2014年は”犬年”WinkingHappy

もうすぐ2014年ともお別れですね。私にとってこの1年は「犬年」でした。
昨年の暮れ、我が家に犬がいない状態に。2014年は年明け早々から「里親募集」のチェックに続くチェック。めでたく4月に2匹の里親になりました。1月17日産まれの兄妹。ブルーとココと名付けました。下記の写真は月齢9ヶ月頃。



この2匹を引き取る前後にひょんなご縁があり、月齢5ヶ月の犬を合計21匹も抱えて右往左往の飼い主と出会いました。成犬も入れると総勢35匹以上!!パート仕事で決して裕福な暮らしをしているとは言えない飼い主で、誰も散歩に連れ出すことができない状態でした。詳細は省きますが、とにかく劣悪な環境に犬たちがいました。経済的な問題もあり、常識とされるフィラリア薬すら、与えたり与えなかったりという状態。餌は朝一回だけ。成犬たちはまだ若いというのに痩せていて健康的には見えない感じでした。飼い主には申し訳ないのですが、ここに居続けたら間違いなく不幸になりますよね。

せめてこの21匹だけでも救わなければ、という気持ちはありながらも、果たして月齢5ヶ月にもなった犬たちに里親は見つかるのか、皆2〜3ヶ月の子犬を求めるだろうし、というネガティブムードになっていました。ところが、ダメ元で載せたインターネットの里親サイトが大ヒット。私が載せたのは14匹。足の悪い男の子がまだ1匹残っていて、他にはアクシデントで亡くなった子もいましたが、ほかの子たちは暖かい家庭にもらわれていきました。里親に神奈川県方面が多かったのは面白い現象でした。でも嬉しいことに、内2匹の里親さんはいすみ市。その内の1匹とは今も交流があり、我が家の庭で一緒に遊ばせたこともあります。

世の中捨てたものじゃあないゾ、と思いました。良い人たちはまだまだたくさんいるんだと。里親になってくださった方々は、ペットショップでお金を出して犬を「買う」ということに否定的な感じがありました。私も同感です。命をお金で買うということに基本的には抵抗があります。ただ、ブリーダーがいるから様々な犬種との楽しい出会いがあるのも事実です。そう考えると、犬の飼育ビジネスは「良識ある」ブリーダーのみにしていただきたいものです。このところ、たくさんの純血種が捨てられているというニュースを見聞しますよね。これは実は法律が変わったからのようです。「不要」になった犬を保健所に持ち込んでいたペット業者に対し、保健所が断ることができるようになったそうです。これを機に、ぜひこうした悪徳業者を摘発し、動物取扱業者の免許を取り上げるだけでなく、懲役刑の実刑ぐらいにすべきではないでしょうか。

さて、先の子たちは、21匹中、20匹が幸せをつかんだことになります。幸せに暮らす子たちの例を2家族分載せます。
A君。里親サイト用に取った時の写真


A君の現在。歯医者さん一家に貰われていった子です。引き取りに来てくださった娘さん(彼女も歯科医)はなんとも可愛らしくチャーミングな女性でした。また、お父様が素敵な方で、膝の上に抱っこしたり、縁側で男同士並んで座ったりと、楽しい写真を送ってくださいます。お茶目で可愛くたくましい犬になりました。本当にありがとうございました。


B君。同じくサイト用の撮影時。


B君現在。家具職人のご家族のもとに引き取られました。ご夫婦揃ってとても暖かな人柄。ビジネス用のウェブサイトがあり拝見したところ、とても素敵な家に住んでいらっしゃる様子で、さすがクリエイティブな仕事の人は違うなぁと。四国までの長距離ドライブも楽しんだそうです。つい先日には、わんちゃんも含めご家族揃ってテレビ出演したそうです。本当に幸せそうです。そしてとても綺麗な犬ですよね。サイト用の撮影時に見せた不安そうな面影は全くなく、幸せが満面に出ています。本当にありがとうございました。


このような里親探しのイベント?が春から秋まで続きました。加えて、もうこれ以上産まれるのは困るということで、犬の避妊手術のお手伝いもしました。犬猫の保護活動、避妊手術、去勢手術の活動を行う団体を友人から聞き、さっそくコンタクトをとり、どうにか8匹のメスの手術を終えました。保護団体さんからケージを借り、メス犬を軽トラの荷台に乗せて移動。行ったり来たりがなんどもありましたが、今振り返ると良い思い出です。

下記の写真は、いすみ市の人に貰われていった子で、うちの子たちと遊んでいる時の様子です。最初はおどおどしてましたが、痛烈なぐらいにフレンドリー?なうちの犬に気圧され、仲良しになりました(笑)。


里親のこと、避妊手術のこと、これらと同時進行で我が家の「子育て」もあったわけで、秋頃までは忙しい日々でした。でも、とても誇らしい気持ちになれたのも事実です。こんな善事は50年以上生きてきて初めてかもしれません。もちろん、これまでも里親探しは行ったことがあり、合計すると何十匹になりますが、もう子犬とは言えない月齢の犬たちを、しかもこんなに夥しい数の犬たちの里親を見つけたのですから。

前のブログにも書きましたように、8月下旬からは「成年後見制度」について学び始めました。社会人講座だというのになぜか試験もあり、合格不合格ラインまで設けられているのです(汗)。課外実習もたくさんあり、レポートに次ぐレポート。

写真は、実習の一つ。自分で課題を設けて実行するのですが、後見制度を知ってもらうための広報活動を行うことにしました。NPOいすみスタイル研究所のイベントに参加し、ブースをいただき、そこで活動しました。手応えもあり、有意義な時間でした。講座は1月まで続きますが、終わった後も何かこれに関わることを学びたい気持ちです。


この写真は、同じく成年後見制度の課外実習の時のもので、知的障碍者の支援を行っている人に同行させてもらい、その実態を学ぶというものでした。
知的障碍者の方々が働くNPOでのランチメニューです。本当に美味しいおでんでした!「茶飯」がまた美味しく、単にお醤油を少し入れて炊いただけらしいのですが、良い出汁が出ているような味でした。お世話になりました。ありがとうございました。



こーんな感じで過ごしてきた慌ただしい雰囲気の2014年でしたが、振り返ってみると、それぞれが有意義であったわけで、良い年だったと思います。また、自分の足元を見つめてみると、優しい夫と可愛い犬たちに囲まれ、本当に幸せ者だと感じます。

夫や犬たちとのマッタリ、ゆる〜い、タイムを過ごせることに幸せを感じます。



社会人学生として度々東京に出かけますが、その東京に出るのにそれほど苦ではない距離ながら、焚き火だってできるような広くてのどかな場所に住んでいるのだと思うと、本当に感謝の気持ちです(東京人にはわからないかもしれませんが)。


そして、秋頃までずっと待ち受け画面がこの子たちでしたが、


ようやく、ブルーとココに変更しました。亡くなったアオとウメの写真を未練がましく待ち受け画面にしていましたが、「可愛いですね、いくつですか?」みたいなことを人に言われることがあると、「もういないんです」の一言で会話がブツリと切れてしまうんですよね(笑)。さすがにそろそろ切り替えねばということでブルーとココの撮影を敢行しました。



来年もブログはこのノリで、気が向いた時に書く、という方向にいたします。どうぞよろしくお願いいたします。皆様にとっても、2015年が良き年になりますように。

友達づくり、友達探しHappyWinkingLaugh

50代、60代になると、一般的にはそろそろ終の住処を探そうかな、となる様子。年代的には我々夫婦はそのど真ん中なのだが、既に終の住処にいる。30代、40代というまだ現役のうちに、一足早く、先を考えた終の住処作戦を実行に移したということになるだろうか。

我々夫婦と同年代の友人カップルも多くいる。会社勤務型もいるが、多くはフリーランス。少しずつ仕事を減らし、あちこちで高尚な趣味にお金を投じ、終の住処も少しずつ考え始めたカップル。既に巣立った子供達が住むいくつかの国、また友人たちが移住した国々を、夫婦揃って訪ね歩きながら終の住処を考え中のカップル。昨年の震災がきっかけとなり、何十年という東京住まいに別れを告げようと決め、今後5年計画で奥さんの故郷に移住しようと考えているカップル。

数年前、毎月遊びにきていた友人カップルがいた。大都会に住む彼ら。一方のこちらは大自然。360度完全に自然界パノラマという光景は東京人の彼らにとっては新鮮であり癒しであっただろう。また、終の住処としても一考の価値大いにありと見ていたことは間違いないと推測される。

しかし、彼らが足しげく通い続けてくれたのは、我々夫婦を慰める意味もあった様子だ。慰める?えっ?は?である。だが彼らとしてはこういうことのようだ。つまり、こんな片田舎でしかも隔絶された僻地に住む私たちは、さぞや寂しい思いをしているに違いない。遊びに来いと誘いをかけてくる理由も、このように刺激も何も無い自然の中にいるからであり、絶対に退屈しているに違いない、と。・・・(笑)(笑)(笑)。

終の住処候補としてこの地を提案をしたことは事実だし、泊まりがけ訪問に誘ったことも事実。だが、「遊びにいっていい?」と打診してきたのはどちらかというとほとんどがあちら側からであった。且つ、我々夫婦はちっとも「ロンリー」ではないし、「ボーリング」でもない(笑)。実際のところ、家にいる事に退屈し、スカイプや電話で話しかけてくるのは「東京人」であり、こちら側からかけたことは無かった。タイミングとしては、仕事が一段落した後、台風や大雨などの悪天候で家にいるしかない時が多い。しかも、「なんかつまんなくて」と開口一番(笑)。悪天候の際は読書をしたり衛星放送の映画でも見たりしているし、悪天候後は落ち葉や枝のレーキングに忙しい。仕事が一段落していたら、これまた庭回りの仕事をしようか、ということもある。時間が許すなら天候や仕事の有無に関係なく、自然に耳を傾けたり、美しい眺めに見入っていたりと、これらがこういうのどかな場所にいるということそのものの意義だと感じる。こうなるとスカイプをしている暇は案外無いのが実情だし、こちらからスカイプをしようかと思う事はない。ロンリーなのは都会人の方のようだ。事実関係が逆なのにそれに気づかないのも笑える話だが、その心理も面白い。一見、田舎の方が「空虚」を感じさせるのかもしれないが、私たち夫婦の友達たちに限っては逆の現象が起きている。遊ぶ場所には事欠かず超刺激的な都会が大好きと思っている人たちは、案外自分の「ロンリー」感に気づかずにいるのかもしれない。

ただ、終の住処を探し始めた比較的仲の良い友達カップルたちがこの地を選んでくれたらいいのになぁと思うことはある。選ばれなければ多少のロンリー感を抱くことは間違いない。友人カップルたちの終の住処探しは、夫と私の会話の中によく出てくるようになった。

会社勤務であろうとフリーランスであろうと、年齢とともに仕事の量は減り、老年期と向き合うことになる。老年期とは、夫婦が向き合う長い期間と同義語だろう。子どもがいるカップルも例外ではない。子はいずれ巣立つ。それはまた夫婦2人での暮らしを意味する。子どもがおらず元々夫婦2人だけの生活を長く続けているカップルの方が老年期の向き合いにはスムーズに入れる気がする。却って子どもがいるカップルの方が、急に2人だけになったような新局面に戸惑うのではないだろうか。

バブル経済の頃、「成田離婚」という言葉が流行した。子供の結婚式後、ハネムーンに出る2人を成田空港まで見送った直後の両親の離婚。新婚カップルがハネムーンから戻った後で離婚を考えるというテレビドラマがあったため、成田離婚を混同することがあったが、元々は「両親の離婚」を意味したものである。両親といっても、離縁状を突きつけるのは妻側(母親側)からだ。会社人間だった夫(父親)の実質家庭不在。夫婦らしい会話もないままに何十年もカタチだけ連れ添った妻は、定年退職した夫と毎日顔を合わせて生活することに耐えられない。そして妻の決意は、子供が結婚するまでの我慢であり、成田でその憤懣を爆発させ、離婚届を手渡す。青天の霹靂の夫。退職金、或いは家、或いは両方を妻がもらうというのが成田離婚の定番。バブル期が過ぎ、不況が続く今の成田離婚はどうなのだろうか。離婚したくてもできない現実があるかもしれない。それはそれで悲劇。仕方なしに生活を共にする夫婦。考えただけでも辛そう。

フリーランスの夫と私。子供無し。これからもこれまでのように2人で向き合っていくことを考えるととても楽しくなる。我々夫婦はお互いをベストフレンドと思っている。それでも、好きな仲間たちがこのエリアに移住してくれたら、カップル同士の語らいが増え、また女同士、男同士など、色々な交流が楽しめるに違いない。幸い、私たち夫婦の友達カップルに不仲はいない気がする。子供がいるカップルでも成田離婚系はいないように思う。一刻も早く、彼らが納得できる終の住処を見つけられるように願っている。

物思いにふける秋HappyLaughWinking

夏はここ何年もずっと「猛暑」か「酷暑」。暦上は過ごし易い季節となるはずの9月は何処へと消えたのか。今年の9月は8月に引き続き前述2つの「」続きと相成りました。その苦汁から逃れたかと思った途端、雨続きとなった関東。そして雨が終わったら晩秋の気候に。今年は春に相当する初秋の暖かさや爽やかさが無いまま。それでもこれからは秋から冬にかけての良いお天気が期待できるのかもしれない。

物思いにふけるには最高の時とも。とはいっても私の中ではさして「ふけるべきモノ」が見つからない。いや、そうでもない。最近、何故か故郷の富山を思い浮かべることがある。昨年、母が亡くなり、富山産物というか実家産物の宅配便が激減したからかもしれない(これって単に欲張りとも(笑))。春の山菜その他色々。特に季節感とは別の、「親の愛」として送られてくる私の好物。

47都道府県の内、富山県というのは今ひとつ印象が薄い県かもしれない。芸能人を多く排出しているわけではないし(財界人には結構多いのだが)、政令指定都市、大都市圏の自治体でもない。でも、”愛県心”を持つ私としての県自慢は、凶悪犯罪が無い(滅多にニュースに出ない)、産廃ゼロ、関西側文化圏の影響が強いせいかノリが良い(笑)、などたくさんある。これまたあまり知られていないが、数値で見た都道府県ごとの統計では、1人辺りの所得は全国で10位であり、東京や大阪などの大都市圏の次に位置する。一戸当たりの平均面積が日本一であったり、児童学力テストでも上位に名を連ねる。そうそう、町村を含めた最小自治体に至るまで、全てに図書館が設置されている100%の県は富山だけである。好き嫌いを分つ冬の雪はあるものの、総合的に「聡明な県」と言えるように思う(のは私だけでしょうか)。

富山、というと一般的に浮かぶのは、列車で食べる「マスの鮨」だとか、「ホタルイカ」ぐらいかな。

で、少しツーになると、昆布巻きかまぼことか赤い渦巻きかまぼこを知っている人が出始める。


そして、もっとツーになると、ビッグサイズのお祝い鯛かまぼこを知っていたりする。着色料ドーンといった具合はさておき(笑)、このかまぼこはとても美味しい。魚がきちんと使われているという味がする。結婚式の引き出物に入っていたものは、長さが70センチぐらいはあった。どのスーパーに行っても必ず置いてある大手Kのかまぼこ。何かのきっかけで食べる機会があった父いわく、水っぽ過ぎて、魚の味がしない、と。

巨大かまぼこでこんなサイトを発見。富山の老舗らしい。スクロールダウンして、かまぼこの大きさをご確認あれ。
北陸富山蒲鉾屋三代目 丹右衛門「河内屋」

そして、母亡き今、もしも父が昨年同様に健脚であり、山に登って天然の自然薯をとってくるならば今年もありつけるかもしれない、私の大好物のひとつ「ヤマイモと大根おろしの和え物」。

絵的には美しいとは言い難いけど、本当に美味しい!自然薯を実家ではヤマイモ(山芋)と呼んでいる。すり卸したヤマイモと大根。混ざりにくい2つながら、それを頑張って混ぜるのみ。お醤油をお好みで。お味噌でも良し。


ひたすら混ぜていると、ね、それなりに混ざってきてますでしょう?。


ここまで混ざればオーケーです。返す返すも絵的にはいまいちだし、この味を知らない人にとっては「まずそう」というぐらいのコメントが出るかも、ですが(笑)、私にとってはよだれがじゅるーっ、なのです。「お父さん、今年も山に登ってぇ〜〜、お願いします」。あ〜、マジで食べたい。食べたいっ!


