも含め、2500円程度の出費で8冊か9冊ほど購入できた。古いものは1994年出版、最新は2012年まであるが、90年代に書かれた本の内容も基本的に現在でも通るものばかり。皆さんにも是非お勧めしたい。

参考に:『治るがんと治らないがん ー医者が隠しているがん治療の現実ー』『患者よ、がんと闘うな』『患者と語るガンの再発・転移』『がん治療「常識」のウソ』『よくない治療 ダメな医者』他。

エスペラントと英語WinkingLaughHappy


エスペラントのシンボル旗・緑の星

ヨーロッパ言語、主にラテン語系を元にして作られた国際語、或いは国際補助語であるエスペラント語。国際語ならば当然国連の会議でも使われてもいいはず。だが、平和目的とも言える理由から生まれたこの言語は今や死滅状態。

エスペラント語に代わるのは、良くも悪くもやはり英語なのだろうか。約30の国際機関、約200の国際NGOが集結するスイスのジュネーブ。ここで開催される国連の会議。英語、中国語、フランス語、ロシア語、アラビア語、スペイン語を公用語と認める国連における作業言語は英語とフランス語。だが、内部ネットワークの情報はほとんどが英語。フランス語は無に等しい。

国連会議のひとつ、世界貿易機関閣僚会合。加盟する153カ国での作業言語は、英語、フランス語、スペイン語の3つ。だが閉幕直後に配布された文書は英語版。文案作りは英語でないと交渉にならないらしい。

多言語主義を採択し公用語を全て「平等」と位置づける国連だが、会議や交渉を進める中での多言語は非効率。結果として英語が選択される。英語が大手を振って歩くことを殊のほか嫌うフランスであっても、国際的な場での英語台頭には抗えないと見ているのだろう。

さて、国際舞台からドメスティックに戻り、日本における「英語」はどうか。今も尚、英語学習熱、語学産業真っ盛りの様子だ。つまり、とても国際舞台に打って出るほどの英語力は養われていないということになる。先月、イギリス人の友達が久しぶりに来日した。何年も日本で暮らしたことがある友人。英語を話せない日本人などはもう昔の話と思っていたようで、現状にはかなり呆れ返っていた。

マイクロソフトジャパンの元社長、成毛眞氏は『日本人の9割に英語はいらない』を著した。英語を必須とする日本人は限られた数だけであり、ほとんどの日本人は英語を修得しなくても生きて行けるのであり、英語熱は単に英語ビジネスのカモにされているのだ、というような警鐘本。確かに一面の真理をついている。

多分化主義の国際社会学を教える恩師は、ゼミの生徒には半年から1年ほど英語圏に留学させると言っていた。帰国子女でない限り、受験英語で入ってきた学生たちはレポートや論文を書くほどの英語力はない。そこで「可愛い子には旅をさせる」のだと。生徒たちは見違えるほど力をつけて帰国するという。

国連、成毛氏、イギリス人の友人、恩師、といったように、英語に関する見解はそれぞれの立場によって異なりを見せる。英語熱がいまだ醒めやらぬという日本における状況は、学校での英語学習方法に関する意見や異論が渦巻いている証拠なのだろう。

100歩譲るならば、文法も文字自体も英語とは異なる言語をもつ日本で、英語という異質な言葉を完璧に修得させるのは簡単な話ではない。英語不要という先の「9割」で幸せに暮らしていけるとわかっていても、いざ自分の子供が学校に入る時、英語ぐらいはどうにか話せるようになって欲しいと願う気持ちになるのも親心というもの。

逆に「1割」に入ることが幸せかというと、そうではないと、これまた理屈ではわかっているにもかかわらず、でも「1割」には経済的豊かさが約束されていそうな気がしていて、こちらの幸せの方が「9割」よりも良いはずだと、英語能力が幸せの尺度であると信じる面もありだろう。これも親心といえばそうだが、世の習い、或いは親の性。

庶民99%のための社会にHappyLaughHappy



ネット検索をしていてふと出会うブログ。興味を抱き時折読み入ることもある。

先日、知人のブログを偶然に見つけた。通訳会社を立ち上げるという。かなりマメにブログを更新している。こんなキャラだったかな、と思うほど面白い内容に驚く。この不況下、通訳会社も多々ある中、知人の挑戦を見守ってあげたいと思う。起業後は繁忙を極め、更新もままならないことがあるかもしれないが、ブログも頑張って続けてもらいたいと思う。

全く知らない人のブログにも出会うのがネット世界の妙。一過性の読みにとどまることもあれば、時にはブックマーック入りもある。

そして時々、「現在」が心配になるブログも登場する。ご主人がリストラに見舞われ、一念発起した奥さんが家で教室を開くことにした。開講から半年ほどはブログの更新もマメだったが、その後はぷっつり。この1年半は全く更新なし。見知らぬ人のブログの中断はとても気になる。どうしているのだろう?。元気で暮らしていると信じたい。

アメリカ全土を巻き込んだ「99%運動」。最たる悪であるウオール街を占拠。怒りの矛先は、富のほとんどを所有する1%の富裕層(大富豪)たち。そして財政破綻したギリシャ、ヨーロッパの経済危機。昨年の3.11や原発事故の影響もあり、日本の経済も低迷が続く。

そこに信用格付け会社が怒鳴り込み、先進国に格下げを言い渡す。だが、格付け会社とは何か?彼らは「大株主」のシモベ。単位が国であれ企業であれ、どこが、「オイシイ」かを伝えるメッセンジャー。国も企業も戦々恐々とし、天を仰ぐが如しに「ご意見」を拝聴する。

「公」ではなく「私」である格付け会社と同様に、証券取引所も株式会社を名乗るれっきとした私的カンパニーである。警視庁や国会のニュースと同様に株価ニュースが放送されるためか、公的なイメージがつきまとう。

極論するならば、我々99%の庶民は、1%の人たちのニュースを見ていることになる。経団連や大手企業の会見に耳を澄ませてみると、必ずといっていいぐらいに「株主の皆様のために」が出てくる。本音は「大株主の」だろう。消費財を扱う企業のトップなら、本当は「消費者の皆様に」という文言があるべきだが。その消費者とは我々99%のこと。

日本も「1%が99%を」というアメリカの状況に近づきつつあることに懸念を感じる。時代劇定番の「悪代官」と「越後屋」。巧い汁を吸う関係。ここで葵の御紋が登場すべきだが、日本の政治はかなりお粗末。落胆の民主党野田政権、目的は政権奪還であり国を治めることではない野党自民党。

先のブロガー。彼らは間違いなく99%。サービス業であれ肉体労働であれ、労働を提供して賃金を得る99%の人々が報われる社会になるべきだ。高級ソファーに腰深く座って足を組み、電話一本、キーボードひと叩きで大金を移動させ、マネーゲームで巨万の富を得る1%が肥え太る社会であってはいけない。そして、庶民99%のための世の中を作るのが政治家のはずだ。

余談だが「富裕層」の定義を考えさせられた話をひとつ。友人の中で「一番の富豪」と思われる人がいる。一億円から受け付けるという外資銀行の個人投資家向け口座があるそうだ。9千万円強は持っていたらしい友人はさっそく電話をかけた。一億円は下回るがほんの数百万円の差。歓迎の言葉を期待していた友人。だが、電話の向こうから聞こえたのは「残念ですが一億円以上となっていますので」という声。がちゃっと切られた電話。友人はめちゃくちゃプライドを傷つけられ、また消え入りたいほど恥ずかしい思いをしたという。常々、友人を99%に入れるのはどうかと思ってきていたのだが、1%に含まれていない事実ははっきりした(笑)。

前首相、お疲れ様HappyWinkingLaugh

お坊ちゃま首相からバトンタッチするも、津波、福島原発のダブルパンチ。正直言って貧乏くじだった菅直人前首相。在任中の風当たりのスゴさったら、まぁそりゃあすごいもの。議員だけでなく、市民の側からまでも、居座るな、早く辞任を、など、言いたい放題の世論。

そんな菅直人氏を応援していた私はかなり少数派かと思っていたら、作家の池澤夏樹氏が新聞紙上でエール。「ぎりぎりまで居座ればいい」という大きな見出し付き。ほぅ、同じような思いの人はいるにはいるのだと感じ入る。1978年に既に福島原発廃止を唱えていたという管氏。その主張は終始一貫して変わらなかった。脱原発の人、市民運動上がりの人。そんな人物が国会のトップに立つのはそもそも無理があったのかもしれない。東電マネー、原発マネーにどっぷりという魑魅魍魎の面々ばかりの国会。多勢に無勢を通り越し、孤軍奮闘で臨んだ首相の仕事。数の論理が優先される中、妥協に次ぐ妥協を強いられていただろうと思う。

とにかくお疲れさま、と言って差し上げたい。でも、今後も脇から背後から、市民運動の人らしく、初心を貫いて欲しいと願う。しばらくはバケーションでも楽しんだらどうですか。You deserve it!

切っても切れない仲、センセイたちと東電Foot in MouthEmbarrassedSad

原発推進に対するアンチテーゼ的な深い意味を持つに至った世界的な言葉「フクシマ」。未来的電力供給においては、まだ原発事故の無い欧州の方が「脱原発」への意向を固め、原発事故の余波に多くの人々が翻弄され続けている日本の方が何故か「原発維持」を掲げる。昨日のブログの主旨である。

さて、そうした中、国会では「菅降ろし」に血道を上げるセンセイ方が盛んに動いている。辞任の時期が争点となり、ペテン呼ばわりする鳩山氏、終始シカトを決め込んでいるかのような小沢氏など、内部分裂も顕著だ。

菅首相の物足りなさ、リーダーシップの無さを感じる人は多いだろう。ニュース報道を見ていても確かにそのように見えることが多い。且つて、婦人参政権運動を主導した市川房枝(故人)を担ぎ上げ、彼女の事務局長として活躍した市民運動上がりの菅直人氏を知る私には、あの頃の立て板に水の如く小気味よいスピーチを投げ、聴衆の心をがっちり掴んだ頃の菅氏と今の菅氏が同一人物だとは到底思えないぐらいだ。これでは誰が首相になっても変わらないと非難されても仕方がないだろう。当時の歯切れの良い言葉はどこへ行ってしまったのだろう。

だが、である。良き時代の姿は見る影も無し、という誹りは免れないとしても、浜岡原発停止はやはり菅氏でなくては出来ないことではなかっただろうか。実際、菅降ろしが民主党内で顕著になったのも浜岡原発停止宣言の後である。財界の中心を担う東電、東電ベッタリの経済産業省、自民党中心の長期政権による権力図、この鋼鉄のトライアングル構造こそが原発維持を可能とさせた証拠だと思う。自民党を離れたとはいえ、小沢氏も鳩山氏もそこにいた。福島で原発を推進してきた渡部恒三氏、電力業界との縁が深い小沢氏が合同で誕生会を開催したと漏れ聞く。民主党内には元自民党が多く、また電力業界と縁の深い議員は少なくないのだ。そんな中に全く自民党色の無い、市民運動出身の菅直人氏が合流しても、明らかに民主党は”野合”与党政権である。そして、浜岡原発停止はその市民運動上がりの菅氏であったからこそできた技であり、鳩山氏や小沢氏、渡部氏が首相の座にいたならば、あり得ない決断だっただろう。

原発推進に関しては自民党はもっとあからさまな感じだ。不信任決議案提出の際に自民党の谷垣総裁は、「原発をめぐる首相の言動が念頭にあったことは間違いない」と明言する。また石原幹事長は、「日本の電力の3割が原発によって賄われているのに、科学的検証もないままやみくもに原発を止めた」と非難する。そう、自民党の菅降ろしは原発ストップが原因だと告白しているのである。

そしてマスコミ。昨日のブログで示したように、脱原発的報道も適度には流すだろうが、「現状維持」が大衆の心理となるよう”調整”はしているだろうと推測する。なにせ年間2,000億円の広告宣伝費。群がるマスコミ各局が見えるようだ。フジテレビ、産經新聞、ニッポン放送を傘下に置くフジは、元東電社長の南直哉氏を今も監査役に置いている。2002年の原発事故の情報隠しで東電を辞任した南氏だが、そうした不祥事があった人物であっても尚「留任」させているのだ。彼を置いておくこと自体がオイシイ何かを運んでくれるのだろう。

先の鋼鉄のトライアングルには、本来は正義の剣士として権力のお目付役とならねばならないはずのマスコミまでが加担している構造。鋼鉄の四角形か。これでは脱原発論者が顔を出すことは難しい。

以前このブログでも紹介したように、原発による電力供給がなくとも日本はやっていけるという試算がある。火力と水力の電力総容量で需要を賄えるのだ。原発は国策だったため、風力と水力の一部を原発に移行させたというのが実情だ。そして火力、水力、原発がそれぞれ三分の一ずつになった。国策としての原発は上述したような鋼鉄のトライアングル(マスコミも含めた四角)構造の上に成立している。このことが意味するのは、そう簡単に原発から自然エネルギーへとはいかないということ。センセイたち、マスコミたちが伝える自然エネルギー方針は、火力の一部を、或いは水力の一部を自然エネルギーということがメインだろう。或いは脱原発議論の矛先を巧みにかわすために、原発のほんの一部だけを自然エネルギーにという戦略はあるかもしれない。だが決して「ゼロ原発」ではないだろう。

温暖化ガス問題で形勢が悪い火力発電、水という自然資源の枯渇(浪費)という点で風向きが悪い水力発電。国会のセンセイたちもマスコミも、原発反対に対しこのネガティブ要素を突きつけてくる。そして原発はエコだと結ぶ。脱原発を突きつけようとすると、先のネガティブ要素ばかりにスポットを当てる。そして、原発ストップがイコール経済低迷や消費税アップになるかのような雰囲気まで醸し出す。昨日の繰り返しだが、誰も電力供給のストップを望んではいない。だが、マスコミにマイクを向けられた工場主なら「機械を止めると生産性が悪くなって」となり、暑い中で町を歩く人なら「夏に計画停電はしんどいすよ」となるのは当たり前。すると、原発がないと電力は足りないのだ、という誤った認識が人々の脳裏に焼きつく。

火力と水力を反エコのように扱うが、匂いも色もない悪魔の空気である放射線を放つ原発のどこがエコだというのだろう。原発を自然エネルギー発電に切り替えていく期間中は、一時的に反エコになろうとも火力と水力で賄う。しかし、欧州のように経済も上昇し温暖化ガスもすぐに減っていくというような試算。こうしたシミュレーションは大学教授を中心とした良識ある科学者たち(東電お抱え教授ではなく)が様々な所で発表している。だが、真のジャーナリズム雑誌やYouTubeなどでこうした人たちのことを垣間みることはあっても、マスコミは登場させようとはしない。そして総括的に最後に残る大衆の心理としては昨日書いたような、『原発はイヤだけど、福島原発事故のようなことはもうさすがに起きないのでは。今回の事故を機に電力会社も安全対策に最善を尽くすだろうし。今、一気に全部の原発を止めるほどのことはないと思う』となるのだろう。