これまた私の大好物「ミギス」。東京でも千葉でも見た事の無い干物。名前からしてキスの仲間かと推測しながらも、「ミ」は富山弁の母の訛りかもと考えていたが、ネットで「ミギス」を見つけ、「ニギス」という名も発見。熱々ご飯にあぶったミギスをのっけてパクパク。ご飯が進み過ぎて危ないったらありゃしない(笑)。


母校のOB向け祭りに参加してきた。宝くじのように福引き券を購入するのだが、10枚に1枚必ず当たるというこれまた宝くじよろしく的な賞。マーボ豆腐の素だとか、庶民的値段の化粧品類など、うん、こんなものでしょうね、という程度のものしか入っていなかったのに、今年は意外なものが。全国都道府県の特産物をギフトにというもので、印刷されたカードはいわば目録のようなもの。この47枚のカードから好きなものを一つ選び、同梱のハガキにそれを記入して投函すると、数日後にその特産品が送られてくるというもの。サイトもあり、好奇心で見てみたらなんと5250円!カニも良さそうだし、いくらも美味しそう。他にも様々な特産品が目白押し。

「愛・都道府県心」のある人なら、誰もに等しく出身地特産のお勧めがあることだろう。その地ならではの逸品を47枚それぞれの説明の中に感じた。サイトはこちら。
47CLUB「贈りもの弁当」

それにしても、母校様、10枚に1枚の賞としては予算オーバーなのでは?。しかし、今年のお祭りプログラムを見ると、毎年必ず協賛に上がっていた「自動車」が無い。この不況下でベンツとトヨタの協賛が得られなかったのか、それとも。この分を10枚に1枚の賞にあてがったのかどうか。いつかはベンツを当てたい、と考えていた私だが、ベンツゲットの確率はかなり低い。それよりも10枚に1枚の中にこうした良いものが入っている方が断然良いかも。でも、なんとなく、来年のベンツの復活を願う私である(笑)。

親と子とはHappyHappySad

10年以上も前の、5月始め頃のこと。道路を”歩いていた”ウグイスのヒナを見つけた。捕獲して助けたつもりが、実は大失態だった。ウグイスの親は近くでヒナの巣立ちの練習を見守っているのだと獣医に聞かされ、すぐさま元の場所に返した。

鳥の巣立ち時期にちなんだような朝日新聞のシリーズ記事「巣立つ」を読んだ。児童養護施設から巣立つ子供達のストーリーだ。何らかの理由で子供を育てられない場合の受け皿として存在する養護施設。だがこうした受け皿は人間界だけの話。自然界では親が子育てを放棄すれば、それは即刻「死」を意味する。育児放棄されたヒナは天敵のエサか餓死の道しかないが、親を恨む事も無く死んで行く。

「あー、よかった人間に産まれて」、と安堵?。それは人間に産まれたからこそ、鳥との比較でそう思うだけの話。もしも鳥だったなら、何の「疑念」も無く静かに死を迎えただけかもしれない。

疑念、これは人間に産まれたからこその、”性”だろう。先の特集記事に登場した子供達がそれ。短大に進むことを決めた18歳の女の子。母親が何らかの理由で彼女を育てられず養護施設で育った。数年後、実の弟も入ってきた。

不思議だった。母親にどんな理由があったのだろう。まず考えたのは金銭的な理由だ。それならば、何故、2人目を産んだのか。産んでまた養護施設に入れた。上の女の子はどう思っただろう。自分だけでなく弟までも。彼女が描く「母親像」は「母親憎」へ。母親と祖母は施設の行事には参加し、彼女の高校の卒業式にも顔を出した。だが、祖母とは目を合わせ会話もするが、母親とは会話もないままに18歳を迎えた。

向き合ってくれない娘、心を開いてくれない娘。母親の気持ちはどんなだろう。心痛のままで迎えた高校の卒業式だっただろうか。短大の学費は奨学金ローンを借りた。本音は4年制大学だったが、金銭的に難しいと考え短大にした。高校を卒業したら施設を出なくてはいけない。アパート代や生活費を計算し、アルバイトでどう賄っていくのかをしっかりとシミュレーションした。「母親に相談する」という、ごく一般的なことを彼女は決してしない。自分で全てを決めるしっかりものだ。

彼女の中に「疑念」はあっただろう。何故一緒に暮らせないのか、という。だがそれは成長とともに無くなり、それは「不信」に切り替わったのだろう。イヤ、まだまだ疑念は持ち続けているはず。18歳の今日まで、一切目を合わせようとしない、その態度がそれを物語っている。

鳥に産まれていたなら、こうした鬱屈はなかっただろう。人間だからこそ、「親と子」が一緒に暮らさないということが心に傷を残す。聡明な彼女のことだから、いつかはこの疑念も不信もうまく消化していくのだろうが、いつか母親に向き合う日がくるのだろうか。これだけはわからない。

科学は全て「仮説」なりHappySadWinking

この30年、新生児の体重が減り続けているそうだ。

「小さく産んで大きく育てる」。ずーっと良しとされてきた妊婦教育。そのため妊婦の体重減となり、生まれた赤ちゃんも体重減となる。太り過ぎは良くない。だが、太ってもいない妊婦が体重増加を気にし、痩せ過ぎが目立つらしい。出生児の低体重は糖尿病や心筋梗塞のリスクが高いという調査結果が出ているそうだ。

産婦人科の間では、「小さく産んで大きく育てる」を誤りとする声も多いらしい。

そうか、なるほど、と言いたいところ。だが、おや、ちょっと待って。今さら前言撤回はルール違反では?調査結果があるということは、医者が言うのだから間違いはないだろうと小さく産み育てたが糖尿病になってしまった、という家族が少なからずいるわけだ。そういう人たちにしてみれば、どうしてくれるのだ、と訴えたいところだろう。訴訟の国アメリカあたりでは、そのうち裁判沙汰になるかもしれない。

今も社会の授業あたりでは習うのかどうか、DDTは「魔法の粉」と言われた。終戦直後の日本で、蚊やシラミ駆除に使われた。殺虫効果が高いにもかかわらず、人間などの高等動物には「無害」だと言われた。シャツ一枚にパンツ姿の子供達が、DDTを身体中に浴びて真っ白になりながら嬉しそうに飛び跳ねている写真を見たことがある。

ところが、生物学者レイチェル・カーソン氏の著書『沈黙の春』を機にそれが一転し、魔法の粉は「悪魔の粉」であると判明する。そしてその後、DDTは極めて危険な発癌性物質であり、自然環境にも多大な害を与える物質であると国際的に位置づけられた。

このように科学は常に仮説の世界を歩いている。これまでも色々と「覆された」ことはあったし、たぶん今後もあるだろうと思う。地動説と天動説然り。極端にいってしまえば、「水は水素と酸素の化合物」という常識もいつか否定される日がくるかもしれない。現時点ではあり得ないと思えることだとしても、数百年後の科学の水準にまで想像力を働かせるのは不可能だ。今は「最先端の科学」であっても、未来における保証をするものではない。

「常識」が覆る時、DDTの粉を浴びてニコニコと笑っていたあの少年たちの写真を思い出す。DDTの毒牙にやられてはいないだろうか、元気に生きていれば今頃80代だろうか、と。

やはり、やめておこうHappySadWinking

『ソーシャルネットワーク』という映画を見た。ご存じ、市場最大のSNSであるフェイスブック創業者マーク・ザッカーバーグが主人公。だが、今回は「映画」のカテゴリとしてではない。この映画を見て、フェイスブックに関して改めて考えさせられたからだ。だが、もちろん娯楽映画としても悪くない。映画化が困難な題材だと思うが、そこはさすがにデヴィッド・フィンチャー監督。ザッカーバーグが2組の学友から告訴されていた事実を捉え、主たる場面をその訴訟シーンに置き、そこにフェイスブックの”生い立ち”を取り込む手法をとっている。セリフ、映像、構成と編集、全てにおいてのスピード感溢れたキレのある展開で巧く料理されていた。一見普通の青年には見え、悪い人間ではないし、頭の回転も速いのだろうが、いまいち”人肌”の温かさを感じさせず、つかみ所の無い時代の寵児を、ジェシー・アイゼンバーグがなかなか巧く好演している。お勧めの映画。


万が一当人を知らない人のために説明を加えるならば、ハーバード大学の学生時代、恋人にフられた腹いせがきっかけで、その直後からほんの数時間でフェイスブックの元となるプログラムソフトを書き上げた”天才”、それがザッカーバーグ。史上最年少の億万長者(世界で10人に入る内)らしい。

さて、本題に入る。映画を見て、やはりフェイスブック登録には抵抗を感じた。やはり、とは、何年も前から友人知人らに勧められていたが、なんというのか動物的な直感が働き避けていた(笑)。そして数ヶ月前にも、最近ようやくフェイスブックを始めたというニューヨーク在住の友人が誘ってきた。「やっぱり、すごくいいわよ、やってよー」という友人の頼みではあったが、二つ返事が出来ずこれまた躊躇&ネガティブ、と。

何故抵抗を感じたのか。その答えはCBSニュースの
『60ミニッツ』にあった。一つは「好き」「嫌い」をクリックする感覚。また、プライバシーの侵害無しでフェイスブックは存在し得ないという問題。インタビュアーに答える”生”ザッカーバーグの発言を聞いていると、彼の印象は映画で描かれた人物同様で、生身の友達よりもフェイスブックやネットを通じて友達を作ることが一番と考えている風に見えた。聞いた話では、就活で履歴書が送られてきたら、企業の人事部が行うことはフェイスブックでの確認だそうだ。相互リンクの関係で、過去に購入したものも含めた個人情報がフェイスブック経由でわかるのだとか。自社に向いている人物かどうか、人事担当者はそこから調べ始める。拳銃、ポルノ、原理主義宗教、などなど、マイナス面の要素が見つかったら、まず面接は無理だろう。プライバシー問題に関してはどこかの団体から訴えられており、また連邦議会の調査も入っているとのこと。

2010年にはアクセス数もグーグルを抜いたフェイスブック。この数年で、グーグルスタッフが相次いでフェイスブックに引き抜かれているという。今後も躍進は続くのかもしれない。トップページを見ると、「情報の公開範囲は設定で管理できて安心」とある。だが、私はまだノー・サンキューのままでいようと思う。この動物的感覚による躊躇がある限り。

真珠湾史実の語られ方HappyLaughWinking


1941年12月8日。真珠湾攻撃による日米開戦。先制攻撃した日本が「悪」として語られる時。だが、最近ではアメリカの某略説が巷を賑わせているそうだ。ネット社会のなせる技とのこと。敗戦側がしきりに言い訳をしたがる構図は、まあよくある話。

史実を語る時、こうした言い訳や逆上にも似た保身本能はやめにしなければならない。史料という言葉があるように、史実とはそれらを積み上げ、そこから「事実」を吸い取っていく作業だ。史料は多ければ多いほどよい。

だが、どれだけ多くの史料が存在していても、それを検証して一つの事実を紡ぎ出すのは「人間」。人間から主観を取り除くことはできない。従って、完全なる客観はあり得ない。完全はなくとも、多くの史料の確認作業により、「確実」と思える事、或いは誰もが「共通」な認識なり見解をもつ事は存在する。それがその時点での、その時代においての「歴史認識」「歴史的事実」と言える。

19世紀まで、歴史は「発見理論」が主流だった。レオポルト・フォン・ランケやジョン・アクトンなどが知られている。簡単に言えば、歴史家が何らかの史料を発見し、それを元に史実を書くというもの。私的感情が入り、公平無私、不偏不党、とは言えないものになる。そしてその後は「構成理論」が中心となった。発見理論よりも歴史を見る目が養われるが、それでも尚、主観は存在する。

優れた歴史家はかなり淡々とした論調で書いている。史料を読み込み、史実のパズルに向かう。決して感情論で語ることもなければ、大衆心理に迎合するような結論を導くことはない。

歴史学は物理学や化学ほどに「科学的」にはなれない学問だ。だが、歴史の教科書に出てくる史実を見ると、全てが「覇権争い」や「殺戮」のように血なまぐさい事柄ばかりだ。それもそのはず。そうでなければ、歴史の教科書には載らないのだから。このような視点で歴史の事柄を見つめてみると、特に戦争の場合、それを好んで行おうとするのは誰か。それは「国家」であり「国民」とはいえない。国家とは軍であり、一部のトップのために多くの国民が血を流す、これが戦争の構造である。

日本が悪い、いやアメリカがしかけたなど、稚拙な論を交わすより、戦争の根本に目を向けたいものだ。

ご不浄とお教室HappyLaughSad

敬語の乱れ、日本語の乱れが指摘されて久しいが、乱れたままで定着してしまうと、そのまま新敬語の”国語”として市民権を得てしまうのか。特に過剰な敬語、二重敬語。買い物時の店員さんとのやり取りで、ビジネスや公的機関など社会生活の中で、まぁ多いのなんのって。枚挙にいとまが無いので例は割愛。

また、”誰”が”いつ”から”始めた”のかはわからないが、個人的には違和感を感じ、誤りではと思われることが完全に”国語化”しているものもある。それは「お教室」。料理教室、裁縫教室など、これまでは「お」は無しだったが、今は全てに付くのが常識と化している。セーフラインに入るのは「お取り寄せ」かな。「お取り寄せ品」だとヘン。そういえば、買い物をすると「お品物になります」、と手渡される。違和感〜。

言語の先生ではない私。当然私にも間違った使い方はあると思う。でもやはり周囲のそれらに苛つく。友人曰く、「わかるけど、あなたもトシなのよ、歳とともに頑固になっているのよ」、と。その通り。

私の力でどうにもならないことに怒ってエネルギーを使うより、こう言う時は美しい日本語に触れることにする。向田邦子でも読もう。1981年8月に飛行機事故で帰らぬ人となった彼女。今年は没後30年。琴線というか、人情の機微に触れる言葉を書かせたら天下一品。ヒトが発する言い回しを読み、ドンぴしゃりの表現に胸が熱くなり、「そうそう、そうよ、全くもってそうよねぇ」と、思わず膝を叩いてしまったものだ。

書棚から『父の詫び状』を取り出す。さっそく「ご不浄」が登場。こちらは”正式”に「ご」付きが認められた言葉。昭和の世界が広がる素晴らしいエッセイ。こうした書を読む習慣があれば、摩訶不思議な「新敬語」などは生まれることはないだろうに。おっと、いけないいけない、また頑固さが(笑)。

でも、こうやって譲れないものは譲れないのだと、いっぱしに頑固になって、頭から湯気を出して鼻をフガフガさせながら、年老いていくのだろうなぁ。

テレビ無しの生活推奨WinkingHappyLaugh



地上波放送が明後日から完全にデジタル化される。アナログ放送の終わり。デジタル対応のテレビ受像機やチューナーが無ければ、どのチャンネルも写真のようになる。

人々は地デジ難民になるまいと焦り、せかせかと電気店に出かけてテレビを買う。政府広報、電気店での広報活動の効果は絶大だ。

しかし、民放局が見られなくなることはそんなに大変なことなのか。アナログからデジタルに切り替わった瞬間、テレビが映らなかったら何か大惨事でも起きるというのだろうか。

約8年、我が家は「民放無し」の生活をおくっている。民放を視聴するためには山のてっぺんにアンテナが必要な場所に家がある。そこまでして民放を視聴したいとは思わなかったので、屋根の上に付ける衛星放送のアンテナだけにした。主に映画のために衛星の契約をしているが、面白い映画がなければ、テレビは24時間見ないことになる。

テレビが無い生活は静かだ。また、否応無しに入ってくる情報に翻弄されることもなくなる。テレビがスタートした58年前は、森羅万象の良き情報が目に耳に入ってきたと推測する。だが、今日のテレビはどうだろう。

どこかで久しぶりに民放を見たことがあった。何かの悩み相談室のような番組。タレントと称される人物が数人パネラーとして悩み相談に聞き入っている。タレントの一人は占い師のような人物。真剣に見ていなかったため、悩みの内容も忘れてしまったが、占い師の言葉だけは覚えている。占い師は、故人に手を合わせる時、願い事をしてはいけないと言う。生前、一生懸命に生きてきた人なのだから、亡くなった後はゆっくり休んでもらうべきであり、願い事をするなどもってのほか、筋違いだというのだ。

は?あまりにも馬鹿馬鹿しくて開いた口が塞がらなかった。墓前で、或いは家の仏壇に向かって手を合わせる時、人は「ふと」何かを「願う」もの。まして何かに悩んでいる人であればあるほど、先祖に向かって、或いは亡き家族の遺影に向かって、「どうか助けて」「お願いします」と叫び、祈るものである。それが「人」というもの。これは受け容れるべき人の弱さ。ふだんから人の悩み相談に応じているだろう占い師こそ、寛容の精神を持つべきではないだろうか。このような人間のベーシックな欲求にまでルールをつける占い師を番組に登場させる放送局の愚鈍さ。うんうんと頷く他のパネラーたちの無神経さ。公共の電波を通じて何千万という視聴者に向けて「ご意見」が発せられ、あの番組以来、墓前で「願い事」をしなくなった人たちもいるだろう。なんと気の毒なことか。

一事が万事。大半の番組も上述のものと比べ五十歩百歩、といったところではないだろうか。

アナログのテレビを持ち、これからテレビを買い替える予定の方々に是非試して欲しいのは、テレビの無い生活。できれば半年位試してみてほしい。せめて3ヶ月。1ヶ月でもいい。民放を完全否定するつもりはない。でも、せっかくの機会である。無いことの良さ、これは経験する価値有り、である。テレビはいつでも買えるのだ。

虎仮面の裏側にHappySadFoot in Mouth


「タイガーマスク現象」ブーム。昨年のクリスマスにランドセルから始まった贈り物は、モノだけに止まらず、現金、金塊にまで及んだ。この現象を機に寄付の問題点も浮上した。実名での寄付が望ましい、需要と贈り物が合致しないケース、寄付による税の控除をきちんと整備すべき、などなど。

寄付や奉仕に対する見識が高まり、課題も報道されたことは賞賛に値する。だが、マスコミは「面白い話題」を常に求めている。そしてそれを煽るのだ。今回のタイガーマスクは格好の素材だろう。ニュースでは日本地図が登場し、2色に色分けされていた。タイガーマスク現象が起きた都道府県と起きていない都道府県の2色。起きていない都道府県はほんのわずか。そのため、めちゃくちゃ目立った。千葉県も入っていた。タイガーマスク現象が起きていないなんて恥辱的なことだと言わんばかり。通信簿のようだ。タイガーマスクの”いない”都道府県でも思いは同じだったのか、その1〜2日後のニュースでは47都道府県全てが一色に切り替わっていた。煽り効果抜群、大成功だ(笑)。

マスコミによるブームであっても、奉仕の精神自体は素晴らしいことだ。「タイガーマスク」は善意の行動だと信じる。だが、マスコミに煽られ、”地図の通信簿”まで見せられ、とにかくやらなくては”国の恥”という考えになったとしたら、そこには善意以外の気持ちが入り込むのではないか。「恵まれないから恵んでやったんだ。嬉しく思うはずだ。涙のひとつも流すはずだ。感謝されるはずだ。あーいい気持ちだ」。こんな傲慢、高慢さはないと信じたい。だが、真の奉仕精神が宿っているかの確証もない。

一方の課題は解決となるか。これを機に税制が整備され、寄付をし易い仕組みに改正されるかどうか。人の噂も七十五日という。課題を残したままブームは消え去るのか。その怖れは充分にある。

マスコミ煽動のお祭り騒ぎは、事の本質を照らし損ねることがある。漫画の中の本物のタイガーマスクこと、伊達直人は「孤児院」育ち。1969年。私も見ていたテレビマンガ。あの時代だから孤児だった。だが今日の平成タイガーマスク現象は、「児童養護施設」への寄付。中には孤児もいる。だが、今日日は、親から子への虐待、養育不可能になったためというケースが群を抜いていると聞く。児童福祉法改正により、孤児院が児童養護施設と名称変更。なるほど納得の名称変更。当時のタイガーマスクに出てくる孤児たちは素直で健気で明るかった。漫画だし、作り物なのだから、孤児の理想を描いたのか、事実なのかはわからない。だが、児童養護施設にいる子供達はどうだろうか。親がいるのに親と暮らしていない、親がいるのに一緒に暮らせない子供達。推測できるのは、彼らの心は傷ついていること。ランドセルよりも欲しいものがあるのではないか。物品だけを与えればそれでいいのか。心のケアは万全だろうか。そんなことの方が気になる。

面白そうな話題に飛びつくマスコミ。功罪両面を持つマスコミは諸刃の剣。そして煽られ易い一般の視聴者心理。

罪の面ではこういうこともあった。それは、昨年10月に亡くなった尾下大造さん。享年88歳。陸軍時代のこと。ムカムカするという理由で中国人女性20名ほどを撃ち殺す上官を目撃した。自らも上官の命令で男性一人を撃った。そして戦後、彼は軍人恩給を拒否。それがマスコミで報道された。彼の元には批難のハガキがたくさん届いた。「自分だけいい格好するな」という声も聞いた。敵に囲まれた駐屯地であっても自らが敵前に飛び出し、命を晒す危険な行動を部下に押し付けるようなことはなかったという友人の証言。尾下氏の人となりを表す証言だ。「外国で悪い事をしたのだからもらえない」という尾下さんの弁。その気持ちが恩給拒否につながった。カッコつけではなく、戦争に対する彼の責任の取り方なのだろう。それがマスコミに取り上げられた途端、私生活でイヤな思いをする。彼が求めたのはマスコミに登場するような非凡な生活ではなく平凡で平穏な生活だったはずだ。

不快な”ありがとうございます”SadFoot in MouthEmbarrassed



本日のブログ。「怒りが」のカテゴリほどではないし、かといって「不満が」とも少々異なる。「考える」が比較的近いかということでこれに決定。本当は「苛立が」あたりを作ればいいのだが、件数があまり増えなさそうなカテゴリを作るのもどうかと考え、こちらは思いとどまった。

さて本題に入る。タイトルの通りだが、「ありがとうございます」は通常喜ばれる言葉。だが、こういうタイミングで使われるとなんとも不快というか、苛立に変わることがある。

皆さんも経験があるだろう。それは電話によるセールスである。セールス内容は光通信によるブロードバンド回線の売り込み。「こちらNTTの代理店で、、、、」とか、「こちらauの代理店で、、、、」と名乗るまではいいのだが、問題はその後。

「インターネットや電話をお使いでしょうか?」と聞かれ、返事は当然「ハイ」。すると、すかさず「ありがとうございます」が返ってくる。その後も全て同様に、どんな内容にも「ありがとうございます」が返ってくるのだ。

「光ファイバーはお使いですか?」「ハイ」「ありがとうございます」。
「IP電話はご存じですか」「ハイ」「ありがとうございます」。
「・・・・でもっと安くなるのはいかがですか」「そりゃあいいですよね」「ありがとうございます」。
「今なら・・・・のサービスになるのですが」「はぁ」「ありがとうございます」。

「大手電話会社の代理店」と「ありがとうございます」の組み合わせが生む効果は、人によっては絶大だ。

まず、「大手電話会社の代理店」:
あたかも「地元のNTTやauの支局」からかかってきたかのように思える。小自治体など地方に住んでいる人の場合、NTTの、と言われた途端、たとえば「斉藤さん家の次男が就職したところだ」というぐらいに身近である。警戒心が取り払われ、一気に安心感を与える効果がある。

次に、「ありがとうございます」:
ありがとうございます、は、明らかに「両者に契約のつながりがある言葉」だ。いつも家に来る電力会社の検針員であったり、プロパンガス屋だったり、宅配便業者であったりと。ありがとうの連呼は、このように常連のご用聞きであるかのような錯覚に陥らせる。初めてかけてきたセールスだという雰囲気は与えない。これが狙いなのだ。

そして両者の相乗効果:
地元のNTTやauからの電話だと錯覚し、その上で、「お安くなります」と言われると、「じゃあお願いします」と言ってしまう人も少なからずいるだろう。「斉藤さん家の次男の会社の関係のどこかから電話があって、電話代が安くなるとか言ってたから。書類も送ってくるし、ハンコを押すだけでいいし、工事はあの次男の会社のところでやってくれるから楽だし」といった具合だ。「今も契約しているところ」からのお得で耳寄りな情報なのだし、やらない手はない、というような。”代理店”はどこにあっても構わない。北海道の会社が沖縄の個人宅にセールスするのもありだ。「斉藤さん家の」と思っていた人は、まさかそんな遠いところからかけてきているとは夢想だにしないだろう。

顔の見えない電話での売り込みの場合、相手から警戒心を取り去る必要がある。それと同時に、いやそれよりも重要なのは「セールス」だと思わせないまま会話を続けた方が成功率が高い。ひとたびセールスだとわかると、結構です、で電話は切られてしまう怖れがある。そこで、上述のダブル戦略の登場とあいなる。

社会心理学の説得方略 (persuasion strategy) に、「真実を告げることから生じるネガティブな結果を回避するための嘘である欺瞞方略 (deception strategy)」という方法がある。セールスする側のセリフにウソはないにしても、明らかに惑わし、ごまかし、欺きの策略であると言わざるを得ない。

「電話ビジネス」が複雑多岐に渡ってきている今日だが、NTTやau以外の名前がわからないという人はたくさんいる。ブロードバンドやADSLと言われてもなんのことかわからないという人もいる。「ありがとうございます」の連呼が、そういう人たちだけの狙い撃ちとは限らないだろう。だが、かなり効果覿面なのだろう。どの”代理店”であっても、皆一様に上述した通りの言い回しを行うのだから。

しかし、セールストークを長引かせるやり口として考えても少々お粗末だと言わざるを得ない。漏れなく付いてくる「ありがとうございます」には、さすがに食傷気味である。私のような意見も増えてきているのではないだろうか。そうしたセールスの電話に対し、「あのぅ、ここでありがとうございますと言われても、まだ何かお願いしたわけじゃあないし、電話回線を持っていることにありがとうございますと言われても、そうじゃあないとあなたからの電話だって受けられないのだし、変な感じがしますよ」と、やんわり言った所、「はぁ」と言ったままかなり長く沈黙が続いた(笑)。

「国民生活センター」あたりにこうした苦情は殺到しても良さそうな気がするがどうだろうか。

きちんと眼を見てくれる人にWinkingLaughHappy


眼鏡歴ももう10年ぐらいになる。そして最近、またまた眼鏡の具合がいまいちとなりつつある。老化が進んだ眼のためにまた眼鏡の処方が必要となった。まずは眼に異常がないかを眼科でチェックしておこうと考え、近隣の眼科医をネットで調べる。ひとつの眼科医に行き着く。サイトにはおや?と思う事が書いてある。「眼鏡の処方は医師のみに許された医療行為です。処方は眼科医で行いましょう。眼科検査なしで眼鏡を処方する事はとても危険な行為です」とある。

これまで眼科と眼鏡店、両方で処方してもらった経験がある。眼鏡歴は浅い私だが、何かキナ臭い感じがした。ネット検索すると、色々な問題点があるようだ。全容を把握するには時間がかかるしそこまでしたいとは思わない。ここでは私が感じたことだけを述べる。

まず、「処方」が医療行為であることは間違いはないが、言葉に惑わされてはいけない。正式名称はさておき、眼鏡店で行う、「視力チェック」、それに合わせた眼鏡づくりは違法ではない。眼科医でのチェックは眼科医が行うのではなく「認定眼鏡士」という資格保持者が行う。認定眼鏡士から上がった「書類」にオーケーサインを出すのが医師であり、そこで初めてその書類は「処方」となる。眼科内の認定眼鏡士チェックのみで処方はもらえず、必ず医師の診療とセットだということだ。

自分自身の経験を通じ、実はここに違和感を感じた。医師の診察で眼に問題がなく単に眼鏡処方を変えるだけといった場合、眼鏡の具体的な相談は認定眼鏡士に尋ねて欲しい、といった様子があからさまだ。一方の認定眼鏡士。彼らはかなりの専門性をもってその任務に就いている。処方に関しては医師よりもよっぽど「センセイ」と呼びたくなるぐらいだ。処方のために押すハンコ以外、医師が「処方を作成している」とは全く言えない。眼鏡士に全てをゆだねる医師。これが眼科医での処方の現状だ。

そして、眼鏡店。こちらには必ずしも認定眼鏡士が常駐するとは限らないようだ。だが、その肩書きが有る無しにかかわらず、私がレギュラリーに出向く眼鏡店のスタッフは信頼に値すると思っている。眼科医の認定眼鏡士と眼鏡店のスタッフは、どちらも専門性が高いと感じた。

両者が同じようにレベルが高いのであれば、私は眼鏡店の方が良いと思う。何故なら、眼科医ではイモでも洗うかのように患者が列をなして並んでいる。認定眼鏡士の役割は、とにかく早く患者を「さばく」ことだろう。しかしこちらにしてみれば、命綱とも言える大切な眼である。がっぷり四つに組んで取り組みたいし、眼鏡士にもそうあって欲しいと思うものである。眼鏡士がレンズを入れ替えて善し悪しを尋ねる時も、時にはレンズの入れ替えを何度も繰り返さないと不確かで答えられない場合もある。また、善し悪しの回答を示してはみたが何か不確かさが残る場合もある。だが、ベルトコンベア式に済ませたい眼鏡士から滲み出る繁忙の雰囲気メラメラの空気に煽られ、不確かなままで次に進んでしまうことが多い。まっいいか、では本当は済まされないのが眼の処方だと思いながらも、現実の気忙しい雰囲気にはなかなか太刀打ちできない。そして時間の問題。順番が来るまで待たされる時間は長く、自分の順番がくればベルトコンベア式に急がされ、しかもそれで終わりにはならず、またまた待合室で長い間待たされ、ようやく医師に会い、処方以外の診察をされた上で処方をもらう、という段取りだ。混み具合によっては半日がおじゃん(古い?)である。