私はもう53歳。大きな事故や大病を患わなければ、あと30年から40年。長いといえば長いが、今回のフクシマによる病気で苦しむことはほとんど考えられない。子供もいないので我が子や孫の未来を憂うこともない。だが、10代、20代の若者たち、幼い子供子たち、そんな彼ら彼女らは次の世代を産み育み、両親になり祖父母になる。この時のスパンは今後100年、150年以上を考えなくてはならない。今後の原発政策はそうした若い人たちに大きな影響を及ぼす。今の若者たちが大人になり中年になる、今の子供達が親になる、またその後に産まれる人たちがいる。そこまでの時代を考えるべきだ。今後の主役はそうした人たちであるにもかかわらず、原発を牛耳るのは国会にいるオジサン(オバサン)たち、オジイサン(オバアサンはあまりいないか)たちだ。私と同様で死因がフクシマとなることは到底考えられない年寄りたちが、自分たちの私利私欲のために原発を動かしている。後世に何を残すのかではなく、今何が自分にとってオイシイか、が大切なのだ。

今、もしあなたが、本来的には「主役」となるはずの人たちの「両親」、あるいは「祖父母」の立場であるなら、後世に何を残すかをしっかりと考えて欲しい。そして若い人たちには事の本質を見抜く力を身につけて行って欲しいと、心から、心から思い、願う。

フクシマ、悪は「政治」か「国民性」かSadFoot in MouthEmbarrassed

福島県を超え、日本という国を超え、もはや世界的に重要な意味を持つことになった複合的名詞「フクシマ」。このフクシマをめぐり、世界では脱原発論議が交わされている。2022年までに原発全廃を決めたドイツ。1990年代に既に脱原発を実行に移しているスウェーデン。風力発電を重視するデンマークは、2050年までに化石燃料から脱却し自然エネルギーへ切り替える方針を打ち出した。

まだ原発事故が起きていない国々が脱原発なり自然エネルギー切り替えという英断を行う。一方、原発事故が起きた当事国の日本はいまだにグレーゾーン。原発廃止にしていく方針かどうかを取材した際、原発立地の都道府県首長の中で「廃止」を明言した者はいない。しばらくは原発に頼ったとしても未来的には「廃止が望ましい」と唱えた者もいない。菅首相の一声で停止となった浜岡原発だが、地元の人のインタビューを見ると、首相の停止命令を英断と捉えている様子はあまりない。諸外国と日本におけるこの危機意識に疑問を感じるのは私だけだろうか。

誰もが言う、「経済が低迷するのは困る」とか、「電気が供給されないと困る」という判で押したような意見。確かに皆困ることだ。だが、絶対に返ってくるであろう当然の回答のためにいちいち取材する必要があるのだろうか。必要なのはその上で何を選択するかである。でないと、未来への方向が定まらない。

原発全廃決定のドイツ。中道右派のメルケル政権は元々原発維持側だった。だが、フクシマの後、世論が一気に脱原発に傾いた。脱原発を推進する緑の党が躍進。政権を奪われまいとするメルケル氏が緑の党を封じ込めるためにとった戦略である。つまり、100歩譲るなら、政治の道具(票集め)となる原発という点ではドイツも日本も同じだと言えるかもしれない。

そうなると違うのは世論なのか。経済低迷はノー、電気供給無しはノー、計画停電もノー、という街頭の声、企業の声。こうした声が中心になってしまうと、次のような大衆心理が産まれる。『原発はイヤだけど、福島原発事故のようなことはもうさすがに起きないのでは。今回の事故を機に電力会社も安全対策に最善を尽くすだろうし。今、一気に全部の原発を止めるほどのことはないと思う』。

こうした人々は、かつて無い犠牲を今も尚支払続けている事実をどう感じているのか。「フクシマ」が私たちに突きつける事実。それは、暮らしている地から引き離された人々。また今後何十年もその地に帰れないであろう人々。一次帰宅の際に目にしたのは、牛や馬、ペットの犬や猫がやせ細り、変わり果てた姿で餓死している場面。福島県民だけではない。野菜が売れない、魚が売れないと、風評被害に泣く福島以外の県民。また、日本への旅行者が減り、日本から去って行く外国の人々、また日本産の農作物が敬遠され、日本自体も世界的な風評被害に遭っている。でも、フクシマが起きる事はないと言うのだろうか。

日本にも脱原発を訴える声はあり、そうした報道も少なからずなされているはずだ。にもかかわらず、政治家のセンセイたちが脱原発に向かわないのは、日本の世論の動きが必ずしも脱原発ではないからなのか。日本人の国民性と言われる、「お茶濁し」的側面のためだろうか。事を荒立てずにうやむやにする気質が、原発事故ですらも「まぁまぁ、脱原発まで極論にしなくても」というような雰囲気を醸し出しているのだろうか。

或いは、マスコミ操作が巧いのか。年間2,000億円と言われる電力会社の広告宣伝費はオイシイ。だが、現状維持ばかり報道するのは見え見えだから、適度に原発反対の論客を登場させる。だが総括としては脱原発にならないように”調整”する。経済低迷や酷暑の夏の計画停電などネガティブ要素を臭わすことにより、人々の心に原発維持が浮上してくる。それが”調整”の効果。果たしてそうなのかどうか。マスコミの戦略を見透し、「おっとっと、それはくわなの焼き蛤ですゾ」と言える日本人はどのぐらいいるのだろう。

脱原発で経済低迷を余儀なくされるのはドイツも同じである。だが何故、世論の脱原発が勢いづくのだろう。政治、マスコミ、日本人の国民性、果たして何がニワトリで何がタマゴなのか。

だが、本当に”低迷”するのか。自然エネルギー政策の甲斐があってか、デンマークのエネルギー消費は80年代以来横ばいだった。一方の経済は着実に拡大した。スウェーデンに至っては、90年から17年間の温暖化ガス排出量は9%減り、逆に経済はこの期間で5割ほど拡大した。同期間の日本はというと、経済は3割弱の拡大、温暖化ガス排出量は9%も増えたという。

人がつくったものにもかかわらず、人が制御できないようなもの、そもそもそうしたものに頼って生きて行く必要があるのか。最も基本のところに立ち返って考えるべきだと痛感する。

原発、停止と廃炉は別ものFoot in MouthSadEmbarrassed

原発事故を「怒る」気持ちがあるからといって原発「反対」とは限らない。そうした主旨を書いたのは前回。

そして、首相は浜岡原発停止命令を要請。87%の確率で起きるとされる東海沖地震。東海から東京が大惨事となることは火を見るより明らか。

英断であると思う。だが、これは原発の「停止」であり「廃炉」ではない。津波対策の防波堤が2〜3年後に新設するまで止めるということだ。

停止は浜岡原発のみで、その他は運転継続。停止を浜岡原発だけとした理由は、「原発立地の各都道府県や経済界の動揺を抑える」ためと言う。「脱原発」という方向に行かない日本の理由がここに現れている。いかに原発推進(維持)側が巨大な力を保っていることか。

そしてはやくも自民党の原発推進派が「原発を守るため」のエネルギー政策合同会議を発足させた。福島原発事故が完全に収束に向かっているとは言い難いこの時期にだ。命がけで冷却作業に従事する人たちがおり、またその担い手不足が深刻化しているこの時にである。人材確保はかなり苦境に陥っている様子だ。大阪の職業紹介所経由で10tトラック運転手募集に応募した男性が、本来の任地である宮城から移動を命じられた。連れて行かれたのはなんと福島原発。しかも運転手ではなく事故後の冷却作業を命じられたそうだ。

この合同会議の幹部には、元経済産業相、旧通産相、東電の元副社長などが名を連ねる。なんとも「きな臭い」メンバーだが、「当然」の人事でもあろう。自民党の谷垣総裁も安定的な電力供給のために原発は必要と考えている様子だ。そもそも原発政策を国策として押し進めたのは自民党なのだから、今さら「廃炉」を唱えるわけにはいかないのだろう。原発にノーを突きつける事は自民党の負けを認めることにもなるからだ。

また、この合同会議は、自然エネルギーで賄うという論調に関し無責任だと言い、現実問題として原子力エネルギーをなくすわけにはいかないと話す。

確かに、自然エネルギーに関してはきちんとしたシミュレーションがなされているのかどうか、我々素人にはわからない点が多い。だが、原発推進派は「御用学者」ばかりを囲い、自分たちに都合の良いデータを発表するが、脱原発方向のエネルギー政策を唱える学者や有識者たちと話し合うことがない。この際、両者がしっかりと膝を突き合わせて話し合う場を設けていくべきだ。それを国民に向けて伝えるべきだ。政治家がよく使う「信を問う」。本当に原発が必要なら、原発反対派との議論を深め、国民に信を問うべきではないか。

また、脱原発は必ずしも自然エネルギーだけではない。もちろん自然エネルギーだけで日本の電力を賄うという計算をした有識者もいるようだ。だが、火力、水力も引き続き頼れば良い。火力を言うとすぐに二酸化炭素排出問題が問われる。だが、二酸化炭素排出量がもっとも多いのはアメリカや中国などであり、先進国の中でも日本は決して高い方ではない。また原発事故と引き換えになる話だろうか。また、二酸化炭素排出量を抑えるための技術も進んできているはずであり、脱原発の号令があれば、その技術ももっと進歩するはずだ。以前このブログで示したように、現在日本にある
火力と水力の総力があれば、そもそも今この時点で原発を止めることが可能なのだ。

先の英断。浜岡原発停止。期間限定ではあるが、もしも自民党与党政権だったら起こりえただろうか。

事故への怒りと原発反対は別ものSadFoot in MouthEmbarrassed


全国原発マップ(Google Mapより)

ある日のニュース。記者のインタビューに答える30代位とおぼしき女性は後ろ姿でカメラに写っていた。「東京(関東)に供給する電力のためにこんな目に遭っているのだということを、東京の人たちには覚えておいて欲しい」。福島原発問題で避難生活を強いられた女性の訴え。この報道を見た東京他の関東人は慚愧に堪えない思いだろう。「東京(関東)のために福島が犠牲に」という彼女の発言はあまりにももっともであり、申し訳ないやら情けないやら、弁解の余地無しといった様だ。

関東のための福島原発なのだからと責任を痛感し、関東人が福島人に頭を下げ、事態が早く収束するように祈り、救援物資や義援金に心身を注ぐ。そして福島に頭を下げた関東人は、東電や政府に怒りの矛先を向ける。これを受け、東電や政府は国民に頭を下げる。東電と政府。悪人探しが終結。

だが、事はそんなに単純だろうか。原発問題は謝罪合戦ではなく、もう一つの大きな側面があり、そこに目を向けねばならないと感じる。

それは、「原発を受け入れた福島県」という事実。戦後、若者を地域に根付かせる地盤産業も無く、低い住民所得ゆえに出稼ぎも多かった福島県海岸沿いの地域、「浜通り」地区。東西に長い(横長の)福島県。県経済の中心は東北新幹線が走る中央から西側(内陸側)で、「中通り」地区と「会津」地区。交通の便が悪い「浜通り」地区は企業誘致活動に頓挫を来していた。そこに、火力・水力だけでなく原発も、という国策。そして福島県は原発誘致に向かう。双葉郡の8町村が誘致を推進。国と県、両者の利害が一致した歴史的瞬間。1961年、同郡の大熊町と双葉町が誘致を決議。そして1971年、福島第一原発は両町をまたぐ格好で建設され、運転を開始。

果たして地域活性化は行われたのか。もしも今回の原発事故が起きなかったなら、浜通り地区は今も今後も、地域の若者に魅力ある地域として存在し続けただろうか。

原発マネーはハコものマネーだと非難する論調がある。原発一機の着工から運転開始までは約5年。福島第一原発は1号機から6号機。最初の着工は1967年。最後の6号機の運転開始は1979年。”最初”から”最後”の期間は「12年」。つまり、ハコもの”土建”利益は12年。そして1991年、双葉町は東京電力に第一原発の増設を要請した。読んだ記事によると、ハコものの維持管理費が財政を圧迫したため、再び原発マネーに期待を寄せたと言われている。

またこうした事実もある。ハコものは発電所だけに止まらず、推進の各町村は豪華な役場を建設し、公共施設も次々と建てた。小さな自治体の大熊町の自主財源は100%。公共料金が安く、全学校に冷暖房設備が整っている。医療費は高校まで無料。「東電マネーだからこそなし得た技だ」。非難側はこう論陣を張る。

そして今回の事故では原発に対する立場の違いで地域に亀裂も生じた。推進側の双葉郡8町村と反対側の南相馬市。原発事故後の知事への陳情に双葉郡8町村は一致団結したが、南相馬市には声がかからなかった。双葉郡8町村全人口と互角の南相馬市。同市の避難者は5万人にも及んだ。インフラのストップや物資が届かない問題など、犠牲者である事実は同等だ。東電マネー側と原発反対によって二分された自治体という構図。

事は福島県だけではない。原発を抱える福井県敦賀市。4月24日、原発事故後という絶妙なタイミングで市議選と市長選が行われた。だが、市議選では「脱原発」の演説は煙たがられ、握手も拒まれた。また、市長選の全候補者が唱えたのは「原発との共存」。敦賀市は別名「原発銀座」とも呼ばれるぐらいに原発や原発関連施設が豊富だ。福島原発の事故がイコール原発にノーを突きつける、とはいかない構造なのか。

原発立地の都道府県は12。インタビューの結果を見ると、原発を「廃止」と唱える知事はゼロ。別の発電方法へ完全に切り替えるいう回答もゼロ。原発を運転しながら安全性に関する対策は強化し、一方で太陽光エネルギーなどを模索することを伝える知事はいても、常にそれは「原発と共存」が大前提なのだ。しばらくは原発に依存したとしても、方向性として「原発廃止」という、歯切れの良い回答が全くないのだ。地震のない(ほとんどない?)ドイツが「廃止」を前提としたエネルギー国策を発表する中、地震大国で原発リスクの高い日本の各首長の方が、何故か言葉を濁している。

一方、原発誘致に揺れる県もある。宮崎県串間市。地域経済衰退を憂う同市の原発推進派は、その突破口として原発建設に期待を寄せた。推進派と反対派が侃々諤々の論を展開していたが、1997年にいったん白紙撤回。だが、原発住民投票を公約にした市長が昨年に当選。4月10日に控えていた住民投票だったが、福島原発により見送りとなった。推進派には最悪のタイミング。見送りの理由は、このタイミングでは負けるからであり、単に様子見なのだろうか。

建設中の原発運転開始を2018年に目指す山口県上関町。推進派と反対派の争いは既に30年の時を経た。既に建設中の原発だが、反対運動で1年3ヶ月も中断に追い込まれたことがある。そして今回の福島原発。推進派は声高に建設を唱えることはしない。だが、既に建設中となった原発である。事態が収まるのをただ待っているだけかもしれない。原発を”手放す”覚悟に到達する保証は無い。

冒頭のニュースの女性に戻ろう。彼女にはこう伝えたい。このような未曾有の惨劇に遭っていても尚、原発廃止を唱える首長はいない。今すぐに廃止は無理であっても、せめて方向性として廃止を提言する首長もいない。これが日本の現実。原発による地域経済活性化というお題目。結果はハコものマネー依存と連鎖。福島第一原発もそうした中にあった。