そんな眼科に行くよりも、平日の空いた時間の眼鏡店。これが私の選択だ。もちろんきちんとした専門性のあるスタッフを見つけることが必要だが、ひとたび見つけたならば、そこをレギュラー眼鏡店と考えればよい。何代も切り替えた眼鏡歴がカルテのようにそこに保管されている。かかりつけ医ならぬ、かかりつけ眼鏡店。私のかかりつけ眼鏡店は、保証期間はもちろんのこと、毎年誕生日近くになると数千円分の割引クーポンが送られてくる。定期的な眼鏡チェック案内もある。眼鏡のネジの緩み、鼻や耳への収まり方調整や不具合の直しなどはいつも無料でやってくれる。期限が切れたクーポンを恐る恐る出してみた所、笑顔で割引いてくれた。

眼鏡処方の前に眼科医に診てもらうことは大切なことだと思う。加齢とともに起こる白内障や緑内障、他の疾患があるかもしれない。だが、ひとたび問題なしのお墨付きをもらったならば、眼科医内の認定眼鏡士を選ぶもあり、眼鏡店のスタッフを選ぶもありだと思う。技術的、専門的にはどちらでも構わないはずだ。

眼鏡の処方は医師ではなく、もう眼鏡店に全てを任せた方がいいのではないかという事を問題提起している人たちがいる様子だ。先のキナ臭さはここにあった。書類に押捺するだけの眼科医という処方の事実。それでも医療行為の中に眼鏡処方を置いておく理由があるのだろう。しかし、眼鏡店での「処方的行為」により眼鏡を作ることが違法でないのなら、それほど頓着する必要も今のところは無い。キナ臭さはもっともっと奥深いのかもしれないが、今はあまりジャーナリスティックな考察に持って行きたくはない。気にせずにおこうと思う。何よりも大切なのは、自分自身も眼をしっかりと見開くことであり、自分の眼をしっかりと見てくれる人を確保し維持することだ。

能動よりも、まず受動の図書館HappyHappyLaugh


先日に続き、今日も図書館ネタ。連チャンに相応しい題材が目の前に飛び込んできたことが理由だ。それはクロスカップリング反応でのノーベル化学賞受賞というニュース。受賞者の一人は鈴木章さん。大学入学時点では数学を専攻するつもりだった鈴木氏。その彼が有機合成に興味を持ったのは「本との出会い」。転機を作ったのは「大学図書館」だった。

伝えたいのはノーベル賞級の本との出会いではない。学術的な文献を多く網羅する大学図書館と小規模自治体の公共図書館を比較しているのではないのだから。言いたいことは「個々人にとって大切な本との出会い」が必要だということ。それを提供するのが図書館だということだ。

そうした本との出会いに大きく寄与するのが「ブラウズ」することである。ブラウズ browse, browser ブラウザは、インターネット用語のカタカナ言葉して知られているが、ネットの専売特許言葉ではない。『リーダーズ英和辞典』によるとブラウズは、本の拾い読み、めぼしい本はないだろうかと見て回る行為を指す、とある。

ネットはどちらかというと、最初からわかっている目的物、想定されたモノを探す方法だ。一方、図書館でのブラウジングは自分の興味を超え、時に興味とは関係なく、分野も問わずに書架と書架の間をそぞろ歩きしながら、本との出会いを待つというもの。時には背表紙だけを読んだり、手に取ってちょっと目次をめくってみたり、また時には机まで持って行き読みふけるもありだ。図書館ブラウジングが素晴らしいのは、それによって意外な本の存在に気づいたり、これまで全く知らなかった分野の本との出会いを可能にするからだ。時には新しい出会いがその後の人生を決定づけることもある。先の鈴木氏のケースと言えよう。また既知の事であっても、何度か読み返す間に”新発見”をすることもある。

大切な本との出会いを可能にするのはネットではなく図書館
真に「大切な本との出会い」を求めるなら、実際はインターネットよりも図書館でのブラウジングに軍配が上がる。だからこそ「個々人にとって大切な本との出会い」には、図書館のように「受動的」なカタチでの本の提供が望ましい。頭の中で想定できない分野の本をインターネットで検索することは出来ない。頭に浮かぶキーワードがなければ検索は不可能なのだから。だが、図書館ならその「浮かばないキーワード」へも道しるべが用意されていると言える。未知の世界への扉である。本を探検する旅だ。

子供のための図書館
「大切な本との出会い」は将来を担う子供達に必要不可欠なことである。年齢に応じて「出会う本」は変化していく。興味の面、難易度の面、これら全てを網羅する図書館でたくさんの本と出会って欲しいと思う。出会った本を読み、咀嚼し、それによって考える力を身につけ、年齢とともに批判的な理論の展開ができるように頭脳を鍛えて行く。様々な本との出会いは、「優れた判断力」をもつ子供たちを必ずや育ててくれるはずだ。いずれ「地域の力」となる子供達のために図書館は大きな力となる。

大人のための図書館
そして、未来を担う子供達と同等に、大人のためにも図書館は存在すべきである。「大切な本との出会い」に年齢制限はない。また、図書館は様々な活用方法に満ちている場だ。家族に邪魔をされず独りで読書をしたり、静かな図書館で仕事を片付けたいということもあるだろう。ただ単に本の匂いに触れたくなって出かけるもよしだ。忙しい平日の代わりに新聞一週間分を週末にまとめて読むもありだ。新聞を買わなくて済む(笑)。

人助けの図書館
また、図書館によって「人が救われる」こともある。その例を挙げる。暴力団抗争による発砲事件の巻き添えで若い女性が亡くなった。被害者の母親は弁護士に相談。だが弁護士は暴力団を恐れて逃げ出す。当てにならない法律家に怒った母親は、それから毎日図書館に通い詰めて法律書を片っ端から読み始める。ハシゴをよじ登り、高い棚から分厚い法律書を引っ張り出す彼女の行為を危なっかしく見ていた若者が6人いた。彼らは司法試験勉強のために図書館に通う学生たち。そこから交流が始まり、彼女のために学生たちは条文を解説してくれた。”普通の主婦”だった彼女は多くの知識を得た。そして、「組長の使用者責任を追求する損害賠償訴訟」を起こした。撃った組員の不法行為をその当人ではなく組織の長である組長の責任とする訴えだ。彼女の弁護団も舌を巻くようなこの前代未聞の訴訟は、彼女が図書館に通って”独学”で考え出した手である。「組織、組織が」と口々に言う被告側のセリフからヒントを得たという彼女のアイディアは特筆に値する。彼女は和解金4千万円を手にし、それを元に基金を創設し被害者の会を作った。

もうひとつ、こんな話もある。公園の箱ブランコと地面の間に足を挟まれて女児が骨折した。事故の原因を箱ブランコの構造上の欠陥であるとして、それを管理する市と製造メーカーを訴えた損害賠償訴訟。「遊び方が悪い」と子供に責任を押し付けるメーカーと市に対し、「誰かがちゃんと言わないと事故は起きる。お母さん、私が提訴するよ」という女児の決意に立ち上がった母親は、全国で起きた箱ブランコ事故の実態を調べるため、国会図書館に通い、新聞記事を拾って当事者に事実確認をして事故のデータを積み上げて行った。結果、箱ブランコ事故での子供の死者は1960年以降22人もいることが判明。このデータが元になり、勝訴した。これをきっかけに自治体によっては箱ブランコの使用を禁止したところも出た。

図書館の役割は「資料(本その他の活字情報)を提供し、一人一人にとって大切な本や情報と出会うきっかけを作る場所」。これには、ブラウジングという行為を可能にする「図書館という場所」が必要になる。それが有るか無いか、これが全てを左右する。

図書館ネタをブログの題材にするとついつい”熱く”なる私。でも、図書館ネタで一緒に盛り上がれる仲間もいる。仲間も図書館設置切望者。その人も時には周囲の雑音から解放されて独りで読書をしたり仕事をしたい時があると言う。全くもって納得である。本来的には図書館は市民のためのインフラだと思うのだが、水道や電気がないと困る人はいても、図書館はそうではない、らしい。ここが図書館のない自治体に設置を訴える際、説得が難しいところとなる。上述した実話はレアケースだと一蹴されるだろうし、子供にも大人にも必要な理由をどう説いても、この不景気の時代である。今後の地域経済や高齢化社会など、目先の問題解決に必死だ。不振の地域経済や高齢化社会だからこそ、老若男女に関係なく、職種に関係なく、地域の人たちが全員、その課題に対して立ち向かうための知恵を養う図書館を設置するという気運には至らない、らしい。

しかし、そうなると、同じ小規模自治体であっても、元々図書館のある自治体とない自治体、この差は何に由来するのだろう。これが最終的に行き着く私の疑問点である。「お国自慢」になる失礼を承知で申し上げる。5日の写真と同様に下記の写真も実家の町にある図書館。町村合併後にこの市立図書館が新設された。町村合併前も、各町や各村には、図書室ではなく「図書館」があり、合併後は実家のある町に中央図書館が建てられた。旧町や旧村にももちろん「図書館」がそのまま残っていて、旧町村の人たちが活用している。

ひとつの市に4つも5つも図書館がある暮らし。一方、いすみ市は町村合併前から図書館はなく、市となって数年を経る今も図書館はない。「図書室」の本を増やすという首長のコメントを読んだ時の落胆。また、市からの業務委託で本の貸し出しを行うNPOが存在するという先の図書館仲間からの情報があったが、図書館の役割とは違う。何故、図書館という場所が必要なのかは「ブラウジング」で理解してもらえたと思う。そうなると、ふーむ、小さな自治体における図書館の有無とは、議会か首長か、それとも市民、どこに問題があるのか。実家の自治体に図書館があったのもただ単に「時の運」だけのことなのか。



この図書館の広い通路は車椅子でもすれ違えるほど。幼児向けに作られた低い机や椅子のコーナーもあり、お母さんたちが読み聞かせをしていた。70代、80代と思われる人たちが椅子に腰掛けて本を読み、新聞を読んでいる姿もあった。椅子に腰掛けてうとうとしている人もいた。老若男女に関係なく、業種に関係なく、仕事に就いているかどうかも関係ない。ふと出かけたくなったら行ってみる。読むという知的好奇心が目的のこともあれば、ただただブラウジングだけにとどまるかもしれない。でもその空間にいたいから出かける。これが市民のための図書館である。

総量は減るんでしょうけどHappySadEmbarrassed


環境問題が重視され、レジ袋有料化も進んできている様子。

有料化?、もちろん賛成である。ん、はい、賛成です。何か煮え切らない言い方になってしまうのは、有料化によって「マイバッグ」「トートバッグ」「エコバッグ」などの利用が進み、総量としての”石油消費量”が減るということだから。でも本当に減るんですよね?、と、いまいち疑問が残る。

たとえば、これは私だけでなく、どの家庭でも行っていると思うのだけれど、レジ袋は上記写真のように”家庭内再利用”が一般的ではないだろうか。ゴミ箱の内側にレジ袋を入れる。こうすれば捨てるときに便利である。また、「たくさんキュウリをいただいたの。お裾分けするわね」、てな感じで友達の所に行くときにも使うことがある。また、不測の事態?に備えて旅行用バッグにひとつ入れておいたり、他にも色々と再利用はされていると思う。皆さんも使いますよね?

破れてしまったり、或いは小さすぎるレジ袋でない限りは、レジ袋の再利用率はかなり高いのでは。そう考えると、再利用していたレジ袋がなくなったら、ホームセンターなどで販売されている100枚ワンセット、というようなタイプの”新品レジ袋”を”敢えて”購入しなくてはいけなくなるのだろうか。スーパーのレジ袋は一枚5円が多い。ならば、新品レジ袋の方が安い(^^)/.。

それに、ふーむ、一枚5円で販売するスーパーは、本当に環境問題を考えてこうしているのだろうか。環境よりもコスト削減の狙いがメインの雰囲気。加えて多くのスーパーは、環境問題と銘打って、そのスーパーの名入れトートバッグを販売してもいる。ん、む、ん〜、よく見ると、トートバッグの値段は数百円単位。環境問題に便乗し、商機ありとふんだのか?、で、結構利益を上げているのかなー、なんて勘ぐってしまう。それに、トートバッグはレジ袋よりも分厚いし、こちらの方が石油消費が多いのでは?いえいえ、プラスチックを再生して作っているからエコです。ふむ、なるほど。でもレジ袋だってプラスチックの再利用製品なのでは?

そんなこんなを考えていると、一番エコロジカルなのはどういうやり方なのか、と、考えが袋小路にはまり込む。


かくいう私自身、実は15年ほど前からエコバッグを使っている。紀ノ国屋スーパーのバッグである。丈夫で軽い。合計4枚持っている。ここ数年、無料進呈されるトートバッグに出くわすが、どれも紀ノ国屋スーパーのものにはかなわない気がする。”ブランドもの”意識はかなり希薄な私だけれど、エコバッグはこのように。15年前、レジ袋は要りません、とレジで伝えると、かなり奇異な目で見られたのを思い出す。いすみ地域の当時の現状(汗)。

買い物時の私のエコ活動は、「多くはエコバッグ、時々レジ袋」。先述したように、レジ袋はとても重宝する。ある程度の数が家に無いと困るぐらい。10枚位はいつも置いておくようにしている。それよりも多くなってきたらエコバッグでお買い物。

写真はレジ袋。こういうふうに折ってたたんで小さくすれば便利だと教えてくれたのは母。確かにこうするとかさ張らないので、小さなカゴに収納するのにも都合がよい。折り方を知りたい方はいつかお会いしたときにでも聞いて下さい(そんな大袈裟なことでもないですが)。

いすみ市で有料化を採用しているスーパーやホームセンターはまだない気がする。その時がきたら、その時のためにレジ袋をため置きしようか。イヤ、やはり、「多くはエコバッグ」を守らなきゃ。でもそうなると、「時々レジ袋」の代わりは、ホームセンターで100枚セットを購入することになるのかなぁ。また思考がさっきの疑問へと戻りつつ、袋小路へ(¥へ$).。。

親しい友人とはLaughHappyWinking


人生において人との出会いは大切な事。”袖振り合うも他生の縁”という。ここから始まり、終世の友となる予感の人もいれば、他生(たしょう)の縁が”多少の縁”、”少々の縁”、仕舞には”絶縁”となる人もいる。

20代、30代の頃の名刺用バインダーは膨れ上がる一方だった。名刺の数は数千枚。広告代理店、出版社という仕事柄だったのだろう。この頃は”袖振り合う”人を積極的に求めていた時代だった気がする。それがどんなに薄い縁、細い糸の縁であっても、それをたぐり寄せては、時にはこちらから出かけていって、とにかく貪欲なぐらいに人を求めていたような気がする。だが、30代終盤、40代になってからはあまり人との出会いに積極的ではなくなった。今考えると、あまりにもがむしゃらであった20代、30代の自分が不思議に思え、時には滑稽に感じるほどだ。