原発推進派の石原慎太郎氏が東京都知事選で4選を果たした。石原氏は以前、日本原子力産業会議で「東京湾に原発を作る」と言っていたそうだ。立候補者の様子を見て自分に有利だと感じたら立候補する、という”後出しじゃんけん”の名で伝えられる石原氏。今回の選挙もそう報道された。私が知る限り東京の友達は誰一人として石原氏に投票していないのだが、結果は当選。原発推進派以外の彼の手腕が都民に認められたのか。過去のこととはいえ「東京湾原発」発言をひた隠しにして、原発事故による東電批判の演説を宣い続けたのか。だが、原発事故に抗議する立場を見せていたとしても、先の首長たち同様、いやそれ以上に本音は隠し、事態の収束が見え始めた段階で原発存続というような、”後出しじゃんけん”を見せるやもしれない。

東京湾原発建設はさすがに不可能だろう。だが、大所帯の東京や関東全体が考慮すべきは静岡県の浜岡原発。「3.11」後、地殻が数十メートルにわたって動き、その余波で今後の地震予測も塗り替えられた。元々注意が喚起されている東海沖地震。今回の地震後、東海から横浜、東京湾あたりまでは、震源の深さ30キロ未満の地震が増えると発表された。つまり、震源地が地面に近いということ。遠い場所で起きるよりも近くで起きるM8やM9レベルの大地震を想像しよう。そして地震帯の真上にあると言われる浜岡原発。電力の14%しか頼っていない浜岡原発のために爆発が起きることを想像してみよう。爆発ということになったら、間違いなく東京は壊滅状態になる。

町議、村議、市議、県議、知事、参議、衆議、我々選挙民が「議員」を選ぶ機会。そして我々選挙民が持つ「一票」。2011年は統一地方選の年。原発に対する考えに一票を投じる機会でもある。微に入り細を穿ち、立候補者の言葉を”読んで”いきたい。

支援物資に参加と感謝HappyLaughHappy

震災後、今も尚16万人以上の被災者が避難生活をおくっている。「3.11」の翌週には信頼できる団体から義援金を送った。その後もレストランやショップに設置された義援金箱を見かけた場合は心がけて参加してきた。

残るは支援物資の参加、と思っていたところ、白子町でレストラン
カフェ・フューシャを経営するオーナーが動いてくれた。ブログを通じて声をかけ、レストランを無料で提供し、支援者にお茶とデザートを振るまう。梱包と発送もまた手のかかる作業だ。ボランティア活動をオーガナイズするのは、頭で考えていても行動に移すことが難しいもの。この尊い活動に感謝したい。この場を借りて、「本当にありがとうございました」。


家の中の保存食を色々と探して見たが、賞味期限切れのものが多い。自分で食べる分にはいいのだが、支援物資にはちと?が。また、レトルト食品も家にはない(汗)。生活必需品関係も大した量はない。となれば、買い物!


車に積んでいざ出陣!


店には一番乗り。


とても美味しい中国茶とデザートをいただいた。
再度、ありがとうございました。

計画停電と東電の体質Foot in MouthEmbarrassedSad

福島原発問題に端を発した計画停電。東電によれば「数百万キロワットの不足」。この不足のため、大所帯の関東地方は5グループ(細分化され、25地区となっているが)に分けられ、停電地区のシミュレーションが日々行われている。役所や東電のウェブサイト、自治区域の有線放送など、今や一般市民にとっての計画停電チェックは、毎晩、毎朝の日課だろう。

そしてこの計画停電は、今年の夏はかなりシビアな状況になると予測されているそうだ。酷暑の夏に冷房切れのビルやアパートを想像すると、確かに恐ろしい。

しかし、本当にまだ必要なのだろうか。というのは、2003年のこと。原発の重大な欠陥隠蔽とデータ改竄が発覚し、原発を止めざるを得なくなった東京電力。止めた原発は、今日世界的に名が知れることとなった福島原発、そして柏崎刈羽原発。4月15日から止まった状態の原発は同年の夏も止まったままだった。だが、その真夏に停電は起きていない。

現在行われている計画停電はまるで「原発が無いと計画停電は続く」のであり、「電力不足は原発のストップによるもの」、というような印象を与えている。今回の地震では火力発電所にも被害が生じ、まだ復旧していない、或いは立ち上げが円滑に進んでいないという事実がある。だが、火力発電所の被害を今回の電力不足に結びつけている人はどのぐらいいるだろうか。多いとは言えないどころか、かなり少ないに違いない。

記者会見を逐一見ているわけではないが、2003年の事実に照らし合わせれば、火力発電所の復旧と同時に計画停電は終わる、という東電の会見はなされているのだろうか。

世論が原発のゆくえを案じ報道を見守る。その報道は原発問題と計画停電が同列かのように耳に入ってくる。マスコミは東電の原発事故処理を批判もするし、放射線漏れによる市民生活への影響なども報道する。そして同時にリストを読み上げるかのように計画停電をアナウンスする。市民生活に直結することであり、アナウンスせざるを得ない。すると、やはり原発問題と計画停電は同じ俎上にのぼり、両者だけが影響し合い、計画停電と火力発電所が見えなくなってくる。

”想定外”の津波、を繰り返す東電。だが、1号機から4号機までの非常用のディーゼル発動機が”低い位置”に設置されており、その全機が波にさらわれたのは、今回の津波が想定外だったのではなく、津波そのものが”想定”に入っていなかったのではないだろうか。だが、手厳しい世論を少しでもかわして逃げるには、常に災害を想定しているという姿勢を見せる”必要性”があったともいえる。また、東電がかけているであろう災害保険を考えると、保険金が降りるか降りないかは、かなり同社の経営にかかわる話だが、こういう側面もあるのではないか。

面白い記事を読んだ。今回の地震はマグニチュード8.4から始まったが、数回の変更後、最後は9.0になった。最初使われたのは「気象庁マグニチュード」。それが9.0の時点では専門家が使う「モーメント・マグニチュード」になったらしい。中部電力の浜岡原発は「気象庁マグニチュード」8.4に耐えられるというリポートがあり、そこから考えると、同じ8.4では”想定外”を使えない。もともと津波を想定すらしていないような東電が、実際に津波事故が起きた途端、今度は”想定外”を使って言い訳が通るようにしたのだと、そのリポートは伝えている。さもありなん、ではないか。

ちなみに、日本の電力、つまり「火力・水力・原子力」、この発電設備の電力容量を見ると、「火力・水力」の2つだけで総電力需用量を賄えるという。1965年からのデータを見ると、2001年が最大の電力ピークだったらしいが、その年ですら、火力と水力だけで賄える量だという。つまり、原発は使わなくとも問題はないということだ。

二酸化炭素を排出する火力発電はエコではないから原発。こうした図式で原発を推進してきた日本。だが、技術の進歩は火力発電の二酸化炭素排出を抑えてきていると聞く。しかし日本が取ってきた電力政策は、その技術をもっと推進させるのではなく、また太陽光発電や風力発電を優先させるのでもなく、とにかく電力は原発へ移行、という選択であった。

だが、原発推進は電力需要的な問題ではなく、政治的に問題があったのだろう。火力や水力よりも原子力発電所を活用する方向性は、40年以上も前の政権、自民党時代から綿々と受け継がれてきた国策である(あった)。原発推進は大手ゼネコン、政治家、官僚の懐を潤わせた。また天下りの裾野もかなり広げたと言われる。何故?答えは簡単。最近ニュースで耳にするようになった放射性物質の「半減期」。半減期が30年のセシウムで驚いたかもしれないが、核燃料に使用されるウランの半減期は数億年から数十億年。危険な物質であるため、原発は止めてもなお永遠に”管理”が必要になる。管理会社に天下ったならば、子や孫の代までも天下りをさせたいぐらいだろう。つぶす事の出来ない会社、倒産することのない会社に就職できたら生活は安泰なのだから。管理のための財政は、もちろん税金。原発は太陽光発電や風力発電よりもオイシイのだろう。

集団疎開を阻む遠慮SadSadEmbarrassed

*東京電力による計画停電のお知らせ
*いすみ市のウェブサイト

原発問題のある福島県、津波による被災問題がある宮城県や岩手県。両者では、集団疎開に関する住民意識が異なる。放射線漏れにより「現地に近寄れない」福島県、津波の沈静化とともに「現地に近寄りたい」宮城県や岩手県、という差である。

それでも宮城県や岩手県では集団疎開を推進する動きがあるが、避難所での集団生活を続けてきた中、その避難所から出ていくことに対し、人々の様々な思いが「賛成と反対」を大きく二分している。

まず、気兼ねや遠慮が疎開を阻む。自分だけが疎開することを申し訳なく思うのだ。避難生活では身体がもうもたない高齢者たち。また、自分自身は残って復興活動をと考えるが、子供の学校のことを考えるとそうは言っていられないと考える人。健康上の問題や学校の問題を抱える人たちは、最終的には疎開を選ばざるを得ないだろう。

だが、こんな遠慮もあるだろう。避難所の仲間を捨てて疎開などできないという強い意識である。安否不明の家族を探し続ける人もいる。夫が、妻が、親が、それぞれまだ見つかっていないのに、家族を置き去りにして自分だけが楽をすることなど考えられない、という人もいるだろう。また、仕事のことを考えると、まずはそこに残って活動をと考える人もいるだろう。避難所から一度出た人は受け入れないというシビアな方針を明確にしている自治組織もあるという。

現地に残り、そこで復興活動をすることが大切だと考える気持ちの中には、地域社会の分断や断絶を恐れる意識が働いているようだ。実際、阪神大震災の際には、こうした問題が生じたそうだ。高齢者などの弱者を優先的に仮設住宅に入居させたが、住み慣れた地域から離れた場所で近所付き合いもなくなり、病気への対応や介助も不足し、高齢者の孤立化が高まった。復興した後もその余波が残ったままだったという。

しかし、それでも集団疎開は進めるべきだと私は思う。県の職員らの説明が十分でなく、住民はそうしたことへの苛立を隠せないようだ。だが疎開の最大の目的は、「一刻も早い復興」であるはずだ。そのためには、身体的弱者らを安全なところに移動させ、子供たちを学校に通わせるなど、場所は違っても地域の人たちがなるべく「通常」の生活をおくること。それにより復旧作業も進め易くなる、ということだろうと思うのだが。

集団疎開する人、残って復旧作業にあたる人、両者がいてもいい。疎開に対し、気兼ねや遠慮で躊躇を招くのではなく、自由な選択ができる「雰囲気」づくりが必要な気がする。その上で地域社会の分断がないように、阪神大震災の教訓を活かすことはできないだろうか。

以前、公営住宅だけでなく民間アパートも避難民の受け入れをして欲しいと、このブログで書いた。地域社会の分断を避ける点では課題が残る。だが、地域コミュニティをサポートするNPO団体が震災後の阪神地域で活躍しており、その知識を借りて何かできないだろうか。

地域をどう区分するかにもよるが、町単位でいえば数千人が一単位になると推測できる。理想はその数千人が一つの建物で収容できることなのかもしれない。さいたまスーパーアリーナに移動した福島県の双葉町が良い例だ。だが、それが難しい場合は、どこか一つの町や市に全員が移動する。町、市の単位なら数千人の受け入れは問題がないように思うのだが。数千人をまた自治区単位でいくつかのグループに分け、公営住宅、民間アパート、一戸建てなどの空き家など、車で20分~30分圏内にまとまることができるよう、心がけて分散を避けるようにする。きちんと「新住民リスト」を作成し、リーダーや副リーダーなどを決めて組織化する。そして新住民同士が必ず行き交うことができるようなマップ作り、定期的会合を設ける。週に一度(数回?)、動ける人たちがバスで被災地に赴き、現地に残っている人たちとともに復興に携わる。被災地に残った人と離れた人が交流を持て、絆も深まる。また、元々そこに住む「旧住民」にも手伝ってもらい、一人暮らしの高齢者の見回りも行う。離れた地域で暮らしていても、地域住民同士の行き来があれば、復興後に地元に戻った際の団結心も高く、また高齢者の孤立も避けられるのではないだろうか。

ニュースから見える被災地の人々は、身体健康面よりも精神面での疲労困憊が感じられる。神経が張り詰めた形相の人もいた。現地に残る選択や必要性もあるだろうが、現地に残り続けることが「何か」を見えなくすることもある。離れた位置にいることが客観視を可能にし、別なる視点、新たな気持ちなどを生み出すこともある。何がベストの選択なのかはわからない。だが何よりも、心と身体を休めていただきたいと思った。

義援金の輪をHappyLaughWinking

*計画停電の詳細ブログ(身近なはずの自治体情報が充分でない場合に備え、しばらくは冒頭掲載)
いすみ市のウェブサイトによると、26日の今日、いすみ市は計画停電の区域から外れたとある。

レストラン、ショップ、会社内、人の集まる所は「義援金募金箱」の設置をお願いします。


被災地に向けた救援物資の運動、そして義援金運動が広がりを見せている。東京の友人は自らが現地入りしたケース。動きが迅速な彼女は震災後からすぐに救援物資を募り、自宅に宅配してもらっていた。そして数日前、宮城県支援のために現地入りした。原発を迂回し、東北道を通り、真夜中に現地に到着したそうだ。援助物資を下ろした後は津波被害の家の片付けに向かった。汗だく、泥だらけになりながらの作業だったが、物資のカップラーメンに深く感謝する避難民の姿を見ていると、もっともっと色々な支援を続けなくてはいけないと思ったそうだ。まだまだ現地では物資が必要であり、片付け作業も必要だと痛感したという。高速道路では警察からの特別車両許可をもらい、無料で通れたそうだ。ガソリンもどうにか入手でき、無事に帰宅したと連絡があった。

また、神奈川に住む友達夫婦の場合は、中心となって救援物資を集めている地域のボランティアグループに参加した。チャリティマーケットを近くの神社で開催。救援物資を受け付けた。物資は段ボール54個分にもなった。ヤマト運輸に支払う送料は、集まった募金で賄えたそうだ。友達夫婦にとって、実際に自分で動く支援活動は初めての経験だったそうだ。だが、「行動する」ことの感動があり、必要性を感じたという。帰宅後のビールはめちゃ美味しかったそうだ(笑)。

アメリカからは、女優のサンドラ・ブロックが100万ドルの寄付、歌手のグウェン・ステファニーも100万ドルの寄付。

東京、神奈川の友人のような行動的な支援を私は行っていない。まして、100万ドルをポーンと出せる身分でもない。でも私流には義援金をと考え、某団体を通じておくった。また、ディナーで出かけたお店で会計をする際に、義援金を”渡して”きた。その店にはまだ義援金箱はなかったのだが、店主が設置しようと考えているということだったので、先んじて手渡したのだが、「必ず設置してよね」という”脅し”の意味もある(笑)。

直接行動が苦手な人は、是非、義援金をお願いしたい。また、上記にあるように、ショップ、レストラン、会社など、人が集まるところに義援金箱を設置していただきたいと思う。善意の輪を広げたい。

のど元を過ぎても”原発”忘れずHappyFoot in MouthHappy

*計画停電の詳細ブログ(身近なはずの自治体情報が充分でない場合に備え、しばらくは冒頭掲載)
いすみ市のウェブサイトによると、本日3月24日、いすみ市は計画停電区域から外れた、とある。