今の気持ちは”少数精鋭”、そんなところだろうか。あまり”袖振り合う”人を求める気持ちがない反面、何かのきっかけで新しい人との出会いがあるとワクワクする自分がいるのも事実。本来的には人間好きではあるから。出会い非積極的メンタリティとなった今も新しい出会いはある。この4〜5年でも頻発した。20代、30代の頃だったら、この新規出会いに対し積極的に働きかける私がいただろう。だが今は、冒頭のような「他生ー多少ー少々ー絶縁」的プロセスを辿るだろうという推測が、新規出会い後に数回話をした感触から”見える”ようになった(笑)。見えるというのは大袈裟にしても、友人というより知人止まりで終わるだろうな、というような感触を得ると言うべきか。

親友と呼べないまでも、比較的親しい間柄の人間関係を多く持つ人がいる。同世代にも結構いる。エネルギッシュで社交的とも。今の私はそれがないのだろうと感じる。少数の心の友がいればよい、そう考える私がいるのだろう。年齢的な要素もあるのだろうか。だが60代、70代になったら考えはまた変わるのだろうか。

それでも出会いは大切だ。知人止まりであろうが絶縁になろうが、人と接する機会が与えられれば、もちろん間違いなく真摯な態度で接する心づもりはある。

サード・オピニオンもありGaspSadHappy

ペットの病気、ペットの死。いつかは向き合わざるを得ないし、避けては通れない。ペットが病気になったらどういう治療をし、どの治療は避けるのか、これらの選択も迫られる。金銭面との兼ね合いもあるだろうが、何よりも動物に対する生き方哲学、動物に対する死生観が問われる時である。哲学であり死生観がカギであるということは、これらに対する価値観が獣医と飼い主の間でイコールであることが望ましいということでもある。

友達Kの飼い犬に良性だが腫瘍があるという。乳癌の疑いがあるらしい。Kの獣医は腫瘍を取り除くのはもちろんだが、8〜10もある乳房を2回に分けて全て取り除き、その後は抗癌剤で治療をするべきだという。

Kと話をした私はその獣医に違和感を持った。Kも同様で、私も含め何人かの友達に相談をしてみたらしい。友人間のアドバイスで共通したのは「セカンド・オピニオン」。当然だろうと思う。

犬や猫にインフォームド・コンセントを行うことは不可能だ。人間ならば、入院から切除手術まで、そして抗ガン剤治療による副作用の嘔吐や下痢、脱け毛などについて説明をし、その上で「了解」を取る事ができるが、動物たちにはあり得ない作業だ。動物にも副作用はある?だろう。すると犬猫たちは、動けない、食欲が無い、吐き気が激しい、毛が抜ける、など、自分の身に起こっている事を理解するのではなくただ「苦しみを受け容れる」だけだ。

同じ「苦しみ」であっても、避妊手術や去勢手術は一時の「我慢」で済む。獣医の診察台に昇る恐怖、術後に麻酔が切れてくるときの不快感、患部の違和感、ウザイと感じながらも付けさせられるエリザベスカラー、抜糸のために再度昇る手術台の恐怖。一時とは言ったが、何をされるのか皆目見当がつかないままの犬猫にしてみれば、これでもかなり恐怖のオンパレードだ。それでも、これらの手術に関して言えば、その後の「楽しい生活」が約束されているから、飼い主がペットに成り代わってインフォームド・コンセントを受けた気持ちになれ、その治療を確信を持って「了解」できるから実行に移せるのだと思う。

避妊や去勢のように手術自体が一般化して長い歴史を持つものと違い、動物のガンはどうなのだろう。その知識は私にはない。だが、人間の治療に置き換えて考えると、乳癌治療は3年5年10年単位で対処する。人間の7倍近くの速さで歳をとって行く犬猫たちの場合、それはどのぐらいに置き換えればいいのだろうか。苦しい期間は?どんな副作用が?それに関する臨床データはかなりの数になっているのか?動物の心理との兼ね合いでの研究は?などなど。病気になってから亡くなるまでの間は、ただずっと治療と副作用の連続で終わり、元気よく駆け回る姿はないままに亡くなった、というようなことにはならないのだろうか。治療後の「楽しい生活」を信じて飼い主が決断したはずが、ペットはただ苦しみ、動物らしさが欠落し、飼い主の満足は、せいぜいペットが腕の中で亡くなったことだけ、などということはないのだろうか。もしもこれが現状なら私個人の意見としては、苦汁を強いる生活を愛するペットたちに送らせたくはない。

人間への医療ですらまだ未知の部分が多くあるというのに、動物に関してはもっともっと遅れていると考えた方がよいように思う。人間ですらセカンド・オピニオンがあるのだから、動物に関してはサード・オピニオンぐらい考えてもよい気がする。

獣医の意見を聞きながら、最終的に自分たちの気持ちを固めて行く作業は決して気楽ではない。時には重々しい決断を迫られることもある。というのも、私自身がそれを経験しているからだ。3年前の夏、獣医と相談の上、飼っている猫に安楽死をお願いしたことがある。名前はチビ。糖尿病にかかり、極端に微量のインスリン注射と砂糖水が行ったり来たりという状態になった。骨と皮のような姿になり、おぼつかない足元。快活に歩くという姿からはほど遠く、「猫らしさ」は消えていた。

それでも外に出ようとはするが、よろよろっと倒れたり起き上がったり。野良猫は姿を隠して人知れず死んで行くという。だが我が家で生まれて育った飼い猫のチビは、出かけるといっても敷地内であり、人間から見えるところで倒れて動けなくなる。そのまま放っておけばたぶん24時間以内には呼吸も止まるのだろう。だが我々から見える位置にいるチビが息絶えるのを24時間見守るなんてことはできない。この人間側の気持ちがインスリンと砂糖水の行き来を継続させていた。だが、もう長くはない。それが明白なのであれば、チビに苦しい日々を与え続けるよりも、獣医さんに安楽死をお願いしよう。それが夫と私の結論だった。決めたこととはいえ、心が張り裂けそうになった。頭は空っぽなのかいっぱいなのか、とにかく何も考えられなかった。涙が出て止まらず、獣医さんたちの手前であることなど関係なく、わぁーわぁー泣いた。

私たちにできたせめてもの償いは、最期は獣医ではなく家で死なせてあげることだった。獣医さんに出向いてもらい、いつもチビが過ごしている寝室のベッドで、夫と私に囲まれて、いつもとまるで変わらない環境の中で静かに眠らせてあげようと思った。そのぐらいしか思い浮かばない私たちだった。

それでも、獣医さんが打つ注射にチビがちょっと抵抗した時のことを思い出すと、今も時々自分たちの選択は間違っていなかっただろうか、チビはヨタヨタであってももっと生きていたかったのだろうか、我々から見えるところで行き倒れになって死ぬ事の方を望んでいたのだろうか、などという、自分の決断を否定するネガティブな気持ちが頭をもたげた。それは今も時々起こる。安楽死に後悔はない反面、チビの遺影に向かうとそのことを問いかけてしまう。それでも今ではようやくチビの遺影に向かって「これでよかったと思ってるよ」と言えるようになった。

ペットの病気に対する対処。確信を持って結論を導いたつもりであっても、その後迷ったり悩んだりするのは人間の心情として当然のこと。「正解」はないのだから。だがその迷いや悩みを少しでも軽減させる意味で、セカンド・オピニオンやサード・オピニオンを求め、また友達に相談すればいいのだと思う。ピース・オブ・マインド、つまり飼い主自身の心の平穏のためにも有数の「意見」を聞き、自分たちなりに資料を集め、最終的判断を下す。これが後悔を減らす役割になる。

ピンピン・コロリという死に方は、人間の願望だけでなく、ペットにも当てはまる。だが、動物も長生きする時代になり、その保証は無い。人間と同じ病気にもなる。また長生きにより介護が必要な動物も増えてきた。死生観が同一の獣医であること。今後、もっともっと真に迫ってくることだろう。

「Kさん、大変だろうけど愛する家族のためですから、頑張ってね」

辛辣だけど真実WinkingHappyWinking

好きな社会学者? ふむ、マックス・ウェーバー、そして上野千鶴子、かな。前者が「難解」なら、後者は「痛快」(笑)。痛快な理由は、とにかくイヤな輩をメッタ切りにする、そのやり口(笑)(笑)。

上野氏は東大の教授。フェミニストの筆頭格。ジェンダーを語らせたら右に出る人はいないのではないだろうか。オトコたちを束ねては投げ捨て、また束ね、今度は千切って投げつける。かと思ったらそれを拾い、救うのかと思わせた途端、ニコッと笑って火をつける。かなり過激だが、上野氏を表現するならこれが相応しい。だがこれはあくまでも彼女が社会学者として論争する際の話であり、実生活での男性対応ということではない(笑)。

論争で燃えカスになるのは、家父長制や儒教精神などがベースとなり、”オトコが一番”、という社会に支えられてきた「思い上がりの強いオトコたち」。燃えカスになったオトコたちはいわばダメ男。

だが、彼女が批判するのはこのダメ男だけではない。ダメ男を批判的に見ているようでいて実はその世界にどっぷり浸かり、結果としてダメ男の擁護にまわっているかのようなダメ女たちも標的だ。

そんな上野氏が朝日新聞の「悩み相談」の回答者として登場している。いいのだろうか、彼女で(笑)。先日の相談にもかなりぶっちぎりでの回答があり、あまりにも痛快すぎる反面、社会学者としての彼女は一流だが、心理カウンセラーには不向きかもしれないと感じた(失礼)。

相談者は30代の女性。出産を機に退職。夫がゴミの仕分けを手伝ってくれない、シャンプーやトイレットペーパーなど、家庭雑貨を購入して補充するということを全くしてくれない、と。気づいた方がやればいいし、気づいた方が損なだけ、気づかないフリでもしたらどうかと、夫の弁。職場にいたころは、コピー用紙などは率先して補充し、職場の後輩たちもそれを見て成長したというのに、何故私の夫は、という悩み。

それに対する上野氏の回答はかなり辛辣。そんな男だと結婚前に気づかなかった相談者はうかつだ。だが、夫を再教育することは可能ながらも、それをやる間に夫婦間のトラブルは絶えないだろうし、そうなったら夫を「返品」(もちろん離婚の意味)するのかとなるが、正社員の仕事を手放したことで「返品」も難しいはず。それにゴミやら職場の後輩の話など、やっている姿を見せて覚えてもらったという引用から、相談者があまりにも伝統的な日本の妻の悩みであることをも批判している。

相談内容からすると、結果としては上野氏の言う通りだと思う。私にも相談者はかなり古典的な日本女性に写る。子育てはままごとではない。親の生き方や哲学が長期間にわたって試され、生き様が常に社会の眼に晒され続けるということだ。文面から勝手に推測するなら、相談者はダメ男を掴んでしまったと言うしか無い。しかしまだ30代の女性。たぶん20代位で結婚したのだろう。結婚するとき、女性の目にはハートマークとお星様マークしか写っていないもの(男性も同じか)。それが若ければ若いほど(人を見てきたという経験が少ないという意味で)ハートは大きく、星はキラキラ輝き、それが仇となって相手の真の姿を見えなくする。そして、生活をして行く中で「貧乏くじ」に気づく。気づいても別れられず、子育てや家事に追われる毎日。こんな夫婦はたーくさんいる。枚挙にいとまが無いほどだ。

だが、そんなダメ男を選んだあなたが悪いと、ただ一言で片付けることはできない。カウンセラーとしては、相談者の援助をしつつ、「気付き」を促すお手伝いをしなてくはならない。気付きの結果として選んだ方向が、たとえば離婚等のように社会的には否定的に捉えられていることであっても構わない。或いは、多少仮面夫婦になったとしても、家事に対する手伝いを期待することは諦め、夫を給料運搬人として割り切る。これもありだ。重要なのは、相談者自身が決断した事を胸を張って明るく行動に移すこと。これが「気付き」なのだ。

私も個人的な立場だったら言いたい事は上野氏と同じ(笑)。だが、これは気付きを促すというよりも一刀両断(笑)。ま、そこが上野氏のカッコイイところなのだけれど。それに、相談者がどの程度悩んでいるかも疑問だ。新聞投稿での相談は必ずしも採用されるとは限らない。本当に「悩んで」いるのなら新聞は選ばないのでは。上野氏もそのあたりを承知しつつ、いっちょう喝を入れてやるか、と考えたのだろう。

だが、一抹の不安は相談者の今後。現時点ではボヤキ程度の悩みで済んでいるかもしれないが、彼女が「気付き」に到達しないままに過ごすと、子供の非行、家庭内暴力など、家族崩壊に至る確率は少しずつ高まって行く。何せ、機能不全の家庭悲劇のスタートは、そもそもボヤキ程度の小さな悲劇から始まることが多いのだから。

民放と東京HappySadFoot in Mouth

民放を見なくなってからもう7年。敷地の山(丘)のてっぺんにアンテナを立てない限り民放が入らないという所に居を構えた。民放不要の決断と東京脱出の決断はどこか似ている。民放番組と東京、両者に共通するのは気忙しさ。私はそこから脱出したのだなと感じる。

また、両者への「思い」にも共通する事がある。それは、たまには楽しいということ。深い森の中に住みながら時々東京に出かけるのは楽しい。また、人の家やお店などで時々民放を見ること、これもまた面白い。でも、それで充分であり、それ以上に欲することはない。

民放で一つだけ惜しいと感じる事は、稀にある良質なドラマが見られなくなったこと。今は亡き二人だが、例えば向田邦子原作で久世光彦演出のドラマ。良質なドラマとまでは言えないが、その瞬間を楽しませてくれるトレドラの中にも好きなものがいくつかあった。「東京ラブストーリー」、「ロンバケ」など。「ビューティフルライフ」は脚本が良いと感じられたトレドラの一つだ。

その民放のドラマに異変が起きているらしい。最近は、マンガになっているもの、有名小説が原作というものが多くなり、オリジナル脚本作品が少なくなったという。テレビ局の経営悪化により制作費も減少している。また制作期間が昔よりも短くなり、出演者もギリギリまで決まらないため、短期間で企画を立てる場合に原作ものは楽なのだとか。また、オリジナル脚本作品で視聴率が取れなかった場合、関係者が背負うリスクも大きいらしい。一度目にしたり耳にしたりという既存原作の方が視聴率が取れ、関係者の不安も軽減、ということなのだろう。また、「言葉狩り」もある様子だ。セリフの中の「中卒」は「高校に行っていない」になり、「床屋さん」「お百姓」はNGなのだとか。どう差別的なのだろう? だがこれも関係者の不安軽減なのだろうか。

また、ドラマの主人公となる世代の変化もある様子だ。最近の若者の傾向として、老後が心配、冒険はせず、野心もなく、傷つくのが怖い男女間心理など。腫れ物に触るのもドラマの面白さのはずが、ターゲットとなる若者が後ろ向きでは作り手が困惑するのは当たり前。

こうした時代だからこそ、この逆境を好機と捉えてドラマ作りに挑むという、井上由美子氏、中園ミホ氏、大石静氏、この3人の脚本家のコメントが新聞に掲載されていた。このドラマ、あのドラマを見たいがために地デジアンテナを取り付けたい、そんなふうに思わせるような番組作りをお願いしたいと思う。

8,760時間HappyWinkingLaugh

今年のブログを振り返ってみて感じることがいくつかあった。

一つ:ブログは誰に向けて書いているのか。公開日記であるから読者を意識しないわけにはいかない。でも、誰?

二つ:どういうメッセージを放っていくのか、いきたいのか。一つめのことにも通じるが、誰に向けて書いているかによって違ってくる。

三つ:完全にパーソナルなものとしたいのか、多くの人に読んでもらいたいと考えているのか。バナー広告、相互リンク、メタ言語駆使などによるヒット数増、など、金銭目的も含め、戦略的にブログを知らしめて行きたいのか、という課題にも直面する。

一度スタートさせると、ブログはある意味「プレッシャー」になる。もちろん重々しいプレッシャーではないが。3日に開けずブログを書いていた人がしばらくブログを留守にすると、再開した時に必ず「謝罪」に近い言葉を書いてしまう。私もその気持ちはわかる。だが果たして誰に謝っているのか。もちろん読者なのだが、書きたいときに書き、書きたくない時には書かない、あるいは書けないときは書かない、ブログはそれでいいはず、なのに。しかし、やはりブログは継続ものなのだろう。継続するからには、やはり読んで欲しいと願う。そうした気持ちはブログの中断をさせづらくし、再開後の謝罪気分にもつながる。

また、一躍有名にでもならない限り、基本的にブログの読者は「身内」。決して多い読者数とはいえない。だが、「身内」が読むからこそ、どこまで「本音」を書けるのかという課題も生ずる。内容によっては「身内」の誰かを傷つけることもあり得るため、言葉は選ばねばならない。「身内」の個人的な情報を公開するには許可が必要だったり、あるいは掲載不可能ということもある。「身内」が読んで、それが「身内同士」の内容であることもあり得るから、これまた配慮が必要になる。

ここでいう課題やら配慮は、決して「身内」に対する罵詈雑言ということではない。そこまで深刻な内容ではない。だが、書く側が書き綴りたいと思うことが、書かれる側の意識とのずれにより、書けなくなることもあるような気がする。活字には身振り手振りの表情がないからこそ、言葉も選ばねばならない。

また、自分自身のことを書くにしても「限界」がある。知られたくないことを書く人はいない。都合の悪いことはパスしたいものだ。だが、「非公開」の日記なら全てを綴るだろう。心の全てが書き留めてあることが日記なのだから。公開されるブログとの大きな違いがここにある。だが、読みたいと思わせるブログには「心」がある。それが「非公開」の側にかなり多いこと、この皮肉な事実も重い。

私のブログは8月下旬からスタートしたばかり。全く深刻な場面に遭遇したわけではない。だが、多少のジレンマを感じ始めてはいる。2010年はそのジレンマに向き合ってみようかと思う。

今日は大晦日。12月31日と1月1日、たった1日違い、大晦日の夜11時59分と元旦の零時ではたった1分の違い、隣り合った時間にもかかわらず、何故か気持ちも新たな思いにさせてくれる。来年こそはと願う、そういう気持ちに応えるかのように「新年」があるように思う。とてもありがたい。

1日24時間。365日目の今日で8,760時間という時間を過ごしてきたことになる。ブログには時間表示をしない設定にしているが、これを書いていた時刻は朝の6時30分。今朝はなんと4時20分に目が覚めた。満月の月明かりがとても美しかった。

10日前から「チクタク」とともに行ってきたカウントダウン。
あと17時間半で2009年が終わる。チ・ク・タ・ク。

タクシーの中の人生模様WinkingWinkingLaugh

東京で時々利用するタクシー。終始無言のタクシードライバーもいれば、終始喋りっぱなしのドライバーもいる。会話をするしないに関わらず、料金を払って降りてしまえば通常は忘れていく対象。

ところが今年は印象的なタクシードライバー2人に出くわした。


一人目のドライバーは、とても爽やかな印象。話題は政権の話。私の過去の経験では、何故かこの手の話の時、決まってドライバーたちはネガティブ。時には斜に構え、どうにでもなれと、捨てっぱちである場合。また、応援する党がありながらも話し振りはネガティブ。狭い車内を暗い雰囲気でいっぱいにする。

だが、今年遭遇したこのドライバーの場合、決して政治に高望みをする言い方はしないのだが、かといって罵倒するでもなく諦めた言い草をするでもない。淡々と話すのだが冷たい感じはなく、しかもそつのない話し振りである。ドライバーが話した実際の文言は確かではないが、政権がどう変わったとしても生きて行くのは自分自身の足なのだということを、お仕着せでなく、諭すでもなく、あくまでも冷静に語るのである。

そして色々と話しているうちにわかったことは、彼は元々輸入服飾関係の店舗を構えていたこと。景気後退で店を維持できなくなったために閉店し、顧客に直接販売する無店舗に切り替えた。年に数回はイタリアに買い付けに出かける。平日は顧客対応、そして土日だけタクシードライバーとして働いているのだとか。栃木に家があり、妻子はそこに住む。彼は東京に単身赴任とも。イタリアが大好きで、引退後の移住を考えているのだとか。


二人目のドライバーは、とても柔らかな第一印象から始まった。話題は宝くじ。”日本一”の西銀座の宝くじ売り場が目に入り、自然に。1千万円当たったらの質問にそのドライバーは、まだ1歳の子供がいるため、教育費その他に、と。むむ、背後から見てもゴマ塩頭。ちらっと前座席の写真を見るも、やはり60歳ぐらい?と。1歳のお子さんねぇ、と思いつつも、次なる額は5千万円に。すると、しばし考え込んだドライバーは、「ちゃんと家(分譲アパート)を買いますね」と。何か事情がありそうな雰囲気を察する。もしも話したければ話すだろうと思い、少し間を置く。すると、そのドライバーは身の上話を切り出した。

小さな工場を持っていたドライバー。妻も子もあり。2年ほど前に友人たちと一緒に外国へ出かけゴルフを。同じゴルフ場で彼らの前方でプレーをしていた女性たちがおり、ひょんなきっかけから皆で食事をすることに。そしてその中の一人の女性に恋をする。彼女は20歳ほど年下。中学生の子供が一人。夫とは死別の未亡人。

当然、自然、必然、ねんごろな仲になる。妻に打ち明けると、全財産放棄するなら離婚を承諾すると言われる。そしてその通りに。ただ彼の誤算は、財産を放棄しても、工場には残って仕事ができると考えていた事。だが、全財産放棄が意味するのは、彼が持っていた会社の株も全て放棄となる。工場は既に息子が采配を振る。世代交代はできているのだ。そうなるともはや財産のない「60男」は「用無し」だと、彼の妻が三行半を突きつけたのかどうか、細かい心理詳細はわからないが、会社もクビになる。とにかく体よく追い出されてしまった。

60男の再就職が難しいのは世の習い。そして彼はタクシードライバーの道に入る。望んでこの道に入ったというよりも、これしかなかったという雰囲気があった。それにしては柔らかで明るい印象だった。もちろんその理由は、愛する女性と再婚し、現在1歳になる子供もできたこと、だろうと思う。今は東京で賃貸アパート暮らし。連れ子がとても親思いでいい子なのだと嬉しそうに語るドライバー。妻は掃除の仕事をしている。


タクシードライバーでふと思い出した事がある。好景気に支えられていた四半世紀ほど前、タクシーに乗った。そのタクシードライバーは自費出版で本を書いたようだ。たまたまそのタクシーに乗った私に、彼は軽快にセールスを始めた。助手席に平積みされた著書。客との面白い出来事を綴ったのだそうだ。セールストークにつられて思わずその著書を購入した。もう私の書棚にはないが、後部座席の珍なる忘れ物、女性客と「いい関係」になった事など、色々なエピソードが書いてあったように記憶している。

本も出版するタクシードライバーはさすがに異質かもしれないが、バブル期に限らず好景気に支えられた時代は東京のタクシーも活気があった。電車など使うことがなかったようなバブル期の夜に至っては、タクシーがなかなかつかまらなかったものだ。

それに比して考えると、先の2人のドライバーはまさに現在の不景気風の影響をまともに受けているといえる。そうした中でも、幸せに向かって前向きに生きている2人のドライバーには頭が下がる思いである。しかし、服飾の方のドライバーは目標に向かって邁進しており、それほど心配はない気がした。

だが、お節介ながら、1歳の子の親となった60代の男性は少々心配である。今はまだ新しい生活がスタートして1年程度。自分の決断を誇らしく感じているに違いない。ゼロスタート、貧しくとも愛があれば、その気持ちが十分に支えになる。だが、蜜月は必ずしも永遠ではない。敢えてシビアに考えるならば、蜜月にかげりが見えた時、お金の問題は冷酷に家族を分断する可能性がある。会社の経営者であった自分、持ち家もあった自分、仲間とゴルフができた身分、そうした自分を羨望的に回顧し、全財産を失った代償は高かったと後悔の念に苛まれることが、ないとは言えない。この家族の幸せが続くよう心から願う気持ちになった。

悲喜こもごも、だからこそ人生は楽しいのかもしれない。楽しく幸せだけの人生では人の悲しみや苦しみがわからない。この成功は自分の努力によるものであり誰の助けも借りていないと豪語する人がいるが、こうした人は人の苦を知らないままなのかもしれないと感じる。人は人によって支えられているのであり、”独力”は言葉として存在していても、生身の人間関係、生きる営みの中では、決して存在しない意味合いだと思う。

2009年、辛い1年だったと感じている人、及第点を上げてもよしと思える人、満点に近いと感じている人、それら全ての人たちに幸せなことがたくさん起こる2010年でありますように。

2010年まであと7日、チクタク、チクタク。

大山鳴動してネズミ一匹Foot in MouthHappy


車道と同等の地位を確保された自転車道の整備がなされ、白線を挟み自動車と並んで走る自転車の映像がニュースで流れたデンマークのコペンハーゲン。また、デンマークは全電力中に占める風力発電の割合は20%もあり、世界一である。

国連気候変動枠組み条約締約国会議ことCOP15が開催されたのは、環境問題への取り組みに対し真摯に向き合っている国である。また、今や温室効果ガス排出量世界一となった中国、世界二位のアメリカも参加し、成果にかなりの期待がもたれた。否応無しに期待は高まる。COP15はこのように鳴り物入りで始まった。

そしてその結果としての「コペンハーゲン合意」に関する評価は様々。「絶望的な失敗」と酷評を伝えた環境保護団体、「よかった」とのコメントの鳩山首相、「不十分ながら前例のない合意」とのコメントのオバマ大統領、などなど。

経済的にも進展著しい中国が途上国に根回しをしているのではないかという憶測も流れた。世界に大きな影響力を持ち始めた中国に懸念を示す場面もあったという。

結局、排出削減の義務づけがないままに終わったCOP15。大山鳴動してネズミ一匹、とまでは言わないが、温暖化ストップという方向に向くのは難しい。脱温暖化は夢物語に終わるのだろうか。

このタイミングであったからなのかどうか、衛星放送で『ウォーターワールド』(1995年)という映画をやっていた。温暖化により陸地が完全に水没した未来を描いた映画である。途中から見始めたのだが、なんとなく最後まで見てしまった。決して「キネマの歴史」に残るほどの映画ではないと個人的には思うが、それなりに楽しめた。主演はケビン・コスナー。

陸地が水没した未来は、当然辺り一面が海、海、海。水没後として何世代ぐらい後を描いているのかはわからなかったが、何故かケビン・コスナーは「半魚人」(笑)。見た目はもちろん人間なのだが、耳の後ろにエラ、足の指の間には水かきが!エラ呼吸も可能な彼が海に深く潜り、底に沈んだ都市を見せる場面もあった。誰しもがみんな船に乗って暮らしているが、どこかにあると言われる「ドライランド」、つまり陸地を目指している。

多少はロマンスもあり。船上で恋仲になった女性がいて、その後悪い海賊たちと戦いながらようやく辿り着いた「ドライランド」。陸慣れしていないみんなはまず「陸酔い」(笑)。”普通の人間”ですら陸酔い。エラも水かきもあり、半魚人?と化した彼にとって陸はもはや住む世界ではない。そして二人は惜しみながらも互いに別れを告げる。

来年はCOP16が開催される。新たな枠組み合意が展開されるのかどうか。『ウォーターワールド』のようなSFフィクションは「今」だから「まだ」笑えるのかもしれない。

幸福な結婚、不幸な結婚LaughFoot in Mouth

友人同士が結婚することになった。二人とも「アラフォー」。とてもお似合いのカップルだと思っている。以前から”怪しい”と睨んでいた二人でもあったし、両者を知っている私としては、性格的にも合うのではと感じていた。何度か「どうなの?」的な質問をしたこともあった。その都度何気なく否定していたのを覚えている。でもしっかりと愛を育んでいたのね、と思うと、心が温かくなってくる。幸せになって欲しいと心から思う。

上述の二人も含め、私の周囲には結婚願望の強い人たちが少なからずいる。以前、そうした内の一人、Kが、私に会うまでは結婚を否定的に捉えていたと告白した。Kの周囲には楽しい結婚生活を送っている例がないのだそうだ。結婚なんて絶対にしない方がいいとか、結婚は苦労ばかりだから独身に限るなど、否定的な発言に包まれたKにとって、結婚を肯定する発言に終始する私はかなり鮮烈な印象を与えたようだ。

しかし、周囲が否定派ばかりだから自分も否定というのは理由として説得力はないし、またいい大人なのだから誰かと交際する事があれば自分の中に自分自身の結婚観が芽生えるはず、そんな他力本願な調子で結婚を考えるのはヘン、というふうに切り返した私。ところがKは、誰一人として結婚の良さを言わないような環境にいることを想像して欲しいと言う。そんな中にいれば結婚に希望を抱けなくなると。それでもKの発言を100%理解することはできない私だったが、確かに良い例が全くないというのも辛い状況かもしれない。特に20代前半の若い時であれば、結婚ということに限らず、生き方の手本も欲しいところ。手本がないままに30代、40代と続くのもしんどい。

私の周囲に居る既婚者たち、離婚者たちを見渡してみても、確かに「良い例」はそれほど多くない。離婚経験のある人が、結婚なんてするものじゃあないと断言する場面に出くわしたこともある。辛い結婚生活だったのだろうけれど、フツーに結婚生活を送っている人に対して「そのうち絶対に苦労するわよ」的な発言はやめてもらいたい。また、嫁姑問題や夫婦問題で悩んでいる既婚者が、これまたフツーに結婚生活を送っている人に対し「あなたにはわからないのよ」的な発言をするのもやめていただきたいと思ったことがある。確かに経験しない限り”わからない”かもしれないけど、想像力を働かせ、感情移入し、その辛苦に対する同情心ぐらいは持ち合わせているつもりだ。だが、斜に構えた否定派は、フツーに楽しく結婚生活を送る人を目の敵にでもしているが如しの剣幕なのである。Kは、こうした類に囲まれていた、ということなのだろうか?