福島原発の問題は、核燃料プールや炉心を冷却するための放水作業だけに止まらず、圏外であったはずの近隣の農業、東京の水源にまで及んだ。問題は通常より高い放射性物質が検出されたこと。「ただちに健康を害する事はない」、この「ただちに」に苛立を感じた人も多いだろう。ただちに、ではないなら、1年後は、3年後は、10年後には何かが起きるのか。また乳児は避けた方がいいというが、小学生児童ならいいのか、20代のリスクは、40代は、などなど。東電や政府のアナウンスの曖昧さに憤りを示す人は多い。

だが、信用ならないと疑心暗鬼を増幅させるのではなく、報道される内容を信じ、あまり神経質にならないよう心がけることも大切だと感じる。こうした不安は、たとえ科学的データを示して「安心ですよ」と伝えたとしても完全に不安が消えるものではない。経験したことのない不安の中では、人が合理的な結論に基づく行動を取るのは難しいものだ。

しかし、人は必ず何かを信じ、何かを選択し、そうして生きて行く動物である。近隣の小児科の医師を信頼しているなら、医師のアドバイス通りにしよう。このニュースキャスターを、この番組報道を、この新聞を、このサイトを、それぞれ信じるなら、その通りにしてみよう。多くの報道を比較し、咀嚼し、その上で判断するもありだろう。

朝日新聞の声欄の一つを紹介する。千葉県松戸市に住む76歳の男性。「自分の年齢を考えると、今後汚染された野菜を食べ続けても10〜15年。また癌にかかったとしても末期に至るまで何年もかかる。出荷停止の作物は購入できないから、せめて風評被害の農産物を購入し、何の落ち度もない農家を泣かせない道を選びたい」という。尊く心優しい一つの選択である。

「のど元過ぎれば熱さを忘れる」という諺がある。苦しいことも過ぎてしまえば簡単に忘れてしまうということの喩えだ。原発の問題に関して言えば、今はまだ「のどの途中」だろう。さすがに全てが沈静化してもすぐに忘れるという問題だとは思えない。だが、電気に依存する我々の生活という大きな側面を忘れてはいけない。経済を立て直すため、企業が工場が、家庭が、というようにあらゆる場所で、「目先の電気」を求める声が上がり続ける。計画停電を永遠に続けるというわけにはいかない。

福島第一原発が廃炉になることは間違いない。”安心”とともにその電力不足をどこで補うのか。不足している状況で、全国各地の原発を止めることはできず、まだまだ短期的には原発依存は続く。短期的とはどのぐらいの期間なのか、それもシミュレーションすべきだ。

長期的となると、これは多くの人が思う(願う)太陽光発電や風力発電などの代替エネルギーが登場することは間違いないだろう。日本は風力発電に適した国だというデータがあると聞く。進まなかった理由は原発推進派が勝利したからなのか?耕作放棄地も多い日本に太陽光パネルを設置したらどうかという提案もなされている。

だが、自然エネルギーだから「安全」だとは断言できない。風力発電の羽?が回転する際の独特の周波数音により、めまいや激しい頭痛などに見舞われ健康に害を及ぼした地域もあると聞く。

それでも原発と比較したら何兆万倍もの「安心感」がある自然エネルギー。設置計画の際にはこうした諸問題を回避できるようにプランニングしなくてはいけない。これまた「未経験」なことだからこそ、かなり長期計画にならざるを得ないように思う。

私が懸念するのは、その「長期間」における人々の感心度合いだ。長い間、原発が「問題もなく」動き続けると、人々の間から「2011.3.11」以降の恐怖の記憶が薄れて行く怖れがある。「長期間」の間には、政権が変わることもあるだろう。また、「長期間」の間には、自然エネルギーという理想のエネルギーであるにもかかわらず、企業や政治家の利権争い、進展しない設置地域に関する議論、こうしたことが起きるかもしれない。遅々として進まぬ自然エネルギー計画に業を煮やし、自然エネルギーですら利権争いなのかと呆れ返る人々が増えれば、その間ずーっと人々の電力需要を支えてきた原子力発電への不安は減少の一途を辿り、「まぁ、このままでもいいんじゃあないか」となるやもしれない。

それでもどうにか太陽光発電、風力発電は数カ所に設置されるかもしれない。だが、これらで全てを賄うことはできず、原発依存は引き続く。今のこの気持ち、つまり原発はノー、という強固な姿勢を長期的に貫かない限り、自然エネルギー(水力発電、火力発電も加えるべきか?)で賄う日本という図式は成立しない。果たして、原発をゼロにしたエネルギー計画は可能なのかという、基本のシミュレーションも必要だ。

そして地震大国日本。どこでまた大きな地震や津波が起きても不思議のない国。原発は全て海岸沿いにある。地震が起きないと言われる地域であっても、スマトラ沖の津波のように、遠い場所で起きた地震の余波が津波で現れることもあり得る。福島原発問題は想定外の津波が原因だった。自然災害を「想定」することは不可能だと知らされた気がする。

未来を考えると、原発依存を止めにしたいと願う気持ちから、まだまだ「のど元の途中」ではあるが、敢えてこの段階で原発認識をしておきたいと考えた。「ノー」を突きつけるモチベーションを維持するためにも。

東京圏一極集中の問題SadHappyEmbarrassed

*計画停電の詳細ブログ(身近なはずの自治体情報が充分でない場合に備え、しばらくは冒頭掲載)
いすみ市のウェブサイトによると、本日22日のいすみ市の計画停電は中止となった模様。

今回の原発問題により、スイス、フィンランドなどが大使館機能を東京都内から移転させている。移転先は大阪や広島など。一時的な移転、永遠の移転、両方があると漏れ聞く。大使館だけでなく、企業もまた東京から本店を移転させる動きがあるようだ。多くは外資系企業のようだが、日本企業にも動きがある。

個人的にはとてもよいことだと思う。そもそも、東京圏の一極集中自体がよくないと感じるからだ。

東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県の人口合計は約3,535万人。日本の人口の3割弱を占める。地図の赤い部分は、一都3県の中で人口密度が高いと思われる地域を勝手に囲ってみたもの。埼玉県も神奈川県も一部はそれほどの過密はない。また私が住む千葉県は面積こそ広いが、人口分布は南北格差でも存在するかのように極端である。通常、群馬県、栃木県、茨城県を含め、関東地方は一都6県で示されるが、そこまで範囲を広げるまでもなく、全人口の約3割弱はこの赤い部分で表せると思う。

皆さんはこれを見てどう思われるだろうか。国土全体からいえば3%程度の面積に人口の3割が暮らしているのである。少々異常な気がするのは私だけだろうか。

先進国の都市の中で人口密度が一番高いのは「東京圏」である。ニューヨークでもなく、ロンドン、パリでもない。また、先進国が首都を置く都市は、大都市圏とは限らない。アメリカ、ドイツなどがそうだ。イギリスのロンドン、フランスのパリ、というケースはあるが、どちらの都市も中心から少し離れればそれほど過密はないと聞く。

今回の震災は東北が中心だった。だが、主要なモノ、コトが集中する東京を中心とした第二の「関東大震災」が起きたらどうなるのだろう。耐震構造でない古いビルの倒壊は?耐震構造の新しいビルであったとしても、今回の津波のように”想定外”の地震という可能性は?火災は?帰宅難民は今回の比ではないだろう。いや、それよりも、インフラがダウンし、国の司令塔であるはずの国会、総理大臣、マスコミ、こうしたブレーンによる記者会見すら実現できず、全国民はごま塩模様のテレビ画面に見入り、シャーとなり続けるノイズに耳を傾ける。こんな状況に陥るかもしれない。

リスク分散、リスク管理、こうした観点からいうと、首都移転も考えてみる段階のように思う。

授業で学んだお手本のような国ドイツ(学んだ当時は西ドイツ)。ドイツの都市づくりは、都市圏を7〜8つに分け、そこに企業も均等に分散させた。必然的に人口も分散される。首都はボンで、ある意味ごく普通の都市。現在の人口を見ても、ブレーメン、デュッセルドルフ、ドルトムントなどは、60万人前後の人口で均等さを保っている。ミュンヘンの130万人、ケルンの99万人、東西ドイツ合併後に首都となったベルリンは343万人と多い。だが、もっとも多いベルリンの人口は、千葉県の半分強、東京都の3割にも満たない。人口密度に至っては東京23区の過密とはかなり差がある。

東電は保養所を避難民に開放すべきSadAngryHappy

*計画停電の詳細ブログ(身近なはずの自治体情報が充分でない場合に備え、しばらくは冒頭掲載)

福島原発問題のため、町ごと避難した双葉町。1,200人が大型バスで埼玉県の「さいたまスーパーアリーナ」へ。移動の模様、受け入れを感謝するシーンが映し出されていたが、アリーナでの受け入れは今月いっぱいだという。あと、たった10日だ。その後はどうなるのかを誰もが不安に感じているようだった。

ところで、東京電力は自社が保持する社員向け「保養所」を避難民の方々に開放しているのだろうか。そうしたニュースは聞かない。あの東電である。既に行っていたのなら、とっくに”宣伝”しているだろう。

さっそくグーグルで検索してみた。私と同様の思いをしている人も多く、「東電は保養所を開放せよ!」といった旨を訴えるサイトがずらーっと並んでいた(嬉)。

そして、気になる保養所関係。

神奈川県大磯町東小磯227。旧徳川義禮邸跡だということだ。2010年5月時点では使用されていないとある。


神奈川県鎌倉市由比ケ浜4-10-7。東京電力健康保険組合鎌倉荘。


新潟県柏崎刈羽発電所敷地内。東電社員用の豪華保養所「東友クラブ」と書いてある。原発敷地内ということで、避難民の方々の中には嫌悪を示す場合も想定できるが、そうでない人たちに提供すればよい。写真は、左上が和室、右上が会議室だそうだ。

また、今回の原発問題は、単に東京電力だけではなく、電力グループ8社全体の責任と考えて被災者の救援活動に加わるべきだ。豪華ホテル並の保養所、またグループ8社が持つ全国の健康保険組合関係の保養所、福利厚生施設は、かなり多数あるのではないだろうか。それらを全て避難民の方々に譲るべきではないか。


東京電力グループの事業が載ったサイト。気になる箇所を赤で印をつけた。484の”施設”の内、被災者たちに提供できるところもあるのでは。また、学生用賃貸マンションなるものを運営しているらしい。そこに空室はないのだろうか。これを電力グループ8社で考えたら、かなり多くの施設が”利用可能”なのではないか。

インターネット時代の良さは、こうした声を瞬時に表明できること。そしてこうした「正義の和」はすぐ広がりを見せる。豪華施設の存在はすぐさま暴露される。ビジュアルも訴求効果抜群だ。施設内の豪華な調度品や家具の写真が公表される。隠蔽体質の東電であっても、こうした事実は隠し立てできない。そしてこうしたネットの情報により、「非人間的企業」は一気にバッシングを受ける事になる。

東電の社長、副社長の会見を見たとき、彼らはこうした時代の潮流を理解していない様を如実に感じた。何故なら、彼らの答弁は全く謝罪しているように聞こえないからだ。敬語を使い、一見丁寧な言葉で話していても、肝心な謝罪の心が伝わってこない。計画停電に関して会見した副社長の物言いは、原発問題の責任を感じている雰囲気ではなく、しかも節電は市民の義務という強い口調であり(当然義務でもあるが)、節電に協力を求めるという姿勢ではなかった。

ニコニコ動画というサイトがある。NHKテレビを生放送で映し出している。パソコン上でテレビが見られるというわけだが、画面の横にコメントがライブで流れる。ツイッター式の短いコメント。東電社長、副社長の記者会見の際、コメント欄は怒りが爆発したかのように、東電トップへのバッシングで埋まった。「ちっとも謝っていないじゃん」「社長も副社長もクビだ」などなど。東電さん、少しは空気を読みましょう。

自治体は計画停電の詳細を報道してSadFoot in MouthHappy

もしかしたら多くの人たちが既に知っていることかもしれないが、未だという方のために計画停電についてお知らせしたい。というのも、いすみ市は計画停電上では第一グループに入っているが、計画停電になる区域はいすみ市内であっても分かれる。暮らしている側としてはその詳細こと知りたいところだが、防災無線でもいすみ市のウェブサイトでもそれらは明示されていないようだ。


まず、東京電力の該当ページへ。赤丸で囲ったところをクリックする。


まず、お勧めのグーグル。上記の地図が出る。赤い部分をクリックすると、送電所か何か、そのエリア名に属する地域名が出る。第一グループのいすみ市でも、計画停電外の区域もある。いすみ市管内でこの日の区域はかなり多いが、昨日のいすみ市計画停電区域は、岬町中原、岬町椎木、岬町和泉、この3箇所だけだった。赤い印は無いに等しかった。

*本日19日の計画停電は中止になっていることは付け加えておく。


次にPDFによる区域リスト表示。ここに先の、「送電所か何か」と思われる区域名が出てくる。ここまでリストアップされれば、自分が住んでいる区域がどのように計画停電に組み込まれているかを把握でき、危機管理もしやすい。昨日の話にちなんで言うならば、昨日のこのいすみ市のリストは3行で終わっていた。


最後にヤフー。左側にグループごとのボタンがあり、そこをクリックするのだが、いすみ市はひとくくりになってしまうため、グーグルのような詳細はわからない。だが、こちらも何らかの目安にはなる。

また、それぞれのグループをクリックしてみると、なるほどという当然のことに気づく。電力消費量が多いのは東京のベッドタウン。つまり、”自虐的”に言うところの「千葉都民」、「埼玉都民」と言われる地域。神奈川都民とは言わないようだが、こちらも入る。東京を中心としたドーナツ現象の都市部は東京のベッドタウン。たとえば人口の多い千葉市は複数のグループに属しているが、いすみ市は一つだけ。岬町だけでいえば人口は15,000人程度。昨今流行りの高層コンドミニアム(日本ではマンションと言うらしいが)一つに充分入りきる人口とも。人口密度の高い都市部を計画停電する方が電気量の確保は簡単。人口の少ない区域でももちろん電気量確保に役立つのは間違いない。やはり痛みは等分に分け合うべきでもある。

しかし、残念なのは、いすみ市役所のウェブサイトにこうしたリンクが載っていないことだ。こうした異常事態が生じた場合、生活をしていく上で市民が知りたいことは、まずこれではないだろうか。今回の震災で役所の皆さんも色々と忙しい対応を迫られていることだろうとは思うが、一番身近な存在である市民が知りたいこと、その情報について知らせるためのリンクを貼ることはそんなに難しいことではないはずだ。

心も時々一休みHappyLaughWinking

テレビ報道を見すぎず、心の平穏を保つ。

社会科学の学術用語の一つ、「主流形成効果(mainstreaming effect)」。かなり簡略化して言ってしまえば、これは「テレビによる画一性の情報に依存する”一般大衆”」ということになる。

もう少し長めに言うと、「テレビの高視聴者である”一般大衆”は、ますますテレビ情報に依存し、同一の現実認識がより培養されていく」、という雰囲気の意味になる。

少し異なった言い方をすると、「テレビ情報依存度が高い”一般大衆”の社会的経済的”地位”は似通っている(ばらつきが少ない)」となる。

この用語が意味する中身は、”一般大衆”を愚弄し、大衆を一つの鋳型に当てはめてしまおうとするステレオタイプ、偏見にもつながるものであることは間違いない。実際は、これに様々な条件を加えて調査研究されるものなので、極論はできない。

だが、これを今回の震災や原発の問題に重ねて言うなら、これらはどの放送局でも報道されている。五十歩百歩、異口同音に近い報道をどのチャンネルでも放送。これにすっかり浸ってしまう人の心理効果を考えると、主流形成効果を否定はできない。一面の真理とも。

もちろん、報道自体は必要だ。だが見る側の構えとしては、見過ぎることによって不安を増幅させることは避けるべきだ。ストレスもたまるはずだ。適度に情報を確認する、このぐらいでどうだろう。被災していない側が病に倒れるようなことがあれば、それは被災地の方々に迷惑をかけることにつながらないだろうか。

家にいる人なら、読書時間を増やす手もある。また、以前もこのブログで伝えたが、
ダウンロードによる映画レンタルという手もある。電車もガソリンも使わず、家にいながらにしてできる作業。計画停電外の時間帯で行えば良い。そのぐらいは許されるのでは。

食料、水、必需品は被災地に優先でAngryFoot in MouthSad

皆さん、食品、水、トイレットペーパー類、その他の生活必需品の買い占めは止めましょう!