「結婚」は人生においてビッグイベントである。結婚、離婚、再婚、再々婚、再離婚?? 誰もが結婚するときは離婚なんて考えない。その人と一生添い遂げる、という決意の元に行っているのが結婚なのだから。従って一般的には離婚は不幸な出来事に分類される。でも、離婚した方がお互い幸せになれるという判断なのだろうし、最終的には不幸な訳ではない。それに、結婚を貫いているからエラいというわけではない。不幸な結婚を延々と続けている人もいる。別れられない理由は、子供であったり、オンナ独りで生きて行くための金銭的事情であったり。

考えてみると、結婚観は十人十色である。だがそれよりも重要な事実は、結婚観はあくまでも相対的であり、数値にしてもかなり主観的産物であるということだ。つまり、幸不幸度を点数にしたとして、30点をつけたAさんと30点をつけたBさんが「同じ」だとは言えないということだ。30点同士の二人の「現況」を箇条書きにした際、時には暴力を振るわれているAさんと、かなり言いたい放題の発言をしている自称嫁姑問題に苦しむBさん、ということが露呈するかもしれない。

私は新婚ホヤホヤでもないし若くもないから、結婚の酸いも甘いもそれなりに知っているつもりであり、ハートの目をして「結婚はステキよ」などと言っているのではない。でも、男性をある程度吟味できる成熟?した年齢で結婚したこと、またその上で素晴らしい伴侶に恵まれたということから、諸手を挙げて「結婚は良い事」という意見に至っている、だけだ。私が個人的に晩婚を勧める理由がそこにあるが、若くして結婚し、その後も幸せな結婚を続けている人も知っている。また、離婚経験者で、結婚はこりごりとは言うものの、それを他人に押し付けることのない「良識ある」友達もいる。

結婚したいと思う人は、是非結婚してみてください。離婚を考えている人、どうぞ決行してください。ただその際は安易に離婚を考えず、友人知人を始めとして色々な人に相談することを忘れないようにしましょう。はからずも、定期購読している『婦人公論』の特集が「見極めたい、夫との別れ時」となっています。参考になさったらいいかもしれません。

人間界に警鐘、学者から、そして地球からFoot in MouthAngryEmbarrassed

文化人類学者・思想家である、クロード・レヴィ=ストロース氏が10月30日に亡くなった。1908年11月生まれ。目前に迫った101歳の誕生日を迎えることはなかった。ユダヤ人系フランス人家庭に生まれた。御多分に漏れず、太平洋戦争時代はナチスによるユダヤ人迫害を避けてアメリカに亡命。

「世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう」

これは氏の著書『悲しき熱帯』1955年の冒頭記述の中にある。私は同著を読んでおらず、人類学者としてのレヴィ=ストロース氏をあまり知らない。だが、この有名な言葉だけは私の心を捕らえていつまでも離さない。この言葉かを知った時、思わず同感!、という具合にうんうん頷いていた。この言葉の裏にある同氏の思いは定かではないが、確実に共通する思いはあると確信したからだ。

「共通する思い」とは、私が生物学で少々学んだ事である。人間がいかに傲慢であり、地球に対し厚顔無恥であるかを知らせてくれた恩師ともいえる。テキストはユニークで、46億年と言われる地球年齢を、1年12ヶ月のカレンダーに合わせ、地球の「生い立ち」なるものを綴った年表があった。常に心に留め、戒めとしているつもりであるそれを以下に示す。


単位(目安として):
1ヶ月=3.78億年  1日=1,260万年  1時間=52.5万年  1分=8,752年  1秒=146年

*元旦;46億年前:地球誕生。誕生時は灼熱の世界であり、温度が徐々に低下して海洋と陸地が生じた。
*3月初旬;38億年前:お雛様の頃。子孫を作る能力をもつ生物の誕生。最初の生物は細菌(原核生物)で、海の有機物をエサとして増殖。だが4月には海中の有機物の減少で生物に危機が訪れる。資源枯渇となれば、地球はまた生物のない星に戻る。
*5月;30億年前:ゴールデンウイークの頃。光合成をする生物が現れ危機を脱出。これにより地球に初めて酸素が登場。だが、まだ大気中に蓄積されたとはいえない。十分な蓄積となったのは7月も終わる頃。これで生物が自力で生きて行く道が開かれた。
*8月終〜10月;16億年前〜10億年前:夏休みから初秋。様々な生物が登場するが、現在の感覚で考える馴染みのある生物にはほど遠い。
*11月半ば;5.7億年前:現在のタコ、ウニ、貝類、ヒトデなどが出現。だが、陸には草も虫も存在しない。理由は強いエネルギーを持ちDNAを傷つけ、細胞を死に追いやる紫外線。水とは異なり、陸には紫外線を吸収する仕組みがなかった。解決を見たのは11月の終わり(4億2000万年前)。陸上の植物が登場すれば、それをエサとする草食動物、また肉食動物も可能にする。
*12月2日;3.7億年前:師走に入った頃。カエルなどの両生類、昆虫などが登場し、陸はとても賑やかになる。
*12月8日;3億年前:ジョン・レノンが彼のファンに射殺された日。高さ30m級の大木が森林を作り、それにより大気中の酸素濃度は今のレベルに達した。石炭の大半はこの大森林故にできたらしく、1週間ほど(8,820年)かかった。
*12月15日;2.1億年前:恐竜の登場。しかし、クリスマスが終わった翌日の12月26日(6500年前)に消滅。

*12月27日;(6000年前)〜30日:お正月の買い物やおせち料理作りに忙しい時。ここまで年の瀬になっても人間の祖先は姿を現さない。

*12月31日の午後12時30分;600万年前:チンパンジーと分かれたヒト登場。
*12月31日の午後4時30分;400万年前:祖先の猿人登場。
*12月31日の午後9時過ぎ;150万年前:原人登場。
*12月31日の午後11時54分;5万年前:除夜の鐘を聞く頃。現世人類登場。

*12月31日の午後11時59分頃;1万年前:農業スタート。狩猟採集から農耕民への切り替え。ここから人類の繁栄は著しい。

*12月31日の午後11時59分59秒5;約80年前:既に秒読み状態にあるこの時、人類は科学文明に突入。

100年にも満たない間に、我々人類は鉱物資源を枯渇寸前にまで至らしめた。だがこの言い回しは人間を中心にした感情表現である。枯渇で困るのは人間。鉱物資源が必要な人間が現状を危機的に捉えている表現だ。地球にしてみれば、地球上の物質の1つが減ったに過ぎない。また、「人間にとって悪しき状況」である、地球温暖化、熱帯雨林減少、オゾン層破壊、などが急激に進み、結果として人類滅亡に至ったとしても、これまた地球にしてみれば、細菌や貝類の一つが死滅したことと同様に、人間という一種が滅びたに過ぎない。滅亡原因が核戦争であっても同様だ。

しかし、人を介して聞こえてくるのは、”地球は人間なのだ”、的な同列の扱い。そして地球に主体性を持たせ、地球を一人称、主語にした言い回し。地球が悲鳴を上げている、地球環境のために二酸化炭素排出量削減、とか、地球環境のために太陽エネルギーを使いましょう、などなど。それらは全て「人間界のために」と言い換えるべきではないだろうか。

地球は常に受け身である。46億年も生きている地球の歩みは悠久の昔から変わらない。緩慢にも見えるその動きの中、数千年、数億年というとてつもなく大きな計り知れない単位で地球表面は変化をし続けているのである。酸素を例にとるならば、酸素は登場した時点での量は生物にとって十分ではなかった。その後地球表面で様々な動きが生じ、十分な酸素量になるまでには登場後10億年以上もの時間がかかっている。

遅々として見える地球の歩みは着実なのだ。地球が謙虚である証ではないだろうか。地球を一人称扱いするならば、こうした謙虚さで示して欲しい。地球と比較してみると、0.5秒前に産まれた新参者「現代人」の我々はなんと気ぜわしいことだろう。鉱物資源の利用価値が高いと知るや否や、掘り尽くし、使い尽くし、そして反省する。医学・科学技術面においても同様だ。ダイナマイトを開発し、殺戮に使い、その反省が「ノーベル賞」。戦後のシラミ退治に効果を発揮し魔法の粉と言われたDDTだが、その後発癌性が疑われ使用を中止。軽くて便利なプラスチック類が瞬く間に普及するが、ダイオキシン問題が発生し反省。

人間が科学的に合成して作った問題物質は、誕生から反省までがわずか数十年。しかもその問題物質は人間の死を大量に招き、人間の健康を代々に渡って阻害し、動植物や森林を滅亡に導いている。生物界で一番インテリジェントであるはずの人間は、常に付け焼き刃の研究開発しかしていない。目先の利益だけを追求する近視眼的発想だ。人間が億年単位、せめて千年単位で科学技術開発を考えることはあるのだろうか。いや、そんなことは可能なのだろうか、という疑問が先に立つ。

地球に主体性があり意思があり、憲法があったなら、先のような悪行三昧の我々人類は「極刑」だろう。だが、地球はあくまでも事態を静観するだけ。いや、刑の執行は既に始まっているとも。何せ、たっぷり時間をかけるのが地球流なのだから。

夥しい数の生物種が地球上に存在するが、異端なのは人間だけ、正統でないのは人間だけ、のように感じられる。今後も科学は発展し続けるだろう。我々の生活を「便利」にし、「より良く」してくれている事を否定はしない。だが、この非正統派の人間が地球上の生物分布を加速的に変えるパワーを持っていることは事実だ。人間はそれをしっかりと認識すべきである。流行の言葉で言うならば、サステナビリティ(sustainability)、持続可能性。目先の利益追いを止めたなら、この持続可能の「時間範囲」をできるだけ長いスパンで考えられるようになるはずだ。地球寿命に関する天文学上の学説は別として、今後何十億年と続くかもしれない地球上の人間の営みを人間自身が想像力をもって考える努力をすれば、もっともっと地球に対し謙虚な気持ちになれるのではないだろうか。

オマージュなど身の程知らずであることは重々承知の上で、レヴィ=ストロース氏へ贈る。
「人間が死滅しても地球が涙することはない、地球は残りの生物とともに淡々と歩み続けるだけだ」

お腹休日と英語漬けHappyLaugh


鉄の胃袋を誇っていたつもりだったが、急性胃腸炎に。食あたりが主な原因だと推測したが、友達はストレスや精神的なこともあるわよと。ふむ。あとは歳。いつまでも若くはないというより、もうトシなのだという証拠。トホホ。夫は、鉄の胃袋を返上し、アルミの胃袋ぐらいにしたらどうかとアドバイス。これってアドバイスなんでしょうかね(疑)。

処方薬は3日分。耐性の関係もあり、最後まで飲みきるようにとの看護士命令。Yes, I will.素直に。。副作用のためか、胃腸の働きが緩慢に。胃袋の膨満感も煩わしい。でも食欲はある(笑)。


膨満感が最たる日、その日はスローdayに決定。久しぶりに満喫のゆったり感。昼食後、衛星放送で映画三昧を決め込むが、どれも見たものばかりで今ひとつ。でも一つ選ぼうとチャンネルルーレット。


で、『プロヴァンスの贈りもの』に決定。監督は『ブレードランナー』のリドリー・スコット。彼にしては異色のロマコメ(変換して最初に出たのが「露真米」(笑)。異色といえば、主演のラッセル・クロウも珍しくロマンスコメディに挑戦の映画。ロマンスの相手は『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』でオスカーを受賞したマリオン・コティヤール。そういえば3人ともオスカー受賞者、なのだが、映画はフツー。でもプロヴァンスの景色と家の描写はなかなか。さすが映像の魔術師リドリー・スコット。

この映画はなんとバイリンガル放送。通常は字幕で見ている。完全バイリンガルとはとても言えない私(汗)。映画の内容によっては字幕を追いっぱなし(笑)。でもこの映画は以前に見ているし、こういうロマコメものはストーリー展開が単純明快。さして英語も難しくはないはず。とにかく日本語では演技が伝わらないし違和感がありすぎる。

特に大きな問題もなく見終えた。だが、久しぶりの英語音声映画で面白いことに気づいた。2つある。1つは、こういう手合いの映画は字幕の時も耳を傾けて英語で演技を聞いているつもりだったが、かなりの字幕カンニングに気づいたこと(笑)。字幕を頼りにすることはあっても、それはあくまでも「時々」だと思っていた。ところが少なくないカンニング事実を認めざるを得なくなった。いや、数の問題よりも質的な問題なのだが。

何故認めざるを得なくなったのか、それが気づいたことの2つめに関係する。2つめは、映画を見ている際、そうだこれが英語漬けの感覚なんだなと改めて気づかされたこと。字幕がないということは日本語が全くないということ。俳優が急に日本語セリフで喋るわけはない。頼れるのは自分の耳だけ。見た事があるとはいえ、時間がかなり経過しており、ストーリー展開も忘れているところがある。

英語だけなのだから、わからない単語や言葉は私の耳がそれを自然に通過させていた。通過させ、すぐに次のセリフを耳が追っていた。この繰り返しにより、ストーリーに大切な部分をあまり逃さずに済んだ気がした。セリフまわしの妙、セリフのタイミングと目線や表情、これらは映画鑑賞に必要不可欠な要素。わからない言葉を字幕で追ったほんの1秒の間に、この不可欠な要素をたくさん逃していたのだ。「あれ、こんなタイミングでこんなことを話していたんだ。前見た時もそうだったかな」とか、「この間合い、なかなか絶妙だけど、こんな場面あったかしらね」など。字幕から俳優の演技に目線を戻すまでの間は、面白いシーンを見逃すには十分な時間といえる。つまり、かなりカンニングに時間を取られていたということになる。今後の字幕映画の見方を改める気持ちになった。


「英語漬け」での映画鑑賞は外国語のイマージョン教育を思い起こさせる。「英語漬け」はイマージョンそのもの。環境を全て英語にすること、英語に浸りきった生活をおくること、こうして英語を修得させるプログラムだ。

考えてみると、日本在住の外国人の方々は「日本語漬け」、「日本語イマージョン教育」の可能性のど真ん中にいることになる。しかし、ふと私の周囲を見回すと、せっかくのその可能性、チャンスを使い切っていない人が半分以上。私が知る彼ら彼女らは100%英語圏。反面、この20年位の間で、日本語を話す英語圏の人がかなり増えたようにも思う。

日本に居るという、千載一遇のこのチャンスを何故活かさないのか? 答えは「興味」の問題。日本を嫌っているわけではないし、日本人の友達がいないわけでもない。というより、日本が大好き、ビジネス滞在でビザも更新予定、配偶者や恋人は日本人、というケースが多いぐらい。でも、恋人や配偶者は英語を話し、日本人の友達も英語で話しかける。ビジネスも英語で済んでいる。日本は好きだけど別に日本語は必要なし、なーんていうことなのか。


英語圏の人に厳しいという噂のフランス人。英語で話しかけてくる米英人にフランス語で返すのはパリでは常識だとか(東洋人だからか、私はそんな目には遭いませんでしたが)。日本でも同様のことをすれば変わるのか。いや、片言でも英語を喋る日本人は妙に英語を使いたがる、という事実もあるらしい。私もついつい英語で返してしまう(汗)。日本ではパリのようには行きますまい。やはり、こういう「厚遇」の下では、そのハードル?を超えて「興味」の世界には行きづらいのかも。

そういえば昔、W君という同僚がいた。当時アメリカ人の彼は在日歴12年。日本語は話せない。タクシーでも飲み屋でも「・・おねぐぁいします」で。日本人女性と結婚しコンドーも購入。新居のコンドーに引っ越したことを契機に日本語教室へ。彼がある日私に告白したのは、教室の仲間に自分は在日歴3ヶ月だと嘘をついた事(思わせたこと)。仲間は皆3ヶ月から半年だったそうだ。12年も住んでいて日本語ができない。あまりにも恥ずかしくて言えなかったのだと。新居に引っ越してから3ヶ月、これ幸いと?、この符合を利用し、「うん、えっと、ここに来てから3ヶ月」と濁したのだと。