被災地で避難生活を余儀なくされている人たちに生活物資を優先させるべきです。

消費者庁の各省担当者向けの会議の席で蓮舫大臣が以下のように語っています。「買い占めとしか考えられない状況があり、被災地にまわる物資がなくなる可能性がでてくる。冷静な行動をとって欲しい」。

東京の友達などからも、”欲深”な買い物客の話を聞いています。スーパーを経営している人ですら、こんなに買い占める人には売りたくないと、拒否寸前の怒りを話していたと言っていました。

もちろん、食料品を買ってはいけないと言っているのではありません。誰にもそれぞれの生活がありますから。ただ、必要不可欠な食品を購入の際、たとえば2つ欲しいという気持ちを抑えて1つにする、これだけでも違いが出るのではないでしょうか。次の人に譲る、そういう気持ちを持って欲しいと思います。かくいう私も、あまりにもがらんとした冷蔵庫内を見て買い物に出かけました。レジでは30分ぐらい待つ状況。かなり”欲深”な人たちも見ました。私が全く欲深でないとは言いませんが、”浅ましい”人間にはなりたくないと思いました。

物資はふんだんにあるのです。ただ、今回の地震と津波によって物流に問題が生じているのであり、少しずつ、全てが回復してくると思われます。

昨日のニュースを見ていましたら、3時間位の計画停電に対し、「暗闇の中でどうやって過ごすのかと思うと恐ろしくてなりません」と言い、”買い占めた”らしき電池と懐中電灯を手にしている女性(東京)が映し出されていました。まるでこの世の終わりかのような表情なのには呆れ返ってしまいました。3時間程度です。リビングで一つだけキャンドルを灯し、お子さんに絵本の読み聞かせでもしてあげたらどうでしょうか。或いは、キャンドルでロマンチックディナーと称し、楽しく過ごすことを考えてみたらどうでしょうか。私が住む家は夜になると真っ暗になり、夜空の星がとても奇麗に見えます。東京という場所であっても、もしかしたら本当の星空が楽しめる、そんな3時間になるかもしれません。そんなふうに前向きに考えて欲しいと思いました。

我々東京や千葉(一部避難している方がいますが)の”苦難”と被災地の方々の”苦難”は全く比較になりません。東京や千葉は安全圏にいるのであり、パニックに陥ってはいけないと思います。

もう一つ、これはかなり理想主義に過ぎると指摘されることかもしれませんが、避難民の方々の今後について私なりのアイディアがあります。

避難民は現在40万人位でしょうか?その方々の中から家が倒壊してしまった人がどのぐらいいるのかわかりませんが、全国各地の民間アパート、公営住宅などで暮らしてもらうということです。東北のどこかの自治体が、空いている公営住宅への移動を申し出たというニュースは見ましたが、たった一つでは足りません。これを全国展開するのです。

ただ待っているだけでは申し出があるという保証はありませんし、公営住宅だけに頼っていても数が足りません。そこで、民間のアパートなどにも協力を要請するのです。避難民を引き受けた民間アパートには、その家主に対し、国が何割かの家賃を支払い、残りに関しては税金面での控除という利益を与えるなどが考えられます。

大都市を除けば、全国各地域の、特に市町村レベルでのアパートに空き家がないとは思えません。全国の市町村の合計は1700位ですが、これは平成の市町村合併後の数字であり、合併前の市町村は3400位あり、町村だけでも2700位あります。単純計算で、40万人全員を全国各地に避難していただく場合、一自治体に118人位となります。最多で118の空き家を探すことはそれほど難しいことではありません。入居者が決まればアパートのオーナーは即座に家賃収入が確保でき、税金面での利益が約束されるのです。

今、避難民の皆さんに必要なことは、早く「普通」の生活ができることだと思います。避難所で長引く生活は心身ともにいいことはありません。今後、政府が作るであろう仮設住宅ができるまでどこかよそで暮らすのです。自分たちが暮らしていた所とは全く異なる自治体に行く不安もあるかもしれませんが、被災していない地域の人たちに暖かく見守られ、仮設住宅まではストレスもなく、食料も潤沢で、お風呂にも入れて、という、そういう生活をしていただくべきではないでしょうか。

各自治体、各アパートでの避難民の方々の人選はそれなりに大変な作業でしょう。家族構成、疾病の有無、ペットの有無など、色々な条件を考えた上で対応側のアパートとの組み合わせのシミュレーションを図らねばなりません。でも、そんなに難しいことだとも思いません。

今後も、どんな災害が日本を襲ってくるかはわかりません。でも、日本国土を一気に攻め立てる災害でない限りは、台風にしても、地震にしても、津波にしても、被災した地域よりも被災しないで済んだ地域の方が”多い”と思うのです。そうしたときにこのようなアパート受け入れ体制が仕組みとして整っていれば、避難生活は数日で済むのだという安心感も生まれるのではないでしょうか。

今一番怖いのは、原発ですね。高い授業料という言葉は相応しくないぐらいの犠牲を払っている現状があると思いますが、これは、今後、私たちがどういう電力供給を選択していくのかを突きつけられているのだと思います。ちなみに、今回の福島原発の事故を受け、スイスは予定していた原発計画を廃止、ドイツもほぼ同様の考えを示したということです。

祈り、そして未来へのEmbarrassedGaspHappy


東北関東大震災。もうこれで名前が決定した様子だ。マグニチュード8.8が上方修正され、9.0となった。チリ、アラスカ、スマトラに継ぎ、4番目に大きな地震だそうだ。未曾有の天災とそれによる大惨劇。ライブで流れる津波の猛威に目を塞いだ人もいただろう。家、車、船、そして移動中の車を飲み込むシーンもあった。

富山を始めとした日本国内、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランスなど、親族友人知人皆から連絡をもらった。ここ千葉県外房地域も、当初は10メートル級の津波が予測されていたが、実際にはそうではなかったようだ。海岸沿いに住む友達たちがいるが、知っている範囲内では誰も避難はしていなかった様子だ。地震の揺れは長く、これまで経験したことのない恐怖を味わったが、幸い倒れて落ちたものはファンデーションのチューブ程度。

今回、色々なチェーンメールが行き交っているらしく、枝野官房長官が根拠の無い情報に耳を貸さないよう注意を呼びかける記者会見があった。

私が受けたのは2種類。一つは「化学薬品の雨」。市原のコスモ石油爆発により、化学薬品も流れ出、化学薬品が雨に混ざって降ってくるということで、傘やレインコートを塚用にという注意。

もう一つは、「停電」。東京電力の発電所が止まり始めているため、関東一帯で停電の可能性があり、早ければ3月12日(日)の夕方から始まる。風呂に水を貯め、飲料水を用意し、ロウソク、懐中電灯、携帯の充電など、準備すべきことを示唆したもの。

化学薬品に関しては、ウェブニュースなどでも直接名指しで「誤り」を指摘している。停電に関しては昨日あたりから、新聞に載り、夜には経済産業大臣の発表、また東京電力自らの記者発表により、「輪番停電」「計画停電」という方法が示された。

では、化学薬品の雨はインチキだったが、停電はホンモノなのか。イヤ違う。停電のチェーンメールは公に報道がなされる手前で送られてきた。準備すべきことが書かれているが、どのような停電なのかを示していない。そのため、備えに対するアドバイスの詳細が、逆に不安を倍増させる。風呂に水を貯めておかなくてはいけないぐらい長期間の停電なのだろうかとか、飲料水を買いだめしなくてはいけないだろうか、冷凍庫のものはダメになっていくから、保存食品を買いだめしておかなくては、などなど。

これでは恐怖を煽るチェーンメールだ。記者会見で明らかにされたのは、計画停電は3時間ぐらい。電力の大型利用者である企業、そして一般家庭。支障が出ないよう最小限の範囲で計画停電を負担してもらう旨の話だった。地域ごとに分け、3時間ぐらいずつ停電を覚悟してもらう。これならそれほど不安はなく我慢もできるのではないだろうか。そしてさっそく今朝は、JR東日本の鉄道がこの計画停電に伴い、いくつかの路線が運休になった。内容を知る「前」と「後」では全く不安の”量”が違う。

このチェーンメールの一番の問題は、メールの差出人が常に「信頼のおける人」であることだ。仲良しのKちゃんから、P君から来たメール。KやPも信頼できるDやTからもらい、DやTは信頼できるWやO、WやOも信頼できるYやE、そしてまたその先をたぐっていくと、全員が信頼できる人からの発信となり、当然それを信じ、別の友達たちにその情報を伝えようとする。でも、「最初」にはなかなか行き着かない。

そしてその「最初」の人にまつわる”肩書き”。「友達の父親がコスモ石油に勤務」、「茨城県原発研究員義兄」、「東京電力に勤務する親戚」などなど。その”当該企業”に勤務する情報提供者を示すことがミソ。すると、メールをもらった時起こる心理は、常日頃から信頼をおく友人知人からの直接のメールであるため、「コスモ石油に勤務する友達の父親」「原発の研究員義兄や親戚」、この「最初」の情報源と信頼できるメール送信者との間にあまり”距離”を感じなくなるということ。極端にいえば、「コスモ石油勤務の友達の父親」とは、メールを直接くれた信頼できる友人知人自身の”友達の父親”、或いは”義兄”や”親戚”なのかもしれないと思うのだろう。

過去にはこんなことがあった。不足はないにもかかわらずトイレットペーパーを買う人たちが溢れかえり、あちこちで品切れとなった第一次オイルショック(40年ほど前)。こんなことにはなっていないと信じるが、公にされた計画停電発表のどのぐらい前からこうしたメールが始まっていたのか。その時期によっては、ペットボトル水や保存食品などが売り場から消え去ることも考えられた(どこかでは起きていたかもしれないが)。

なかなか明確にされない福島原発爆発の記者会見に苛立を募らせ、政府は信用ならないと思った人も多いだろう(本当は信用ならないのは東京電力側だが)。だから、なんのアナウンスもないままいきなり停電になることや、化学薬品の雨も降るかもしれないと、そう感じた人もいるのかもしれない。でも、こうしたことこそ冷静になって考えてほしい。「確からしさ」を。

日本ではあまりの惨事が続出した時、「年号」までも新しく変えて再起を図った時代があったそうだ。何かの番組で評論家が話していた。経済低迷を始め、内外に多くの課題を抱える日本。今回の惨劇は目に見えぬ力からの”試練”なのだろうか。試されているのなら、皆で手を取り合い、自分に出来る事を考え、小さくてもいいからそれを実行して行く。これが大切なのではないだろうか。つまりそれは、冷静になり、想像力をめいっぱい働かせ、考える力を養うこと。
「無知の知」を説いたソクラテスに倣い、肩の力を抜き、謙虚になり、見る目を養おう。

最後に、この天災により亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げたい。そして、避難場所で不安な気持ちを抱えながら過ごしている皆さんが一刻も早く、これまでの生活に戻れるよう、心から手を合わせる。

マックス・ヴェーバーは一人だけWinkingHappyLaugh


明治大学リバティタワー

「明治大学、一般入試志願者数2年連続トップ、早稲田を抜く」。こんな見出しが新聞を賑わせている。

この見出しが意味するのは、大学の生存競争が激化していること。少子化時代である。どの大学も学生争奪合戦に血道を上げる。明大の勝利は、イメージチェンジと入試スケジュール戦略らしい。イメチェンは言うまでもなく、ごつさのイメージを払拭ということ。新キャンパスの設置は、男臭いイメージの明大を変え、女性志願者増を促した。入試スケジュール戦略は、たとえば学部によっては6回も合否判定を受ける事ができる制度にしたそうだ。

有名校の中では中の上か上の下あたり(たぶん)に位置する明大。志願者数が多くなる理屈はちょっと考えてみればわかる。少子化により「大学全入時代」が到来してきている。高難度で高偏差値だった大学にもトライしようとする学生が増えるのは当たり前。就活も考えると、知名度の高い大学に入った方が良い。そういう心理的流れが有名私立大学志望に拍車をかけている。志望校を極端に上げるのではなく、偏差値を見据えながら、ほんのちょっとのボトムアップ的背伸び。そうなると、超難関大学は無理だが、ちょっと上には何があるかを学生は見る。明大ならイケるかもしれない、という心理。こういう層は真ん中あたりだからこそ多い。これが図式ではないかと思う。だが志願者数で早稲田を抜いたからといって、偏差値で早稲田を抜いたわけではない(偏差値という言葉はあまり好きではないが)。このボトムアップは、下位に位置する大学の危機を招くことになるだろう。これが少子化による全入時代の正体だ。

ところで、大学に上下を付ける点でよく持ち出される「世界大学ランキング」。よく、日本の大学は世界的には低いと批判を浴びる。2009年度を見ると、ハーバード、ケンブリッジ、イエール、オックスフォードなどが名を連ねる。先進国の仲間入りをしている日本だが、22位でようやく東京大、25位に京都大、43位に大阪大、55位に東工大、と続き、私立大のトップはようやく142位で慶應、148位に早稲田が出てくるという様だ。

うむ、これはイカン、のだろうか。これもまた違うと言いたい。ランキングを調べるのは誰か。英語圏の調査団体が、英語によって提出された論文を検証する。日本語でどんなに優れた論文があっても見向きもされないのでは、これはフェアとは言えない。また一方では、国際舞台で勝負するなら英語で提出せざるを得ない、これまた事実である。ノーベル文学賞を獲得するには、日本語の小説を英訳出版しておく必要があるのと同じだ。「言語が変わると文学の本質が伝わらない」などと息巻いて英訳を拒んだら、日本語で書かれた作品を誰も評価の対象にはしてくれない。 日本の大学における英語教育のジレンマはここにあり、それが遡って小学生英語教育に達する。

先の明大の記事。小さな囲み記事でも良さそうなものを新聞夕刊のトップで飾り立てることに憂いを感じる。問題点も指摘しているが、どうも数が躍り出ているせいか、 煽っているようにも見える。 これにより、明大を習い早稲田も巻き返しを図ろうとするだろう。全国に私立大学は約600。少子化とともに、近年では主要私立大21校への志願者数が半数近くを占めるそうだ。立教も入試改革でかなり志願者数を増大させたらしい。先のボトムアップ心理は今後も加速するだろう。そしてその結果、600の大学の内、多くの大学が存続できなくなっていくのだろう。数の問題よりも、受け皿である大学の質の向上こそ優先順位のトップであるべきだ。何故なら、大学は学問の府であり、生徒に学問を教え、学ばせる場所なのだから。

学ぶ場、それを忘れてはいけない。極論すれば、どの大学でも同様のことを学ぶことはできる。たとえば、社会学や経済学で絶対に学ぶことになるであろうドイツの学者「マックス・ヴェーバー(1864〜1920)」。テキストとしてヴェーバー著が使われることは自明であり、ならば明大でも早稲田でも東大でも同じことが学べる。もちろん、指導教授によって視点の置き方が異なるが、著作物は変わらない(あの名物教授に習いたいからあの大学に入るというケースもあり、そういう意味での大学選びは大切だが)。

とにかく全入時代を喜ばしく受け止めよう。日本の大学進学率を振り返ると、戦前は限られた人しか大学教育を受けられなかった。大学教育が”一般化”されたのは戦後すぐではなく、どちらかというと比較的最近だと言わざるを得ない。進学率は1954年、全体で7.9%。男性が13.3%、女性に至っては2.4%。女性が10%台に達したのは1974年だが、それでも10.6%で、男性は35.6%、全体では23.4%。女性の20%台突入は1994年に入ってからで、21%。男性は38.9%で、全体では30.1%となる。翌年にはインターネットの時代が到来するという時ですらまだこの率。決して高いとは言えない。そして現在では5割に達しており、先の少子化よろしく、これからもっと増え続けるだろう。もっと進学率は上がっていいと思う。

先のマックス・ヴェーバー同様、「学問」そのものはどの大学であっても変わらないはずだ。法学でも文学でも、その学びの登竜門となるテキストはかなり”共通”する。異なったテキストが使われたとしても、学問には必ずそれが積み上げられてきた歴史があり、それは必ず通らなくてはいけないのだ。ソクラテスやアウグスティヌス、ヘーゲルやカントが哲学から外されることがないのと同じだ。だから、どの大学ということにこだわらず、自分はそこで何を学ぶのか、これに集中して欲しいと思う。一つ一つの学問その基本をしっかりと読み解いて自分のものにすることが大切だ。そして、その中から自分が興味をもつことを重点的に学んでいけば、おのずと方向は定まってくる。大学生が学問の素晴らしさを享受でき、真に学びたいと思えるような大学づくり、これこそ求めたい。

本題とはかなりずれた話だが、私自身、数年前に明大で図書館司書コースを受講した。そのときあまりの変容ぶりに驚いた。この大学で学んだ友もおり、昔の姿を多少なりとも知っている私としては、あの雑雑としたキャンパス内にデモのビラが散らかって風に舞い、「来たれ!」で呼びかける墨汁書きの紙が貼られた古い木製看板、バンカラタイプの男子たちが風を切って歩く雰囲気が好きだった。社会(大人たち)に向き、声のあらん限りに”生きる意義”を訴え続けた”男子”たち。その魂の上にあの新キャンパスがそびえ立ったのかと思うと、何か故郷が取り壊されたような思いになった。無情にも流れた長い年月を強く感じた。カフェテリアも高層ビルの新キャンパスにあり、東京を見下ろしながらのランチが楽しめる。味はともかく(笑)、もう”学食”とは呼べない雰囲気だ。あの時の色も匂いももうないんだなぁと、なんだか寂しくなったものだ。

どう良くするのかHappySadHappy



小さな頃から 穴ぐら暮らし
闇をさまよいながら大きくなった
生れた家にも明かりはなかった
なんでこの世に生まれたのか
母さんはなんで僕を生んだのか
おなかは毎日減るけれど
食べる物などありゃしない
しかたがないから歌ってる

モンゴルの首都ウランバートルで
「マンホールチルドレン」たちに歌い継がれている唄。1998年から10年に渡ってチルドレンを追い続けたドキュメンタリー番組。途中からの視聴だったが、私の目は画面に釘付けとなった。

冷戦構造崩壊によりモンゴルは社会主義から資本主義へ。”西側”への移行は混乱を招いた。教育も食料も平等に与えられた時代から自由経済市場へ。それは弱肉強食の世界。脇が甘い者はすぐさまはじき飛ばされる。多くの貧困層がこうしてうまれた。上からの管理ではなく、市場経済は自己管理が全て。”不慣れな世界”に家庭も混乱し崩壊の一途をたどる。酒に溺れる親、一家離散、虐待する親、そして逃げ出す子供達。貧しさ故に小さい子供を都会へ働きに出す親。こうして首都に集まってきた子供達。まともな仕事など、もちろんない。

冬はマイナス40度にもなるウランバートル。各家庭につながるスチーム暖房パイプが地下に張り巡らされている。子供達の冬の住処は自然にマンホールの中へ。暗く、臭く、不衛生。日中は地上に出てゴミをあさり、みんなで分け合って食べる。

主な登場人物は3人。男の子は、ボルトとダシャ。女の子はオユナ。13歳、14歳から23歳、24歳までの彼らを綴った番組。無法地帯ともいえる厳しい環境下で生きる彼ら。そこに恋愛、裏切り、嫉妬、暴力、親子断絶など、喜怒哀楽の全てが凝縮されている。

今日のブログのコンクルージョンは何だったのか。経済不況、就職難、自殺者増。雇用拡大策よりも互いの重箱の隅をつつき合うことに余念のない政治家たち。こんな日本の惨状。だが、ウランバートルのマンホールチルドレンを見よ、と言いたかったのか。ま、それは事実だ。だが「もっと大変な人たちがいる」的な言い回しは陳腐だ。何故なら、「大変である」は主観的に過ぎない。番組で彼らの暮らしぶりを見て、「日本で生まれてよかった」とほっと胸を撫で下ろすほどに慄然とさせられた私ではあるが、彼ら自身は皆とても幸せそうなのだ。

太平洋戦争後、戦中もだろうが、貧しい日本は混乱の時代だった。町には「乞食」が溢れ、捨て子がうろついていたという。シラミまみれ、泥で薄汚れたボロ布をまとったような物乞いの子供達。たった70年ほど前の話だ。「変革の時」とは、このように必ず犠牲が伴うものなのか。アジアだけではない。西洋もアフリカも皆そうだ。国は変わってもそれは常のようである。通らなければならない「道」なのだろうか。それとも、富を分配することよりも自分の利益を最優先させる人たちがいて、それが犠牲の阻止を阻んでいるのか。

”豊か”ながらも迷走を続ける日本。だが、マンホールチルドレンのような状況になってはいけない。さすがにそうはならないと思う人は多いだろうが、では、今後はどうなっていくのだろうか。

2011年、どう良い年にできるだろうか、どんなカタチが良いと言えるのだろうか。

2011年、私自身にも問いかけなくてはならない。どんな「事」をすべきなのだろうか。すべきではない「事」とは果たして何だろうか。したい「事」は何だろうか。したくない「事」は、私にとっては何だろうか。思いはない交ぜとなり、「事」の輪郭がはっきりと見えなくなってくる。

だが自明のことはある。それは充実した1年だったと言えるようにしていきたいという「事」。これだけは確かだ。

2011年も「なんだかんだブログ」をよろしくお願いします。

動物愛護格差HappySadFoot in Mouth


*写真は96年11月頃。我が家で迷い犬ポチを引き取る事にした時、彼女は既に妊娠しており、その後アオとウメが生まれた。

日本では9月20日から26日までを「動物愛護週間」としている。国や各自治体が一致団結、協力を惜しまず、動物の愛護と管理に関する普及啓蒙活動を行う。ポスターの配布、愛護週間の実行委員会が設立され、適正な管理推進に関する顕著な功績のある個人や団体には環境大臣表彰も行われている。一方、オーストリアのウィーンでは、犬を捨てるダメ飼い主の続出で捨て犬が急増し、動物たちの公的シェルターである動物保護施設はパンク状態になっている。

公的シェルターは、日本では保健所になる。保健所は「殺処分」を行う場所だが、ウィーンの動物保護施設は違う。殺処分などもってのほかである。ウィーンでは次なる飼い主を探すための真の意味での「保護施設」なのだ。さすが、「子供より犬をかわいがる街」という異名を持つウィーンである。

そんなウィーンにあって、今回の捨て犬急増。これは実は、大型犬を飼う飼い主に対し、ウィーン市が躾徹底のための免許制度を導入したためらしい。以前、幼い子供が大型犬に噛み付かれたり、噛み殺されるという悲惨な事件があったためだ。試験は筆記と実技の2つ。1人25ユーロ(約2700円)。だが、この煩わしい試験を嫌う飼い主も多く、「迷い犬を拾った」と嘘をつき、保護施設に犬を持ち込んでいるという。これが先の「ダメ飼い主」の正体らしい。また、試験は一家族に一人ではなく、散歩をさせる家族全員に科せられている。実技試験では不合格する人も出ている。体罰を加えずに他の犬に吠えかかることを防がねばならない。2度不合格になると、犬は保護施設行きとなる。こうした全ての要素が施設のパンクを招いているのだ。

ウィーン市が指定する要免許取得の大型犬は12種。ここには日本犬の土佐犬も入っている。

さて、冒頭の記述、「日本の動物愛護週間」と「ダメ飼い主続出で保護施設がパンク状態のウィーン」、どちらが「愛護的」だろうか。比較のための”平等”な要素が整っているとは言えず、質問自体が陳腐であることは認めるが、愛護の軍配はウィーンだろう。

愛護のポスターやら表彰やら、国を挙げて愛護週間を設置する理由は、動物愛護の観点から見れば日本はまだまだ発展途上国だであり、飼い主への啓蒙が必要な国なのだということだ。犬猫を合わせて年間数十万匹も殺処分される日本。一方、ダメ飼い主によって保護施設が満杯になっても殺処分という方向性が出ることは考えられないウィーン。

日本では犬を捨てる際、誰もが保健所に連れて行くわけではない。自宅から離れた遠方まで車を走らせて犬を捨てにくる人も多い。保健所で殺処分されるには忍びないが、のどかな田舎であれば野ネズミでも野うさぎでも捕まえて生き残るチャンスがあるはずと考え、また、心優しい次の飼い主に出会えるかもしれないなど、捨てるに格好の場所だと考える人が多いのか。我が家の犬も猫も、そうした由来のものばかりである。また、これまで里親探しをしてきた何十匹もの捨てられた犬猫たちも同様の経過によるものだろう。

だが、ほぼ毎日、捨てられた動物に出くわすのではないかとヒヤヒヤしながら散歩している自分がいる。こんな不安な気持ちから解放されるのはいつになるのだろうか。ウィーンにいればそんな思いはしなくて済むのだ。こうした瞬間、日本がイヤになる。だが、それだけを捉えて引っ越す事はできない。拾った犬だと嘘をついて保護施設に持ち込む「ダメ飼い主」の立場も、妙に羨ましい気持ちになる。殺処分されることのない保護施設なのだから、安心して堂々と”捨て”に行けるわけだ。のどかな田舎を目指して捨てに行く必要はない。のどかな田舎に犬猫を捨てにいく日本よりも、「ダメ飼い主」の烙印を押されたウィーンの人の方が「良い人」のように思える。また、のどかな田舎に捨てにいく飼い主よりも、保健所に持ち込む飼い主の方が、人間的にはまだ「マシ」なように感じる。

動物愛護先進国・先進市ウィーンにあっても、テニスラケットを買うような安易な感覚で犬を飼う人がおり、ペットトレーナーなどの関係者はその事態を憂いでいるという。活字だけを読めば、日本も同様の飼い主が増えている事実はある。だが、”テニスラケット”に飽きてポイと捨てる際の受け皿に大きな違いがあるのは歴然としている。動物愛護に対する両国の根底の仕組みの違い、格差である。

捨て犬や捨て猫に遭遇することなく、”安心”して毎日の散歩に臨みたいという私の願い。ウィーンなら常識のことであろう、このささやかな願いを”欲張りだ”などという人はいないはずだ。はてさて、それはいつになることやら。

癒されたい人が向かう所と寺の関係HappyLaughWinking


30年、40年前と比較してみると、この10数年?ぐらいの間に色々と目新しい「癒し」が登場した。香り、音楽、植物、色、ダンス、他にも色々ある様子だ。香りとマッサージのように、複数の素材を組み合わせたタイプもあり、多様化が見られる。施術する人は「セラピスト」や「ヒーラー」などと呼ばれている。

補完医療、代替医療の必要性が叫ばれている。上記の「癒し」もその一つと言えよう。辺りを見回すと、この世界を生業とする友人知人たちがいることに気づいた。親しい友人の中にもいる。私と同じ広告業界にいたその友人は、広告企画のスキルをフル活用し、補完医療の広報宣伝活動を行っている。また、アロマテラピー、オーラソーマを行う知人もいる。

これらの「癒し」が増えた理由を考えてみた。で、私の勝手な見解をひとつ。先の見えない時代、少子化、核家族化、他にも要素はあるだろうが、こうしたことにより、人は内向きになり、人と人との触れ合いが減り、コミュニケーション能力のない人までもが増えた。だが、反面、やはり人は人と接点がないと生きて行けない。心療内科に行くほどではない。だが、日常生活の中で知らず知らずに抱えてしまうストレスはある。友達とお茶を飲んで鬱憤を晴らすのもよしだが、”ため口の仲”では満足できない何かがある。とにかく一方的な「癒し」が欲しいのだ。嬢王様扱いで、敬語で対応してもらい、褒めそやさしてもらいたい、時にはお喋りはなしでいい気持ちにさせて欲しい。

という人たちが増えているように思えるのだ。こうした人たちにこれらの「癒し」術は完璧だ。私もリフレクソロジーやアロママッサージでリラクゼーションを満喫したいと思うことがある。

そして次にこんな新聞記事を読んだ。どこかの寺の住職が「あなたのお話お聞きします」という張り紙を寺の門に張り出したところ、次々と人が訪れているという。もちろん無料。

私の両親の世代は、説法を聞くためよく寺に出かけていた。幼い頃、私は何度も連れられて行ったことがある。仏教の話が理解できず退屈で仕方が無く、寺行きが苦痛の一つであったことを覚えている。また、何か問題や迷い事があれば、住職に話を聞いてもらうのだ、ということを明治生まれの祖父母が話していた。

「駆け込み寺」と言うぐらいに、寺は庶民の慰め、「癒し」の場所であったはずだ。だから、この記事を読んでも、今さら、という気がしてならない。デカデカと新聞記事になるぐらいなのだから、寺が本来的な役割を果たしていないということなのだろう。

先の「癒し」と「寺の無料人生相談」。何か頭の中で落としどころが見つかったような気がした。両者を因果関係に仕立てるのはいささか早計ではある。先の「癒し」はこの時代の流行りなのだと言ってしまえばそれまでだし、寺の低迷故にこれらの「癒し」が隆盛を極めているなどという見解はかなりの独断ではある。だが、もしも寺が昔からの「務め」を全うし、そのことに「精進」を続けていたなら、先の「癒し」の繁栄度合いに多少影響はあったかもしれない。