彼が住んでいた頃は英語圏の人にとっては黄金時代とも。広告の世界でも英語圏のコピーライターに通訳のアシスタントが付いた。日本語は必要なし。コピーの才能を除けば、英語さえ話せればいい。しかしあれから時代は変わった。経済不況下の日本。日本語がわからないからといってアシスタントを付ける余裕はない。そのために失業した英語圏の人も個人的に知っている。

都合15年位日本に住んでいたという記憶だが、彼も「厚遇」を超えて「興味」に至るタイプではなかったのだろう。彼は10年以上も前に日本を離れ、今は家族全員でアメリカに住んでいる。彼にとってはその方が良かったと、心から思う。


さてと、スローdayも終わり。仕事、頑張らなくちゃ。

「フェア」な「トレード」行使のコーヒー購入運動GaspHappy


「フェアトレード」商品のコーヒーを購入した。フェアトレードを日本語に直せば公正貿易。貿易の南北格差が指摘されている。有利なのは大手企業(流通その他)であり、開発途上国の小規模生産者や農園労働者は不利な立場に立たされ、正当な価格や賃金を得ているとはいえない。その是正をはかるべく登場したのがフェアトレード。

フェアトレード運動は60年ほど前にスタートし、今では世界各地で組織化され、日本にも「
特定非営利活動法人フェアトレード・ラベル・ジャパン」が設立されている。上記のマークがフェアトレード取引商品の証。コーヒー、紅茶、バナナ、チョコレート、切り花、サッカーボールなどにこのマークが増えているらしい。

同法人のサイトからフェアトレードの認証が与えられているコーヒーを探した。イオン、スタバ、タリーズなど、大手有名どころも名を連ねていた。これまで、安くて美味しいという理由で20年以上買い続けてきた通販の「ブルックス」。フェアトレード認証のコーヒーは、安いものでもブルックスの2倍。う〜〜〜む、家計に響く。でも、まずはフェアトレードを應援。


そして最初に選んだのは「エクセレントコーヒ」。コーヒーは4種類。グアテマラ、エチオピア、ニカラグア。フェアトレード対象商品ではないコロンビアも試しに購入。コロンビアはブルックスでずっと購入してきた豆なので比較を。

エチオピアを飲んでみたが、いまいち。グァテマラとニカラグアはまぁまぁ。

フェアトレードも順風満帆とはいえないようだ。値段、納期、品質など、様々な問題点を指摘されている。しかし、フェアなトレードを確立させるためには、その対象商品を購入し應援する必要がある。微力ながらしばらく続けてみようと思う。我が家のフェアトレードサポートは始まったばかり。

さーて、エクセレントコーヒーの後はどこにしましょうかね。

パートという正規雇用Gasp

日本の労働者は3人に1人が非正規雇用だと言われる。私が会社員だった頃は終身雇用が当然だったが、今やそれは過去の産物。パートタイム労働者(派遣、フリーターなど全てを含む)の立場は不安定で、景気低迷に伴っていつ解雇されるかわからない。また、正規雇用者と同等の仕事をしていても収入の格差もある。雇用の不安定さは、家庭を持つ、マンションを購入するなど、社会人なら普通に求める事を遠のかせる。銀行の保証は得られず、住宅ローンは夢と化す。

パートタイム労働者。日本では暗く重々しい響きとなって伝わってくる。だが、半数近くをパート労働者で占める国があるそうだ。オランダである。女性に至ってはパートの比率は7割を超える。先進諸国との比較でも群を抜いているとのこと。パートが一般化しているオランダでは、パートも手厚く保護される。非正規と正規の間に深刻な格差はなく、ここが日本との大きな違いといえる。「パート型正規雇用」とでも命名できよう。オランダではパートもある意味においては「正規雇用」なのだ。

オランダの政策がベストかどうかはわからないが、手本にするべきところはあると思う。ただ、日本においてのパート労働者の地位を安定させるには、その根本の経済の歯車が上手く回転するように立て直す必要があると思う。健康体とはいえない企業にパートの地位向上を求めるのは難しい。健康体ではないからこそ非正規労働者を導入しているのである。企業努力、政治努力。どちらがニワトリで、どちらがタマゴなのか。だがもう一つの努力を上げたい。それはやはり個人の努力。経済再建を待っているだけでなく、自分自身の再建もしてみたらどうだろうか。自分のキャリアの棚卸し、自分の適正や特性を改めて探ってみる価値はあると思う。私の周囲にも「本来の特性」からかけ離れた仕事をしている人が少なからずいる。もっと「自分自身に近づく」ことを求めたい。

”こんかつ”&”しゅうかつ”GaspWinking

タイトルの「こんかつ」「しゅうかつ」に漢字を当てはめるクイズ。1秒もかからずにわかった方はその当事者?あるいはテレビを見て?。数秒間かかった方は非当事者とも。正解を焦らすほどの出題でもなし。それぞれの回答は「婚活」「就活」。

両者とも、若き日の私の時代にはなかった言葉。「就活」という概念はもちろんあったが、今日のようなシビアさはない。新卒大学生の4月入社が一般的だった昔と違い、企業は通年採用に切り替えた。就職浪人、内定取消、フリーター、ニートなど、職に就きたいのに正規雇用への道はどんどん細くなっていく今日。

もう一方の「婚活」。全体は掴めていないけれど、イメージとしては、世話好き親戚を通じてせっせとお見合いをこなす、合コンに奔走、友人知人からの紹介、大手結婚相談業者に入会金を支払って登録、などだろうか。

でも、私の周囲にいる「結婚したい願望」の友人知人は、上記のいずれにも当てはまらない。彼ら(彼女ら)は「自然な出会い」を求めている。一説によると、社内結婚では男性の総合職と女性の一般職というカップルが主流だった男女雇用機会均等法前。ところが均等法後はこの図式が崩れたのだとか。一理ある気がする。

私の周囲の結婚願望人の中の女性たちはパートナー志向。パートナー志向が強い反面、古風さをも持ち合わせる女性たちである。敢えて差別的古い言葉を使うなら、男なみにバリバリ仕事をし、男なみに豪遊し、男なみに部下や友人知人に頼られる存在、なのだが、結婚したら料理やら何やらで夫に尽くしたいと考えている。結婚後は築いたキャリアなどゴミ同然に捨てられると明言する女性、夫のために仕事は縮小と考える女性もいる。均等法後、女性の表面的要素は男性と同じになったが、心に描く結婚像は旧来の形を維持している。

では、男性側の結婚願望人はどうか。男性と同等になった女性の表面的要素に怖れをなし、近付き難い、デートに誘う勇気がない、という人は多いように感じられる。また男性は結婚相手の女性に対し自分よりも「低い」ことを望んでいるように思う。収入や社会的地位、背丈も(笑)。「パートナー」である前に「奥さん」であって欲しい。奥さんとは文字通り「奥にいる人」で、料理や家事など奥の仕事に徹して欲しい、人前では夫を立てて欲しい、などなど。均等法成立後20年以上も経ている現在であってもだ。ぶっちゃけ、今も男性は「強い女性」が苦手なのだろう。精神的に強い女性はオーケーかもしれないが、求める女性は極端に古風でなくともやはり、控えめ、がいいのだろうという推測に至る。

内面の古風さを持つ私の周囲の女性たち。それに男性が気付けば、私の周囲の男女たちで1組2組ぐらいゴールインがありそうなんですが、こればかりはご縁の問題、ですよね(^_~).。

農業後継者難Sad


犬の散歩道の途中にある梨園。昨年まで、80代と思われる夫婦が営んでいた。リヤカーに梨を乗せての収穫の帰り道と犬の散歩時間が重なることもしばしば。金婚式など遥か昔と見受けられる老夫婦。柔和な笑顔で、リヤカー座席から丹精込めて栽培した梨のお裾分けをいただく。夫婦も犬を飼っている。しばし犬の話になる事も。

梨の季節はそんなひとときを楽しみにしていたが、今年からは叶わぬ夢となった。梨園が無惨な姿に。廃業か。お子さんは跡を継がなかったのだろうか? 親戚は? 梨園として第三者に譲渡はできなかったのか? 様々な疑問が浮かぶ。

あの優しい笑顔、大先輩に対し失礼ながらとても可愛らしい老夫婦の二人三脚、あのリヤカーを見ることはないのかと思うと寂しい。年をとったらあんなふうな「じいちゃん、ばあちゃん」になりたいねと、夫とよく話をした。だのに突然。なんだか寂し過ぎる。

果樹園放置は害獣とされるタヌキなどをいたずらに招いてしまう結果となり、近隣の梨園に迷惑がかかるということなのかどうか、のれんを下ろした途端、情け容赦のない造成作業。長年育て上げて立派に太った幹を持つ梨の木が根元から切り刻まれ、この写真の数日後には根も全て抜かれていた。

後継者難は農業全体に言えること。稲作農家も同様。農業従事者の高齢化、農業従事者の大半が兼業農家であり、専業農家は少ない。兼業農家は企業に雇用される「会社員」の顔を持つ。農業を中心とする第一次産業が経済の主要部門であった昭和20年代。その頃産まれた団塊の世代のほとんどが会社員に。今では会社員2世、3世も。親の代は専業農家だと答える人はほとんどいないだろう。

余談だが、「親の背中を見て育つ」という言い習わしはもう通じないように思える。農業や地域を担う商店街自営など、これらが盛んな時代にこそ当てはまる言葉ではないだろうか。家で親の手伝いをしながら、働く親の背中を見、そこから何か生き方のヒントを得ていた。将来は家業を継いで「百姓」に、「海苔屋」に、「金物屋」に、「酒屋」に、という声は激減している。「親」の大半は会社員である今日、働く背中を見せることはない。家にいる時はオフタイムであり、本来的意味の「背中」ではない。仕事で忙しい会社員の親は、週末の「家族サービス」に努める。

以前、「会社のお父さん訪問」という企画をニュースで見たことがある。てきぱきと仕事をこなす父親の姿。インタビューに応じた小学生の子供が、「お父さん、かっこいい」と照れながら答えていた。家で遊んでくれる父親しか知らない子供達に親の背中を見せようという企画だったのだろう。会社員の親は、背中の代わりに「教育」を子供に与える。将来どんな職業に就くにしても、まずは「大学だけは行っておけ」というような。子育て経験のない私には言えた義理ではないが、社会学リサーチからもこの事実は指摘されている。

私が住む近隣も小作農、家族経営という日本の農業の典型。稲刈りの中心世代は50代から70代位まで。子供たちは成人して都会で会社員。その子らが水田を耕してくれる保証はない。ここでもたくさん「背中」が消えて行く。

人生満足曲線のススメHappyLaughEmbarrassedWinking


私は厚生労働省が認定し、㈳産業カウンセラー協会が発行する「産業カウンセラー」の資格を持っています。

人のメンタルに関わる資格故、取って終わりとは決してならず、常なる学びが当然のように求められ、そこに資格更新制度なるものが存在します。協会が用意するポイント制の様々な講座を受講し、一定のポイント数獲得により資格更新が認められるのです。
逆を言えば、一定のポイント数に達しないと資格剥奪となってしまいます。ひえぇー 汗。

上図の「満足曲線」は最近受講した講座でのもの。人生を振り返り、満足度合いを線で描く満足曲線。図をクリックし、プリントアウトしたものにご自分の「満足曲線」を描いてみてください。講座受講者の年齢で作成されたためか、70代後半から80代がありませんので、該当年齢の方は紙を付け足してください。


描き方の説明は不要でしょうが、一応簡単に。縦線の上部ほど満足度は高く、下へ行けば行くほど低くなります。42歳の花子さんという架空の人物をでっち上げ、見本を作りました。

花子さんの満足度が高い年代は20代から30代前半まで。30代後半の何か大きな人生の転機により満足度ががぐっと低く落ち込み、1〜2年横ばいの後にまた少々落ちて40代に突入。42年の人生の中でいうと、最も低い満足が40歳から現在の42歳まで続いている様子。

満足曲線の目的は、自らの「人生のふり返り」をし、「今、ここ」の自分の立ち位置をしっかりと見つめ、「これから」を描いてもらい、そのための具体的な人生設計を「描く・書く」ため。

**9月10日はWHO世界保険機関が定めた「世界自殺予防デー」。NHKニュースでも報道されましたが、産業カウンセラー協会は10日から12日まで、働く人の自殺を防ぐ目的で無料電話相談を行っています。警視庁の統計によると、日本の自殺者数は、11年連続で3万人を超えています。

経済危機による非正規雇用の増大、正社員の労働時間増大、企業内失業者増大、低年収のため親元から自立できないフリーターやニート。労働者を取り巻く環境は厳しいものがあります。当協会のアンケート調査では、企業内にメンタル不調者が増加しているとの回答が全体の7割を占めたそうです。

企業内、企業の外でも、カウンセラーが求められています。不況が労働者のカウンセリング需要をより増大させるにもかかわらず、不況はカウンセラーを雇う余裕のない企業をも増やすのです。なんとも皮肉な状況です。

人生の午後とゴーギャン・コンプレックスGaspWinking

フロイト:精神分析学者。性格は児童期までに確定し成人期には固定すると説いた。

ユング:分析心理学者。人生を太陽の動きに喩え、40歳は「人生の正午」、その後は「人生の午後」。人生の午後の意義は、「自己」に対する「真剣な考察」をする時。フロイトに師事するも、学問的見解相違により袂を分かつ結果となるユング。フロイトよりも19歳若い。

ゴーギャン:画家。43歳で故郷フランスと妻子を捨て、タヒチに渡った。これが有名な「ゴーギャン・コンプレックス」。別名「中年期の危機」。フロイトよりも8歳年上だがほぼ同時代の人。

フロイトがいた19世紀〜20世紀前半と今日21世紀、環境変化は大きい。世界情勢の変化、寿命の変化。後者は成人・老人の人口増大をもたらし、フロイトの説く「性格の固定時期」を過ぎても人は固定せず。今日、心理学の世界、特に発達心理学では「生涯発達心理学」の方向に。生涯のあらゆる時期においても発達し続けることが明らかになり、老年期にいたるまで研究が進んでいる。

ユング説に当てはめると、ゴーギャンは「人生の午後」に「自己考察」し、西洋と妻子を捨てた。19世紀で既に生涯発達心理学の先取り? 芸術家は一般の人とは違うから、という理由も成立しうるけれど。

私自身:「人生の正午」は既に東京を離れてこの地に。自己考察、もちろんあり。その結果に大満足。「人生の午後」、今は中年期。キャリア面における葛藤は少々ありながらも、大きな迷いはなし。中年期の危機というほどのことは特になかったように感じる。老年期に向け、どう「生涯発達」するのか、その時も「ぶれ」のない自分でいたいと思う。

人生80年の時代。まだ現役で働いている間に「人生の午後」を迎えることは間違い無し。ほぼ100%の人に言える事。がむしゃらに働いている40代50代よりも、「働かなくてもいい時間」がたっぷりある老年期からの方が、時間を長く感じるようになるのではないかと。
僭越ながら言いたい事。人生の午後に入ったならば、老年期を含めた「午後」は「何処でどう暮らしたいか」を視野に入れ、働きながらもその方向に向けて何らかの行動を取る事が必要だと感じる。
仕事で忙しい、まだ若い、などを言い訳にせず、現役の今だからこそ敢えて未来の「自己考察」を勧めたいと思う。