先の「癒し」は害のないものだ。だが、得体の知れない「占い」や「宗教」が幅を利かせる世の中になっている事実。ここに寺の現状が、少々であっても影響を与えているとは言えないだろうか。寺が地域の人々の心を見なくなったことが、何かこうした危機を示唆していると考えるのは、これまた早計だろうか。占いに人生を左右され、占いがないと行動できない人。宗教に全財産を貢ぎ、心も全て捧げ、自らの中心軸を見失った人。この何十年かの間、新聞その他で垣間みる出来事だ。

寺に代わる存在で言うと、先の「癒し」よりももっと寺に近いポジションは、臨床心理士や産業カウンセラーなどの心理カウンセラーだろう。私もこの資格を持つが、心理学の手法を用いるということを除けば、「対話」によって人を治していく点で、心理カウンセラーと寺は同じだ。

数年前、恩師の話を聞く機会があった。恩師は寺の未来を憂いでいた。神社は挙式その他の慶事でどうにか市民の役に立っている。だが、一方の寺の存続は危ういと。詳細を聞く暇がなかったが、最近ではセレモニーホールなど、「葬式パック」の業者が現れ、これまで寺が担ってきた弔事による利益が損なわれているのかもしれないと推測した。

「癒し」、色々な方法があってもよし、多様化、素晴らしいではないか、と思う。反面、古代から受け継がれてきた、寺という「癒しの場」は「仏閣」という単なる建物に過ぎなくなっていく懸念を感じる。檀家の数も減る一方だという。寺の親戚がいるという友達は、その寺が他の親戚にお金(お布施、寄付?)の無心をしていると言っていた。

私は無信教だが、仏教は押しつけの無い宗教、世界的にも比較的争いの無い宗教であり、素晴らしいことだと思っている。いつまでも人々の心の支えとなる場であって欲しい。心理カウンセラーも思い悩むことがある。是非そうしたときの受け皿になって欲しいものだ。

本末転倒とはこのことSadGaspEmbarrassed

最近、第三者に身内のことを話す際の呼び方で違和感を感じることがある。自分の奥さんのことを「よし子さん」「真弓さん」というように「さん」付けするご主人。時には「奥さん」と呼ぶ人も。また、奥さんを「嫁」と呼ぶご主人。姑が嫁と呼ぶのはわかるが。また、奥さんがご主人を「ダンナさん」と呼ぶ例にも出くわす。

第三者に話す時、身内は呼び捨て。あるいは「妻」とか「女房」、「亭主」や「主人」、と思ってきたが。へりくだり、謙譲、序列を付けた呼び方、これが日本式では? まして、「奥さん」と呼ぶ対象は、自分の側ではなく、第三者の妻をそう呼ぶのではなかったか?

こういう例はどうか。坂田という家があり、家政婦さんを雇っているとしよう。玄関先で坂田家の奥さん、家政婦さん、銀行マンが坂田家のご主人に用があってきている設定。ご主人は出かけている。奥さんが家政婦さんに対し「旦那様はどこかしら?」と、尋ねるのはあり。でも、銀行マンに対しては「坂田は出かけているようです」と言わなければならない。序列があるからこそ、こういう例も成り立つ、のだと”信じて”きた。この奥さんの「様」から「呼び捨て」の変わり身、これは会社では常識のはず。社内で「田中さん」と呼んでも、社外の人には「田中は」となる。

時代の流れとともに言葉の使い方、使われ方も違ってくる。言語学者でもないため、本当のところはわからないが、そういう巷の「流行」に今ひとつ馴染めず、違和感を感じ、時には「それ、間違ってるわよ」と言いたくなるのは、やはり歳なのか、とも。

話はかなり変わるが(変わっているようでいて実は関連があるのだが)、もうすぐ新卒就職の4月。だが大学生の就職難は依然として変わらない。苦肉の策なのかどうか、「卒業後の3年間は企業側に門戸を開くよう求める」とした日本学術会議、「新卒の肩書きを与えるための希望留年制度」を設ける大学側。

は??? 何をしているのだろうと言いたい。
以前このブログでも伝えたように、日本企業は「新卒好き」で、学生の「就活」は今や3年生からが当たり前。オマケでもらったプラス1年の就活組、5年生”新卒”。こんな小手先のごまかしのような「新卒」を作っても、企業は所詮、通常の4年で就職するこちらの”新卒”を選んでしまうのではないだろうか。或いは、5年新卒に対しある種の負け組的偏見をもって見てしまうのではないだろうか。彼らが不利にならないとどうして言い切れるのか。

そもそも、3年生からスタートの就活で学業がおろそかになっているような学生を4年卒業で会社に入れる方がリスキーと言える。学生の本分は学業。この就職難で、教授陣もお情け的に単位を上げているということはないだろうか。3万字や5万字もの卒論はきちんとした調査やデータの精査があってこそ書けるもの。まさかこちらもお情けで、か? 学業は学業のためだけにあらず。学業を通じて「なりたい自分」を探って行く。このために大学の勉強がある。高校までの勉強は、定説とその因果関係を「覚える」ことが主。一方の大学は、その定説と因果関係に「何故」という「独自の視点」を投じ、そこを掘り下げて、その「意義」をつかみ出す営みを行う学問の府だ。常に「問い」を学ぶ場所なのである。ここでしっかりと「問い」を学べば、曲がりなりにもいっぱしの社会人になれる。そのように科目は組み立てられているのだから。

だが、3年就活の結果、「使えない」新社会人を続々と排出しているのでは。企業側は第一に「コミュニケーション能力」を重要視しているという。最近ではキャリアコンサルタントに面接の訓練をしてもらっている学生も増えている。エントリーシートの書き方も含め、自分をどうアピールするかを教え込むのである。訓練は悪い事ではない。自分自身の新たな発見もある。だが、プロに教え込まれた戦略が面接という本番用の「芝居」になってしまうことはないだろうか。教え込まれたことが本当に「実になっているか」はわからない。何せ、まだ社会は未体験ゾーンなのだから。

この際、卒業後の1〜2年は就職せず、社会勉強タイムとしたらどうなのか。ボランティア活動などを通じて社会を知り、自分をも見つめる。このぐらいの期間があれば「進路」も見えてくるのではないか。その上で就活。その方が何倍も「使える」社会人になるはず。そうすれば4年間はしっかりと学業に専念でき、真に学問も身に付く。卒業後の社会勉強タイムにも身に付いた学問が活かされる。こちらの方がいい事尽くめではないか。

少々乱暴な見解だが、先の「さん」付け若者を、「使えない」社会人とイコール化させたくなる私がいる。。。

良いのか悪いのかGaspSadHappy

「大西洋クロマグロ禁輸」が否決された。欧州連合(EU)とモナコ提案が否定され、日本他の国々の”願い”が叶った格好だ。難航の予想、日本側敗北予想の方が色濃かったはず。だが勝利の理由は「産業問題」と捉えた国々が多数派だったということらしい。敗北側はクロマグロの数を保護するという「環境問題」に律した立場。つまり、生活がかかっている国々の勝利ということだ。また、禁輸の側にいたはずのEUにも「産業問題」を抱える国々があり、EU自体が分裂していた。このタイミングで採決すれば「勝てる」と、その分裂を日本に「密告」した国があったという。

また、発展途上国の不満も蓄積していた。環境問題は常に先進国側から発信され、発展途上国の資源利用を縛る。途上国側から見ると、先進国はこれまでさんざん天然資源を利用してきたくせに、環境問題を大上段に掲げて途上国の経済成長を阻止するのか、という苛立がある。そして、これまでの環境問題には「援助」という「アメ」が付いてきたが、今回は「ムチ」のみ。

他にもいくつか勝利の理由はあった。だが日本の根回しも際立ったように感じる。あの「密告」を受けた日本は、”どこか”が採決動議を提案した際には賛成をと、各国にお願い行脚を行った。バッシングの矢面に立たされている日本が採決動議を出すのはまずい。そこでどこでもいいが、”どこか”の国ということだ。動議はリビアから出された。

クロマグロが枯渇するのはまずいことだ。だが途上国側はその枯渇寸前というデータすら疑っている。こうした状況でモナコやEUが「環境問題」としてスタートさせた、時期尚早の議論だったのだろうか。

大海原の大自然だけでなく、陸地でも「環境問題」が発生している。干ばつケニアの国立公園で、獲物に困窮したライオンが家畜を襲っているという。観光資源の目玉であるライオンを守るため、国側は窮余の策としてシマウマやヌー7千頭を、「生きたエサ」として移動させた。ブランコやジャングルジムのある町の公園とは規模が違い、巨大な面積の中での「自然生態系」ということはわかるが、結局は「餌付け」である。想像を絶する大きな規模の「動物園」とも言えないだろうか。だが、何故か悲しい気持ちになる。「自然」とはどこからどこまでであり、どこからが「不自然」なり「人工的な人間世界」になるのだろう。

種の絶滅から動植物を救うという観点で取り組まれる「環境保護活動」。多種多様を是とする上では「人間の介在」は欠かせないということのようだ。一方では、人間が、その地域が、ひいてはその国が「生活」していくために、人間の手によって、先のシマウマのように人工的に動物の数が増減させられる。干ばつの問題だけでなく、ケニアの開発が進んだ結果、ライオンが保護区や国立公園の外に「獲物」を求めざるを得ないという状況もあるという。また、開発により人口が増え、住処を失った野生動物が保護区に追い込まれてきているという事実もある。

市場経済の波に巻き込まれた人間は、自分たちの「生活向上」のために開墾を続ける。それによって絶滅危惧種指定となる動植物が発生するかもしれない。絶滅危惧種指定は、もちろん先進国側から発信される。「環境問題」として提示され、生活がかかっている途上国はそれに反対する。あるいは同意する代わりに物質的援助を求めるだろう。

全ての動植物がその種や数を保持し、しかも人間が経済向上や生活利益を得る営みを継続できる世の中。果たしてそんな理想郷は存在するのか。

「障碍」使用のすゝめHappyAngrySad

且つては漢字表記だったものがひらがな表記に切り替わっている。そんな文字を新聞記事で見かけるようになった。最近の例でいうと、「障がい」。元は「障害」。「害」の意味があまりにもイメージが悪すぎて、障害者と表記するのは取りやめにしたのだろうか。

確かに「害」は悪い意味しかない。だが、私の中では障害は「障碍」である。心理学の教授が「碍」を使用していた。川の流れの途中に岩があり、それが流れを妨げているのだと。障碍者の人たちはたとえていばその岩を持っているのであり、岩を持たない川とは違った流れになるだけであると。岩のある川を想像してみればわかるように、とても美しい表情を醸し出す川になっていることは間違いない。つまり、個性なのであり、そこに「害」はないのだと。素晴らしい考え方だと感心したものである。

ネット検索をしてみると、障害の害をひらがな表記にした自治体は結構あるようだ。朝日新聞だけではない様子である。だが、その朝日新聞の夕刊の特集に漢字をテーマにしたシリーズがあって、『「碍」の字で社会は変わる』という記事が載っていた。記事によると、「障害」が使われた背景には国の漢字政策があったようだ。敗戦後、膨大な漢字に手を取られていては国の発展は望めないということで、使用を制限した当用漢字表(1850字)ができ、1981年にはその制限を緩めた常用漢字表(1945字)が登場したが、この間にも「害」と「碍」の吟味はなされないままで「障害者」がずっと使用されてきたそうだ。つまり、戦後の発展との引き換えに犠牲となったということだろうか。

だが、吟味をやめ、いきなり削除、ひらがなへ、というのもなんだかいただけない話である。この特集記事に賛同するのなら、よその真似をするのではなく、朝日新聞は率先して「障碍者」を使えばいいのにと感じる。politically correct にしようというものなのか、言葉狩りに屈したのか、残念な気がする。

精神分裂病は統合失調症へ、痴呆症は認知症へ、切り替わった。同様に障害者も障碍者にはできないのだろうか。重箱の隅をつつくなら、「障」という字も「害」に負けず劣らずの悪い意味を持つ。辞書で調べても、邪魔になる、邪魔をする、ふさぐ、妨げをする、など。そうなるといずれは「しょうがい」になるのだろうか。

漢字の文化にもうちょっと誇りを持ち、誤りを正しながらも相応しいものを見つけて行くことが大切な歩みだと思うのは私だけだろうか。以前に読んだ、ある著名な(英語圏の)言語学者のコメントを思い出す。「デモクラシー(democracy)に民主主義という漢字を充当した日本は素晴らしい漢字文化を持っている。英語ではこの一つの単語に意味を持たせなければならないが、民主主義は複数の漢字でその意味を表そうとする。”民”が”主”であることを”主義”とする、これがデモクラシーなのだと改めて気づかされるし、そうあらねばならないと強く感じさせてくれる」

先の教授のように、川の流れにある岩、つまり「碍」のある美しい表情を表す川、これではいけないのだろうか。

違いとはEmbarrassedSadFoot in Mouth

穢多非人。

日本ではこの言葉をどの程度の人が知り、どの程度の知識水準で知り、どの程度の理解をしているのだろうか。

「部落民」「被差別部落」「同和」など、いくつかの呼び方はあるが、これらはどれも明治政府の解放令後に”出没”してきた”政治・行政的”名称だと言え、それ以前は冒頭のような蔑称がまかり通っていた。

今や、露骨に差別をする人はいないと思う。だがそれは”彼ら”がどこにいるか知らないからであり、彼らはいちいち”名乗らない”から、差別以前の状況にあるとも言えないだろうか。

何年か前、「部落民差別はやめよう」という主旨のチラシを町役場で見かけたことがある。交通ルールを守ろう、などと同様の、よくある行政のお決まりチラシなのかもしれないが、配布されるということは、やはり”彼ら”はいるのだろう。

数日前から始まった朝日新聞夕刊の連載記事は、『差別を越えて』。被差別部落出身の人たちの人脈記を綴っている。

記事の初回は、1971年、赤い鳥が歌っていた『竹田の子守唄』。この元唄は、京都・大阪の被差別部落に伝わる民謡なのだそうだ。子守奉公に出る幼い少女たちが守り子の辛さを嘆きながらも自らを励ます労働歌だという。記事の写真には、元唄を歌う被差別部落出身の70代の女性たち。

もう40年も前の歌なのだから、と思っていると、2回目の記事で取り上げられた被差別部落出身者は若い人たちだ。27歳の女性と31歳の男性。大学時代、差別されるかもしれないという怖さで出自を明かすことはできず、だが反面、言えない辛さを理解して欲しいという思いも強くあり、その葛藤に悩まされていたという。

「差別」は大昔のことではないのである。新聞はこのように、今も残る悪しき事実を特集してくれるが、学校ではどのように教えているのだろうか。

こうした差別に関する日本の教育方法の特徴として、”当たり障りのない教育法”があるように思えてならない。あくまでも簡単な事実なり史実、そして最後に「差別はいけません」というようなやり方だ。私自身、被差別部落のことは学校で何かしら学んだような気がする。だが、あまりにもおぼろげな記憶しかないのは、私がちゃらんぽらんな生徒であったことを差し引いても、何かしらその教育法に起因するものを感じる。被差別部落をある程度きちんと知るきっかけとなったのは大人になってから。住井すゑの『橋のない川』、島崎藤村の『破戒』を読んでからだ。また、 人権問題を取り扱っているジャーナリスト仲間がおり、彼らの熱弁からの方がもっと多く、且つ、問題の本質を学べた気がする。

先の『竹田の子守唄』は、被差別部落である竹田地区にまつわる楽曲だということで、日本の放送局はどこも放送したがらず、それは1990年代まで続いたそうだ。憎むべき差別は行政のチラシや学校での学びで「お達し」として通知されているはずだから、それ以上の”面倒”はやめにしてほしい、というやり方とは言えないだろうか。確かに、差別の対象になっている事柄を取り上げることが差別の助長を招く結果となる場合もある。繊細な問題だからこそ、教科書行政もマスコミも二の足を踏んだのだろうし、声高に批難するつもりはない。だが、こうした風潮を続けていると、”いる”はずの”彼ら”の姿が見えてこないままになる。それに何よりも、被差別部落の人々と”一般の人々”との違いは何ら見いだせないのが事実だ。この明白なる事実があるにも関わらず何故か存在する差別。だからこそ、差別という非人間的な行為が何故生まれたのかをきちんと教えることが大切だと感じる。それにより、差別する側の愚かしさが見えてくるはずだ。

特集に登場している人たちは、今もその犠牲者である。今も尚潜伏している人々の罪、その罪の刃で傷ついた心が今も尚癒えない人々。21世紀だというのに、あまりにも時代錯誤な現実が横たわる。 懺悔というと大袈裟に過ぎるかもしれないが、 朝日新聞の特集は、当たり障りの”ある”やり方を用いて、この事実を風化させまいとしたのではないだろうか。

前出の70代の女性は、差別は昔と同じでまだ変わっていないと言う。27歳の女性の場合、大学時代に彼女にとって身近な部落に関する講義を受講したが、その際行われた受講生アンケート結果に愕然としたそうだ。なんと半数の受講生が「生まれてくる子が差別されるかもしれないから部落の人とは結婚しないという考え方に共感できる」という回答をした。彼女はそれがきっかけで部落出身ということを伏せるようになったという。31歳の男性は、大学時代に部落解放研究会に所属していたものの、”外”の世界ではそれを伏せていた。サーフィン仲間が偏見に満ちた部落差別の話をしても常に沈黙を守り続けた。

その31歳の男性が言ったもう一つの言葉が、先の私のもやもやを言い表してくれた。それは、今では露骨な差別は少なくなったが、部落出身者がそこに”いない”と思って差別を語る場合があるということだ。”一般の人々”は、ついつい、悪気はないままに、部落差別発言をしているのだ。差別を作った馬鹿げた”一般”の感覚、愚かしい差別の歴史、それらが心身に宿るような教育を受けていないから、見た目では判別できない彼らの面前で”悪気のない”差別発言をしてしまうのであろう。一方、堂々と出自を告白したい気持ちと知られる恐怖の狭間で思い悩む彼らは、愚かしい”一般の人々”の言葉を、苦々しいながらもぐっと堪えて飲み込むのである。

差別の問題は、お茶を濁したような教育方法では通らない。またテレビも、”避ける”だけでは何ら解決にはならない。

実はこの問題は、在日韓国朝鮮人の問題とも似ている。見た目ではわからない彼らも同様に、本名を伏せ、通称の日本名を名乗る。心が打ち解けてきたところでようやく告白する。”在日”であることに何ら問題はないのに、申し訳なさそうに話す彼ら。そんなふうにしてしまった、させているのは誰か。20年近く前、在日韓国人と交際していた友達がいた。結婚したいと考えていたが、親に反対されて断念したと聞いた。知人のアメリカ人男性はある女性と交際していた。結婚を申し込まれた彼女は泣きながら在日韓国人であることを告白し、だから結婚は諦めると再びすすり泣いた。彼には彼女が何故泣くのかがわからず、何故結婚を諦めるのかも理解できずにいた。彼女が”在日”の現状を語る。あまりにも馬鹿げた日本の状況に呆れ返りながらも、再度彼女に結婚を申し込んだ。

日本には他にも”民族差別”が存在したし、今も存在する。どれも本質は同じだと思う。アメリカやヨーロッパでも同様に人種差別や民族差別は存在する。だが、どちらがどれだけ”悪い”かの極悪犯探しをするつもりはないし、比較するつもりもない。ただ、日本にある現実を憂うのみである。

ただひとつ、救われた気持ちになったのは、若い2人が最後に締めくくった言葉だ。「部落出身を明かす事は一種の賭けではある。でもエイッと踏み出さないと部落の事をわかってもらえない」「講演に歩くのも、部落出身を見える存在にしたいから」。一歩踏み出す事で見えてくる世界や景色が違ってくる。若い人たちに期待したいと心から思った。

女性活用発展途上国SadFoot in MouthEmbarrassed

「オレゴンから愛やなく、東京から愛にして欲しいもんやわ」。民放を見ていた頃、こんな芸能ニュースが流れていたことを思い出した。大竹しのぶとの離婚後に、芸能リポーターか誰かにコメントを伝えている明石家さんまの姿だった。聞き漏らした言葉はあるかもしれないが、ほぼこんな感じだったと思う。つまり、離婚に至った理由の一つとして、このセリフが出てきたわけだ。『オレゴンから愛』というドラマ撮影のためにアメリカに長期滞在する大竹しのぶ。当時はまだ幼児だったIMALU。大竹しのぶがアメリカにいる間に熱を出したIMALUのことも伝え、その間自分がどれだけ仕事と子育ての両立が大変だったか、確かそんな”意味合い”のことを喋っていた。”母親”ともあろう者が幼子を”夫”に預けて家を長期間留守にするとは、主婦としてなにごとか。これが明石家さんまの本音だったのだろう。

先の文言を男女逆に考えたらどうだろう。”父親”ともあろう者が幼子を”妻”に預けて家を長期間留守にするとは、主夫としてなにごとか。明石家さんまがロケでアメリカ。忙しい俳優業を抱えながらも大竹しのぶは家事との両立を計る。だがこれが批難されることはあり得ない。聴衆が納得するのは明石家さんまの弁なのだ。これは何故か理屈抜きだったのである。男女平等の感覚が”比較的”浸透している芸能界であっても、それを支えるのは聴衆。”男なみ”に稼ぐ女優であっても、子育てや家事との両立をしっかりと行う。聴衆はその”主婦像”に賛同し感動するが、子育てそっちのけは疎まれる存在だった。

二人が離婚したのは1992年。18年も前のことの”はず”だったが、新聞の見出しに『「日本は57位」乏しい実感』とある。国連機関が公表する女性の活躍度指標「ジェンダー・エンパワーメント指数(GEM)」で、2009年度の日本は109カ国中の57位とある。国会議員、管理職、専門・技術職の女性比率、男女の賃金格差などをもとに指数をはじき出したランキングがこれ。他の先進国が上位に位置していることは言うまでもない。ちなみに、日本のすぐ上、56位はキルギス、55位はベネズエラ、54位はホンジュラス。

働きたいが子供を預ける場所がないという女性の悲鳴。一方、この不景気で、夫の収入だけでは不足であり働かざるを得ないが子供を預ける場所がないという女性の悲鳴もある。行政の場面でも女性の首長はほとんど無いに等しく、政治の場面ではニュースに出る議員のほとんどは男性。テレビ界でも(たぶん)まだ”女子アナ”のままだろう。

実際のところ今もまだ”家事の中心”は女性が担い手というケースの方が多く、それを求める女性も少なくはないというのが現実ではないだろうか。だから決して奇麗ごとを言うつもりはない。だが、働きたいと考える女性が普通に対等に働ける社会基盤が整っていれば、もうちょっと良い方向に切り替わるのではないかと思う。

若者が大志を抱けるかEmbarrassedFoot in Mouth

大学生の就職活動、いわゆる「就活」は今や3年生の時点でスタートしている。そうした中、つい先日、キャノンマーケティングジャパンが「採用活動を遅らせます」という宣言をした。この宣言の背景には、業績悪化と早過ぎる就活への問題提起、この2つがあり、後者に関し同社は、「学生の皆さんから学ぶ機会を奪っているのではないか」と伝えている。

そもそも3年生からの就活とはなんであろうか。昔は4年生になってからだった。学業の妨げにならないように設定(青田買い抑制の意味もあったかと)された就職協定が廃止され、就職活動の時期が早まったとのこと。3年生就活肯定派の中には、4年は卒論で忙しく、3年就活はありがたいという者もいる。だが一方では、3年で内定をもらった学生が、1年半後の新卒時にその企業から内定を取り消されたケースもあった。不況による理由だが、確かにこの経済不況下で考えると、内定した企業が1年半後に倒産などということもあり得る時代だ。また、3年生時にあまりにも就活に勤しみ、4年生時にはただ遊んでいたからなのかどうか、まともに”日本語も使えない”社会人となり、就職先の企業が大学側にクレームを申し渡す例も耳にした。

就活が早まっている反面、通年採用の企業も増えている状況も耳にする。即戦力が欲しい企業としては「新卒」にこだわることはない。だが、この場合はそれなりの”スキル”があってこそなのかもしれない。

総じて見ると、日本における4月の新卒一斉採用体質はまだまだ健在だといえる。”新卒神話”が作り出した弊害は「フリーター」というネガティブな言葉を生み出したように思う。フリーター歴のある多くの若者は未だに正規社員登用への道が開かれていないと聞く。たまたま就職氷河期に新卒となった運の悪い若者たち。だが就職氷河期にも「閑」があった。それは団塊世代の一斉定年退職時である。だがその後すぐに「リーマンショック」により氷河期が再燃した。ラッキーにもこの「閑」の時期に就職できた若者と、先のフリーターたちには何ら”差”はない。あるのは「運」だけだった気がする。精神科医の香山リカ氏は「貧乏くじ世代」と呼んでいる。

新卒を重視し、フリーターを避ける企業体質は、もう一つの弊害を生み出している。それは、新卒時点でまだ就職先が見つからない者に対し、大学側が1年間の「学籍」を与えるということである。つまり、大学生活5年目で就職活動を行い、翌年4月を”新卒”とすることである。5年目の学籍を得られなかった者は「就職浪人」となる。企業はこの就職浪人を敬遠する傾向がある。5年目の学籍を得て就活する者、5年目の学籍がないままに就活する者、両者に何の違いがあるというのだろう。先の「貧乏くじ世代」、「就職氷河期の”閑”の者」、この両者に差がないということと同じではないだろうか。

企業が「人を見る」よりも「新卒」を見続けている限り、こうした弊害は続く。いっその事、卒業後の1〜2年は社会を見て学ぶ猶予期間にしたらどうなのだろうか。ボランティア活動に勤しむもよし、金銭の余裕があれば世界を旅するもよし、また複数の企業でアルバイトをするもよしだと。「大学生超・社会人未満」というようなモラトリアム期間の提案である。自発的ではなく、必然的にこの期間に置かれているのが先のフリーターたちであることはなんとも皮肉であるが。

”英国病”のニッポンSadFoot in Mouth

初登場のカテゴリ、「日本のゆくえ」。昨年亡くなったジャーナリスト、筑紫哲也氏の著書『この「くに」のゆくえ』を拝借した。好きなジャーナリストの一人であった筑紫氏。講演を拝聴したこともある。朝日新聞記者であった同氏がジャーナリスト人生の後半に選んだのはテレビ。「活字ジャーナリズム」的手法を用いて映像勝負のテレビ界に挑戦し、その可能性を試していた孤高の人。

先の著書名のように、筑紫氏は日本のゆくえをとても案じていた一人である。私もこの「くに」のゆくえが気になる一人である。ジャーナリストとしてというよりも、今回は、保身的な意味合いも込めて気になることを述べたい。

総論としての「日本のゆくえ」は、各論としては「日本の経済」、「日本の政治」、「日本の若者」である。

現在の日本は、かつての「英国病」のような様相を呈している気がする。英国病スタートのきっかけとなった1960年代、そして70年代後半から80年代が最も深刻だったと学んだように記憶している。暗く陰鬱な経済状況は、曇り空の多い英国と重ね合わせて表現されることもしばしばだった。

「経済不況」と言っても、当時の英国と現在の日本では取り巻く環境も異なる。経済状況とは、多くの要素が絡み合う事で起こるその結果に過ぎない。その要素は歯車のようなもの。経済状況の牽引役である歯車は決して1つや2つではない。おびただしい数の歯車が経済を左右する。かつて恩師が、経済学の理論ほどすぐに錆び付く理論はないと言ったことがある。確かにそうだ。世の中は動いている。政治や他国、ヒト、モノ、カネ、代表的な歯車は少ないが、それらの下にはネズミ講のように数えきれない歯車がぶら下がっている。そしてそれらは膨大であるだけでなく、動き、変化し、増減する。その複雑な絡みの順列組み合わせをどう一つの理論にしようというのか。だから、経済学者たちが互いの理論に異議を唱える場面を見ると、子供同士の喧嘩のようであると呆れ返る反面、それぞれに「一理あり」と感じてしまう所以なのだろう。

日本もかつての英国のように暗く長いトンネルに入ってしまったのだろうか。確かに東京も今ひとつ活気がないように感じられる。人々の背中もなんとなく丸まり、地面を見て歩いている感じがある。新聞を見ると、中国がアメリカを抜いて新車販売世界一に躍り出たとある。GDP(国内総生産)でも2位の日本を追い抜く勢い。ある中国大手企業の社長は「小売業の技は日本が師」だと、追い討ちをかけるような余裕も見せる。英国病の時代、日本は逆に経済進展の真っ只中だった。現在の日本が中国を見る感覚、かつての英国が日本を見る感覚、これらには何か共通のものがあるのだろうか。

一方の政治はというと、「マネー問題」で野党が与党を吊るし上げる、という論法はいまだに呆れ返るほどに”健在”である。人々が清廉潔白な政治家を期待しているとは思えない。もちろんそれが理想であったとしても、政治家に求めるのは、とにかくこの日本経済の立て直しであろう。マネー問題追求の茶番劇は見飽きている市民感情に気づかず、来る日も来る日も”会見”し続ける日本の政治家たち。日本の未来の危うさは、こうした政治家たちの責任でもある。

暗く長いトンネルを抜け出す手がかりは、簡単に言ってしまえば老若男女を問わず「個々の努力」だろう。だが、今後10年、20年先の日本を考えると、将来は日本を率いていく”はず”の、現在の若者たち、彼ら、彼女らが手がかりなのだ。私的な利害で言うならば、私が年老いた時、楽しい老後を迎えているだろうか。日本の老人福祉は申し分のない状況になっているだろうか。

老後を考えると、現在の若者たちがカギになる。だが、「失われた10年」「平成の大不況」、これらをまともに浴びてしまった若者たち。それだけが原因ではないのだろうが、「草食系男子」という言葉まで出た。ある男性に言わせると、「草食系女子」も増大しているのだとか。解釈の仕方は色々あるだろうが、一人暮らしはお金がかかるからと親元から離れずパラサイトし、結婚して家族を養うことなど無理だから彼氏や彼女を積極的につくることをしない、人と飲んだり話したりということに「利益」を感じないからなるべく家に居る、などなど。「婚活」という言葉に現れるほどに結婚願望が強い若者がいる反面、こうした「人との触れ合い」を避けるようにしている若者もいるということだろうか。両者の比率はよくわからない。また、ネガティブに捉えた草食系の若者はあくまでも若者たちの中のほんの一部であり、多数派はそうではないのだと願いたいし信じたい。